28.ウルフザン討伐(2)
早朝に帝都を出発した第二団は、街道を進んでいた。既に太陽が高く上り、少し暑いくらいの馬車にフジノは揺られていた。
目的地は帝都の北西、通常なら馬車と馬で丸5日程かかる場所だが、今回は日が暮れてからも走れるだけ走って、4日足らずで到着する予定らしい。
早朝にたたき起こされて、今回の討伐任務を知り、自分も参加すると告げられた時、フジノが真っ先に気になったのはハナノの事だった。
フジノを起こしに来た騎士は、ハナノが参加するかどうかを知らなかったので、中庭でアレクセイを見つけて聞いた。
「ハナノは連れていかないよ」
アレクセイにそう言われた時は、心底ほっとした。これだけの人数で、相手が大量発生のウルフザンなら討伐時は混戦になる。その中でハナノを見失わない自信は今のフジノにはなかった。
(生まれ変わってからの15年は、魔物相手の実戦なしだもんなあ)
今の自分にルドルフだった頃の動きは出来ないだろう。前世の記憶や感覚はあるが、体格も筋力も違う。しかも前世でルドルフが一番魔物と戦っていたのは魔王討伐任務を受けていた時で、その時のルドルフは二十代後半。おそらく全盛期だったのだ。今のフジノには何もかもかもが足りていない。
フジノは、今回のウルフザン討伐は自分の現状把握と、勘を取り戻すための良い経験だと思っている。魔法も手加減なしで使えるだろうし、ちょうどいい。まずは自分を知らなくては。
ハナノはしょんぼりしてたけど、居残りになって良かった。守れる自信はなかったから。念のためハナノにかけている結界と隠蔽魔法にはたっぷり魔力を注いでおいたので一ヶ月は余裕で持つだろうし、問題ない。
それに、いきなり大量発生のウルフザンの元へハナノを連れていくのは正直怖かった。
今世でハナノはまだ一度も魔物に遭遇していない。フジノとしては、故郷の男爵領でハナノと共に下級の魔物に遭遇しておきたかったのたが、上手く行かなかった。
前世では、魔物と悪魔は魔王に服従していた。それが魔王によるものなのか、魔王の力を利用した何者かによるものなのかは分からないが、もし魔物が魔王の存在自体に服従するなら、ハナノの前で魔物がどうなるのか考えると怖い。
入団試験で、エントヒヒはハナノ組み付いてこずに服従の姿勢をとったらしい。そうなるとウルフザンは何か変な動きをするかもしれない。
ウルフザンがハナノに攻撃しないくらいならいいが、もし、万が一、ウルフザンがハナノにすり寄って来たりしたら、と思うとぞっとする。
そしてもし、ウルフザンがハナノの言うことを聞いたら?
大量のウルフザンがハナノに服従してしまえば、ごまかしは効かない。騎士団の騎士達はハナノをどうするだろうか。
(本当に、ハナが居残りで良かった)
「おい、フジノ」
安堵の息を吐いたフジノは、呼びかけられてびくっとした。俯いていた顔を上げると騎士の1人がフジノに向かって、パンを差し出している。
「朝飯だ、食っておけ」
「……はい」
フジノはむっつりしながら受け取った。魔王としてのハナノを騎士達がどうするかを考えてしまっていたので、警戒と拒絶が態度に出てしまう。パンを渡してくれた騎士がむっとしたのが分かったが、謝る気にもなれない。
長兄のフリオは騎士だし、騎士はハナノの憧れの的だったのであまり意識してこなかったが、そもそも、前世ではフジノは騎士が苦手だったのだ。苦手というか嫌いだった。
ルドルフは平民で、しかも浮浪児で、当時の騎士は全員貴族だったから、全くいい思い出がない。前世での騎士団は、貴族の推薦があって初めて入団できるもので、平民出身者はいなかったし、実力ではなく家柄や見た目が重視されていて、勇者だったルドルフにとっては実力もないのに偉そうなだけの集団だった。もちろん個人的に関わった者の中には良い人もいたし、華美なだけで実力を伴わない騎士団の現状を憂えている人もいたが、集団としては厄介なだけだった。理不尽な目にあったし、手柄も横取りされた。
その記憶があるので、こうして入団してしまった今もフジノはハナノのように騎士達を手放しで尊敬は出来ていないし、信頼もしていない。
今世では騎士団への入団は試験による公正なものだし、貴族に有利とはいえ平民にもその門戸は開かれている。出世は実力主義のようだ。実際、団長達は全員それなりに強そうで、明らかに勝てないと思える人もいた。きっと第二団の騎士達もある程度使えるのだろう。
(でも、騎士とか知らない大人が頼りになったことなんてないしな。大体、この馬車内なら魔法さえ使えれば僕が一番が強いしな)
フジノはぼんやりと馬車内を見回す。
馬車の中には、大柄の男性騎士達がぎゅうぎゅうで座っていて、見回した事で気持ちが萎えていくのが分かった。
(あー、なんか、この状況はルドルフの子供時代に盗みで捕まった時みたいでやだな)
背が伸びてからは前世の子供時代はあまり思い出さなくなっていたのに、それを思い出してしまった。
前世で浮浪児だった頃は、生きるために盗みをたくさんやった。そういう事も上手くやる才能があったので、捕まったのは一度だけだが、ひどい目にあった。確かに盗みを働いた自分は悪いが、あれは懲罰というよりただの憂さ晴らしだった。
きらびやかな騎士達に殴られ、蹴られ、腕を切ると脅され、自分はもう死ぬのだろうと思った。
こうして、大の大人の騎士達に囲まれているとその時のことを思い出す。馬車内の仄かに明るい感じもその時の町の騎士団の詰所内と似ていた。
(嫌だな。早く、もっと背が伸びないかなあ。見下ろされてる感じ、どうしてもちょっと身がすくむんだよな)
そんな自分にイライラもする。
6才で前世を思い出した頃は、ルドルフの記憶の中でも自分と同じくらいの子供時代の出来事を夢に見る事が多く、浮浪児のルドルフは特に大人の男には怖い思いばかりしていたので、フジノも大人の男性は苦手だったのだ。
(最近はそうでもなかったのに、騎士って無駄にでかい奴が多いんだよ)
特にフジノが今回組み込まれた班は、班長を筆頭に体格がいい。無意識に構えてしまうので面白くない。魔法の補講が終わって本格的に第二団に合流するようになって一週間ほど経つが、出来るだけ関わらないようにしているので名前もまだ知らない人達だ。向こうもそんなフジノを面白く思っていないのが分かる。
(サーバルさんの班が良かったなあ……この際、団長でもいいや、あの人、背は小さいから)
フジノは居心地の悪いまま馬車に揺られ、もそもそとパンを食べた。




