24.第二団の見習い騎士(3)
帝国騎士団に入団して二週間。騎士見習い、ハナノとローラの朝は早い。ハナノの起きる時間が早いからだ。
実家ではフジノと一緒に早朝より鍛練やら何やらしていたお陰で、ハナノは日の出と共にぱっちりと起きる。最初の二三日はローラに気を遣ってベッドでもぞもぞしていたのだが、気配に敏感なローラがそれでも起きると分かってからは二人で早起きしている。
ハナノとローラは起きて顔を洗い、騎士服に着替えるとまず騎士団本部の食堂へ朝食を摂りに行く。早い時間の食堂は人もまばらだ。
食堂で働く配膳部の騎士達に、「おはよう。今日も早いな」と言われながら朝食を受け取り、既に1人、席で食べ出しているフジノの横に座って一緒に食べる。フジノの朝はハナノより更に早いのだ。
男子寮は女子寮に比べて本部から大分遠いのに、毎朝毎朝、きっちり爽やかに自分達より早くに座っているフジノ。
「あなた、一体何時に起きてるの?」
ローラが気持ち悪いものを見るようにフジノを見ながら聞く。
「何時でもいいだろ。ハナ、ケチャップいる?」
「いらない。あ、今日バナナ付いてる。フジ、あげるよ」
「ありがとう」
そんな感じで三人で朝食を食べ、優雅に食後のお茶を飲んでいる頃に、食堂は少しずつ賑わってくる。
食後のお茶も終わると、ハナノとローラはフジノと一旦別れて部屋に戻り、歯を磨いてから訓練棟へ出発する。
訓練棟へは走って向かう。別に走らなくてもいいのだが、せっかくそこそこ距離があるのだし、走った方が鍛練できるから、とハナノ言うので走って向かう。
「ねえ、ハナ」
今日も訓練棟へ走って向かいながらローラはハナノに話しかけた。
「なあに?」
「こういうのって、もしかしてフジノの影響なの?」
「こういうの?」
「朝が早かったり、走ったり」
「あー、どうだろう、まあ、確かに私の今までの人生、大体、フジノに決めてもらってるかな。ほら、双子で成長速度が一緒だからさ、フジノに倣っておけば間違いない、みたいな」
「そうなのね……」
「主体性がなくてダメかなあ」
「いえ、ダメな訳じゃないけどね。ハナ、何だかストイック過ぎない? 恋愛小説とか読んだことある? 詩集は? 観劇は?」
「魔物の図鑑と古書なら読んだことあるよ」
「……でしょうね。ドレス着たことはある?」
「あるよ!」
「ここで、『あるよ!』って返すって事はほぼないのね」
ローラが遠い目になる。
「詩集くらいは、読んでおいた方がいいのかな?」
「今度貸すわ。恋愛小説も」
「ほんと? ありがとう、ローラ!」
「ええ、外出許可が下りるようになったら、帝都に遊びにもいきましょうね」
「わあ! 楽しみぃ」
ハナノはほくほくしながら訓練棟を目指した。
さて訓練棟にて、集合した見習い騎士達は教官指導の元、まず体力作りのランニングや筋力トレーニングをする。そして汗を拭いてからは座学。座学の内容は、戦術や魔法の基礎に、魔物の種類と生態が主だ。ここに帝国の歴史と地理が加わり、少しだが周辺国の事も学ぶ。また、騎士は貴人の警護や、規模の大きな晩餐会で警備にあたることもあるので、簡単なマナーの実技もある。
訓練の後期では見習い同士での模擬戦も行う予定だ。
ハナノが得意なのは、もちろん魔物や魔法についての授業で、テストの出来には初めて同期の騎士達に関心された。
訓練開始直後は、「何でお前が第二団配属なの?」と絡まれる事もあったが、帝都駐屯に配属されたエリート新人達の走り込みにも何とか付いてきて(ビリだが、食らいついてはいる)、科目は限られるがテストで高得点を取り、マナー実技も優雅ではないが及第点の所作を行うハナノは同期達に徐々に見直されつつある。第二団への配属には未だに疑問符は付いているが、そこそこ頑張っているのは認められていた。
常にその隣に居るフジノの感じが悪く、ハナノが同期との仲を取り持ってあげているのも好印象なようだ。
フジノはというと、入団試験トップとあって最初はその周囲にいろいろ人が集まってきていたのだが、あまりの冷たい対応に今は遠巻きにされている。ハナノとローラ以外とは基本的に話をせず同期の中では浮いていた。
この状況はあんまり良くないなあ、とハナノは思い、日々、なるだけフジノが浮かないようにと気を遣っている。
偉そうな同期からは「お前、兄貴のお守りで第二団配属なんじゃね?」とフジノのいない時に言われたけれど、その同期はハナノが、そうかもなあ、としょんぼりすると、「えーと、その、ま、頑張れよ」と最後は励ましてくれた。さすが、心、技、体が揃ったエリート新人達。偉そうだけどいい人が多い。
なのでハナノの訓練生活は概ね順調である。
そんな順調な訓練生活の午前中が終わると、ハナノは昼食を取って、一人で配属先である第二団の詰所へと向かう。そう、一人だ。フジノはしばらくの間は午後からの補講が義務付けられてしまったのだ。
午後からの補講は、全体の訓練に付いていけない者や、特別に授業が必要な者に対して行われているもので、主な補講内容は文字の読み書きだ。新人達の内、平民出身者は読み書きが出来ない者もいる、彼らは午後の一部を使って文字を習っているのだ。
もちろん、フジノが受けている補講は文字の読み書きではない、フジノが補講を義務付けられたのは、20日間の魔法の基礎授業だった。
本来であれば、魔法使いの素養がある子供は帝都の魔法学校で魔法を学ぶ。これは国が優秀な魔法使いを育て囲い込むためでもあるが、魔法の危険性や、使用する上での矜持を学ぶためでもある。
フジノは桁外れの魔力があるのに一度も系統立てて魔法を学んでいない。これはよろしくない、魔法の危険性を理解していないのでは、と判断され、補講が義務付けられたのだ。
「フジは今日も補講だよね」
食堂で昼食をとりながら、ハナノは聞いた。
「うん。もー、すごく嫌だ」
フジノが心底嫌そうに答える。
そしてぶつぶつ続ける。
「何で僕が魔法の補講受けなきゃいけないんだ。前世から散々使ってたし、今世も裏山でいろいろ試してたから威力も危険さも十分知ってる。何なら、前世での魔法の師は大賢者なんだ、今さら何を学べって言うんだ?」
「え? なになに?」
「何でもないよ」
「腐らないでがんばって、あと6日でしょう?」
「でももうしんどい。魔法を使った犯罪とか、魔法を正しく使用しなかったが故の事故とか、そんなんばっっかりなんだよ。疲れる」
「そうかあ、重たい話ばっかりなんだね」
フジノはテーブルに突っ伏して「補講、やだ……」と言い出し、なんだか可哀想だがハナノにはどうしてあげる事もできない。
とりあえず、昼食に付いていたデザートのゼリーをフジノにあげると、フジノは嬉しそうに食べた。
昼食後、双子の兄が重い足取りで補講に向かうのを見送り、ハナノも第二騎士団の詰所へと歩きだそうとした所で声がかかった。
「あれ? ハナノだね」
振り返ると、アレクセイだった。
「アレクセイ団長、こんにちは」
ハナノは顔を輝かせて挨拶すると、弾む足取りでアレクセイに近づく。入団初日の顔合わせ以降、ハナノは優しそうなアレクセイが大好きだ。この人が自分の団の団長で本当に良かったと思う。柔らかい口調に笑顔。きっとすごく強くて偉いのに自分達にも団員にもアレクセイは全然、偉そうにしない。
ローラが言うには、アレクセイは小さい頃から魔力も魔法もダントツで、何やら家門も良いとこらしいのにとても気さくだ。何より見た目がかわいい。断トツでかわいい。ハナノより絶対かわいい。
(家門、何て名前だったかな? そもそも、家門名は全然知らないから聞いても覚えられないんだよね。ローラは大賢者の子孫って言ってたような……ほんとかな? まあ、いいか)
ハナノがにこにこすると、アレクセイもにこにこしてくれた。
「今から第二団に合流するの? フジノは……あ、そうか補講か」
「はい。今日は帝都の巡回と聞いてます」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「はい、喜んで」
ハナノはるんるんでアレクセイと並んで歩いた。
「そういえば、第三団に入った、ローラ・アルビンスタインは友達?」
「はい。新人の説明会で仲良くなりました。寮も同じ部屋です」
他団の新人の名前をフルネームで覚えてるなんて、さすがアレクセイ団長。かわいいだけじゃないのだ。
「重力の魔法を使うらしいね。第三団の団長がすごく珍しいって喜んでたよ。今度、一緒にその魔法を見せてもらうんだ」
「へええ、私も見たことないです。それは楽しみですね」
(重力の魔法かあ、全然、どんなのか考えつかないな。何かを重たくするのかな)
ハナノが重力について考えていると、アレクセイは少し目を細めて、ふんわりとハナノに聞いてきた。
「魔法といえばさ、ねえ、ハナノのその右手は何なのか聞いてもいい?」
「えっ」
ハナノは飛び上がった。嬉しさが込み上げてくる。嬉しくて、アレクセイの瞳の奥の仄かな鋭い光には気付かない。
「アレクセイ団長には見えるんですか?」
(フジノ以外で人差し指の魔力が見える人、初めてだ!さすが団長!)
ハナノは目をキラキラさせた。
「あ、えーと、見えるというか……」
飛び上がって喜んだハナノにアレクセイは戸惑う。もちろん、ハナノはアレクセイが戸惑っている事にも気付きはしない。
「フジ以外で私のこれ見える人、初めてです。私、最近、これは私とフジ限定の幻覚かもと思うこともあったんですけど、見える方がいて嬉しいです!」
ハナノは嬉しくてテンションが上がった。
すっと右手を上げて、ひらひらとさせる。
「こうすると、キレイでしょう?丸とか星くらいなら、ささっとやれば描けるんです」
ハナノは空中に右手で、さっと円と星を描く。ハナノには、人差し指から出ているほんの少しの魔力で、宙に薄いグレーの円と、星が一瞬浮かんで消えていくのが見えた。
「ね?」
「待って! ちょっと待って! ハナノ、ごめんね。僕は君の右手の何かを感じるんだけど、見えてはないんだよ」
アレクセイは慌ててハナノを遮り、物凄く申し訳なさそうに言った。
「えっ」
「ごめんね、見えてなくて、ほんとごめんね」
「いえいえいえ!私こそ、舞い上がってしまってすみません!わあ!意味不明でしたよね!」
ハナノは真っ赤になった。
(ひゃーー、めっちゃ恥ずかしい)
あの丸も、星も、見えてたのは自分だけだったのだ。それなのに得意気に見せてしまったではないか。
「ううん、僕の言い方が悪かったよね」
「いやいやいや!私の早とちりです。ごめんなさい」
「でも! 何かあるのは分かるよ! だから、僕には見えないけどそれは幻覚ではないと思うな」
「本当ですか?」
「うん、何かあるなあ、くらいだけどね」
アレクセイが用心深く答える。
「そうかあ、でも嬉しいです。フジノにも報告しよう。喜びます」
「そうかな?」
「はい!」
「そっかあ、報告するかあ……うん、ま、何かあるかなあ、くらいしか言ってないしいいか」
「?」
「こっちの事だよ、さ、遅れちゃうよ、行こう」
「はい!」
ハナノは、にっこにこで返事をした。
***
(うーん、フジノに警戒されるかな?)
ハナノの隣を歩きながらアレクセイは考える。
(まあ、何かあるのかな? しか聞いてないし大丈夫か。あの怨念は強化されるかもしれないけど)
ちらり、とアレクセイはハナノの右手のがちがちの結界を見る。
(それにしても、)
アレクセイは、フジノが何をあんなに封じているのかは分からないが、ハナノはそれをキレイだと感じてるんだな、と思った。
怨念じみた結界は不気味だが、実は手が光ってる、くらいの可愛らしいものなのだろうか。
(ハナノはもしかしたら“混血”で人外の血が入った者とか?)
魔物や魔獣、精霊といった人外のものと人の間にも子供が生まれる事はあって、“混血”と呼ばれる。現在、帝国は混血に対して差別や迫害は行っていないが、過去には行われた事があり偏見は少なからず残っている。
アレクセイはこれまで何度か、騎士として虐待を受けている混血の者に関わった。現在の帝国騎士団は混血への虐待を取り締まる側なのだ。また、騎士団の中には混血の者も数名在籍している。混血は人にはない特殊な力を持つ事が多く、ここでは歓迎され尊重されるのだ。
しかし、地域によっては混血への偏見が根強く田舎では顕著な事が多い。
もしハナノが、混血で地元ではそれを隠さなくてはならなかったのなら、フジノによる過度の結界も説明出来ない事はない。
(でも、そうなると家族ぐるみだよな。そうなると、家から出さないよな?)
(うーん、あの隠蔽魔法、手間をかけたら解けない事はないんだよね、解いたら右手の謎は解決するけど、そんな事したらあのツンツンフジノは完全に警戒するだろうしなあ)
(…………)
しばし考えた末に、アレクセイはサーシャの調査報告を待つか、という結論に達する。
ハナノは右手を怖がったり隠したりしていないし、何より右手の何かに誇りすら持っているようだった。ならきっとあれは悪いものではないのだろう。
ゆっくり知っていけばいい。そうしよう。
アレクセイはそう思った。




