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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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103/112

103.ハナノの覚醒(3)


その指輪を嵌められた途端、ぶわりと魔力が解放されるのが分かった。ハナノの体を覆っていた結界とシールドが消し飛ぶ。そしてハナノは全てを知った。

全てだ。

 

ガンッと頭を打ち付けたような衝撃が走って、一気に前世の記憶が流れ込む。

 

帝国の東方に位置する平和な村。八才までの穏やかな暮らし、父と母と兄と自分。父はヤンで母はニナ、兄はトーマン。八才の誕生日にこれと同じ指輪をもらった。嵌めた瞬間に全部失った、自分のせいだということだけ分かった。

家族を失い村を殲滅した後、怪しげなローブを着た人々に連れて行かれた城では熱と吐き気に苛まれる日々。

熱と吐き気。咳もひどくて血の混じった痰を吐いた。

そして自分の横に湧いてくる悪魔と魔物。

それらを従えて出ていくローブの人々。


繰り返す熱と吐き気に、血の混じった痰。

悪魔が出てきた後は、少しのそれが治まった。

だがまたすぐ始まる熱と吐き気、熱と吐き気、熱と吐き気。

外では自分の呼び出した悪魔と魔物が戦争を起こしているらしいとも知る。

ローブの人々が「素晴らしい事です。 魔王様」と自分を褒めてくる。

自分はもう人間じゃないんだと思った。

熱と吐き気、熱と吐き気、熱と吐き気。

終止符を打ってくれたのは、茶色い髪に青い目の優しい人だった。

来世では私を守ると約束してくれた。


ハナノの鼻の中にドロリとした感触が走る。

手をあてると鼻血が出てきた。

ハナノは立っていられなくて、膝をつき両手をついてうずくまる。


キイイィィン

嫌な音と吸い上げられるような感覚がして、見上げるとハナノの頭上には凄い熱量の塊が形成されつつあった。


(これ、知ってる、みんなと村を焼き払ったやつだ)

ハナノは戦慄した。


「……ォエッ」

猛烈な吐き気がハナノを襲い、ハナノは嘔吐した。




❋❋❋

 

その時、その場で動くことが出来たのは四人だった。

ハナノの全ての魔力が顕現した時、動けたのはその魔力を体験したことのあったフジノとアレクセイの二人に、ブレアとドローリス男爵だけだった。


アレクセイはすぐにハナノの頭上の熱の塊の対処に動く。

 

ドローリス男爵は古代語でつぶやき出した。『偉大なるマナを持つ者の名において、』


フジノはドローリスのつぶやきを正確に拾い、魔法の初動に入った。すぐに殺すつもりで。


しかしフジノの魔法の発現よりも早く、ドローリス男爵の背後に付いていたブレアは一切の迷いなく剣を抜くと男爵を斬った。

男爵がぐしゃりと倒れる。

「え?」

フジノは驚きの声をあげた。


「アレクセイ! 指示しろ!」

ブレアは男爵を斬った後、間髪入れずにアレクセイに命じた。


「はい、セシルとラグノアは皆にシールドを! フジノは僕と同じものを作って」

ブレアとアレクセイの指示にセシルとラグノアが我に返ってシールドを準備する。ラッシュも動けるようになったようだが、現在はやれる事がなかった。


フジノはハナノの頭上を見る。熱の塊を小さな球状の竜巻が覆いつつあった。アレクセイの風魔法だと理解する。


ハナノはその下でうずくまって激しく嘔吐していた。


「フジノ、ハナノは後だ。あの塊、僕の花火数百個分はある。完成したら帝都の半分は消える。抑えるから僕の竜巻の外にもう1つ作って」

「分かりました」

フジノは球状の竜巻の形成に集中した。


アレクセイは指示が終わると、自分の左手の甲に()()()()()()()()疑似魔法を解いた。

薄く青く光る魔方陣が浮き出る。


「来るかな? 使ったことないからな……来てよー、来い! サーシャ!」

手の甲の魔方陣が強く光る。

次の瞬間にはアレクセイの目の前にサーシャが現れていた。

現れたサーシャにアレクセイはほっと息を吐く。

フジノはアレクセイがサーシャと交わしていた従属契約の呼び出しを行使したのだと理解した。


「命じてください」

呼び寄せられたサーシャは落ち着き払った声で言った。右手と両目は既にドラゴンの形態になっている。


「ハナノの上の竜巻に水流をたたき込んでほしい。出来たら氷も。魔力を共有して僕の残りの魔力を全部使って構わない」

「承知しました」

「私も手伝おう」

サーシャが返事をして、ラグノアも水の精霊を呼び出した。

サーシャとラグノアの水流と氷の粒がアレクセイとフジノの竜巻に吸い込まれていく。

熱の塊はもう視認する事は出来ないが、キイイィィン、という不気味な音とビリビリとした熱量は伝わってくる。

フジノは祈るような気持ちでアレクセイを真似て小さな竜巻を作った。


作りながら自分がセシルのシールドに包まれるのを感じる。ハナノの周りにもセシルによってシールドと水の壁が作られている。


「ラッシュ、外側の窓と壁を壊せ」

ブレアがラッシュに命じて、ラッシュは当たり前のように壁を切り崩した。


キイイィィン、、イイィン

ビリビリした熱量が安定していくのが分かる。

完成が近いようだ。

フジノは竜巻の壁をどんどん厚くした。ぐるぐると何重にも巻いていき、そこへ水流と氷も足されていく。

 

サーシャがちらりとアレクセイを見たのでフジノもそちらに目を向けると、いつも涼やかな上司の額に汗が浮いていた。

サーシャの使う水流はかなりの量になっている。水を氷にも変えているので消費する魔力はかなりのものだろう。

アレクセイはサーシャに「大丈夫」と小さく答えた。


イィン、イイィ

イィ、、、

ィンッ


不気味な音が余韻を残して消え、静かになった次の瞬間。


ドンッッッッ!

竜巻の中で巨大な破裂音が響き、カッと光が飛び散った。

光と破裂音と共に竜巻が霧散して、熱い水蒸気が噴射する。視界は真っ白だ。


「あっつっ、うわっ、あっつうっっ」

ラッシュが悲鳴をあげて、フジノも顔を覆った。

シールドがなければ全身大火傷だっただろう。


小さな破裂音が鳴り響き、ラグノアが追加で室内に細かな雨を降らせた。再び熱い水蒸気が上がるが熱の塊の本体は最初の爆発で消失しているようだ。

フジノは安堵した。

 

破裂音が収まり、最後の水蒸気が立ち上る。

フジノは充満する高温の水蒸気を風魔法でラッシュの壊した壁から外へと押し出した。


「あっっつう」

壁側に居たラッシュは押し出されてきた熱い水蒸気にまた声をあげる。


水蒸気の立ち上がりが鈍くなってきた。

フジノはまた、風で蒸気を外へと送る。視界が開けてきた。


「皆、無事かな?」

ブレアが部屋だった空間を見回しながら聞いた。家具類は全て壁際へと押しやられてひしゃげている。ところどころ溶けてもいるようだ。絨毯やカーテンは焼け焦げてびしょ濡れで見るも無残な有り様である。


「無事のようだ」

ラグノアが答えてハナノの側へと行く。

「ハナノ、平気か?」

ハナノはうずくまったまま、げほげほと咳き込んでいた。そこでフジノはうずくまるハナノの陰から、何かがちょこんと姿を現すのを見た。


「っ……ラグノア! 来るな、何かいる」

フジノは息を呑んで、ラグノアを止めた。

フジノは姿を現したそれを知っていた。前世で対峙した姿とは全く違うが気配で同じものだと分かる。背中を嫌な汗が流れた。

 

現れたのは、三才くらいの男の子だった。

青い髪の毛にグレーの瞳。貴族の子供のような格好をしてきる。

可愛らしい外観のその子はしかし、い並ぶ騎士団長達を見て、三才児とは到底思えない不敵な笑みを浮かべた。

「「!」」

セシルとアレクセイが剣を抜く。

ラグノアは冷たい目で男の子を見た。


男の子はハナノの右手を取ると、人差し指をちゅうと吸ってから口を開いた。

「久しぶりだなあ、この濃い魔力。全然違うね。外も久しぶりだなあ。あんたとエルフも久しぶりだね」

男の子は楽しそうにフジノとラグノアを見る。


「フジノ、これは?」

ブレアが聞く。攻撃するかは迷っているようだ。


「悪魔です。最高位の」

フジノの言葉に室内の緊張が高まった。


「おいおい、攻撃してくるなら応戦しちゃうぜ? 止めとこうよ、お互い益はない」

悪魔はハナノの右手を放すと自分に敵意を向けるフジノ達に身構えた。

そしてフジノを見て言った。


「なあ、あんたは前に戦ったことある奴だよな? 俺を知ってるよな? 俺、強いよ。戦ったら全員無事じゃ済まないぜ。そっちが何もしないなら、俺も今のところ何もしない」

「どういうことだ?」

「いや、どういうことって……なあ、そこのエルフ、お兄さん達に説明してあげてよ。とくにこのお兄さん」

悪魔は面倒くさそうにラグノアにひらひらと手を振った。

 

悪魔の言葉にラグノアはとても嫌そうな顔をしたが、口を開いた。

「フジノ、ルドルフのお前にも何度も言ったが、お前達人間が悪魔というそれは、それ自体が邪悪な訳ではない。それらは精霊と対なす者だ。契約に縛られる哀れな者」

「哀れとかひどいな。命じられればあんたらの……そうだなあ、二人くらいなら殺せるかな? 強いのが揃ってるからな。あ、でも本人契約なら全員いけるんじゃないかな」

悪魔は楽しそうに部屋を見回した。


「命じられなければ、何も出来ないくせによく言う」

得意気な悪魔をラグノアが冷笑した。

 

「冷たいね、エルフのお姉さん」

「大分、温かいと思うぞ。私はお前達よりもドワーフの方が嫌いだ」

「エルフってドワーフ嫌うよねー」

「お前、まだ契約は成されていないのだろう。もう帰れ」

「やだよー。今、少し魔力ももらったから一方的に仮契約出来てるし、たまにはこちらでのんびりしたい。主とも今回はゆっくり話したいし、べったり側に……あっ、いや、それ取っても俺は消えないよ」

ラグノアとやり取りしていた悪魔が少し慌てた。 

咳き込んでいたハナノが起き上がって、涙目で指輪を抜き取ったのだ。


「今は取らない方がいいんだけどな」

指輪を抜き取った途端、ハナノの魔力は消えてハナノが気を失う。


「ハナに何をしたっ」

フジノは悪魔との距離を一気に詰めた。


「わわっ、何もしてないよ、俺は何もしてない。指輪を抜いちゃったからだよ。ちょっとエルフ、こっちも止めて」

「フジノ、それが主であるはずのハナノを害するとは考えにくい。追い込むことはあるだろうが」

「ハナが主?」

ラグノアの言葉にフジノは盛大に眉を寄せた。

 

「それはおそらくハナノの魔力を贄として出てきたのだろう。それの実力的には相当な対価が必要だ。そうとしか考えられない」

「ハナが悪魔を召喚したっていうのかよ!」

「フジノ、落ち着け。ハナノの意思ではない可能性は高い」

そこでフジノは先程のドローリス男爵の様子を思い出した。

男爵は何かに命じようとしていた。悪魔に命じようとしてたのだろうか。

男爵が悪魔を召喚した?

 

(もしかして、ハナノ以外でもこいつと契約出来るのか?)

フジノは前世で見た光景と聞いた言葉を思い出す。

 

「僕が命じよう『偉大なるマナを』」

「おっと、お兄さんとの代理契約はごめんだよ、絶対面白くない」

フジノが古代語をつぶやき出すと、悪魔はすうっと姿を消した。


 

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