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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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102.ハナノの覚醒(2)


悪魔の襲来から一ヶ月が経った。

医務室の重傷者達の治療院への移送は終わり、大荒れだった男子寮も元通りとはいかないが中で暮らせるようにはなっている。

寮内では窓とカーテンが新調され、騒動で破壊された家具類の取り替えも進んでいた。


先日、騎士団への襲撃は詳細は伏せられた状態で発表もされた。帝都の真ん中で悪魔が数百も召喚されていたなんて、人々の不安を徒に煽ってしまう為、発表では悪魔の召喚があった事実と、襲撃による死者はいなかったことだけ触れられた。


ハナノの元には、文通相手のカテリーナより心配する内容の分厚い手紙が届きせっせと返事を書いた。 


そんな風にして、ハナノも含めた騎士団は普段の生活に戻りつつあった。 

滞っていた通常任務が再開され、ハナノはサーバルやトルドと共に帝都の巡回をして、精霊の森にも赴くようにもなった。帝都の道にはすっかり詳しくなり、森ではワームであれば難なく倒せるようになっている。

 

非番の日は相変わらず獣舎へ顔も出す。ルクルードとはすっかり打ち解け、エントヒヒや竜馬とはもはや顔馴染みである。


でも、そんなすっかり普段な生活で異質な存在が一つ。


「ハナは明日は獣舎に行く?」

勤務終わりの夕方。

明日は一日非番なので、朝から獣舎に顔を出そうかなとハナノが考えているとフジノが聞いてきた。


「うん。そのつもり」

「そう。もちろん、僕も行くから」

「えっ、また? でもフジノは明日は非番じゃないでしょ?」

最近のフジノはハナノにべったりと付いてくる。前の非番も他の騎士と休みを交代までしてもらって一日一緒だった。だが、明日は違ったはずだ。


「また誰かにお休み交代してもらったの? あんまりするのは迷惑だよ」

「大丈夫。交代は面倒だからアレクセイ団長にお願いして、しばらくはハナと僕の休みを同じにしてもらったんだ。一人には絶対にさせないから」

そう言う兄の目は真剣そのものだ。


(うへえ……)

ハナノは悲鳴を飲み込んだ。

悪魔の襲来以降、フジノによる過保護は加速している。

分からないでもない。豚の悪魔達はしっかりとハナノを狙っていたのだ。ハナノだって怖かったし、あの夜、夜中に自分を抱きしめた兄は震えていた。

だから、その気持ちは分からないでもないのだ。

 

それに一ヶ月経ち、これでもマシになっているのである。

悪魔の襲来直後のフジノはハナノの部屋に泊まり込むと言って聞かなかった。女子寮は男子禁制なのですぐに却下されたが、フジノは随分とごねた。

寮の入り口で寮母さんとアレクセイに呆れられ、宥められる兄。

先輩の女騎士達がちらちらとその様子を窺っていて、ハナノは全身から火が出る勢いで恥ずかしかったのだ。

結局フジノは、ハナノが一週間ほどミドリと同室で過ごすことによって落ち着いた。


あれに比べれば日中の過保護くらい平気だ。これもその内に落ち着くはずなのだ。

なので悲鳴は頑張って飲み込むハナノ。


そして悪魔の襲来の事件自体はまだ完全に解決はしていない。首謀者や計画の全容の解明はここからである。

アレクセイがフジノの願いを聞いているのも、フジノの気持ちを慮っているのとは別に警戒もしているからなのだろう。


そうした諸々の事情を汲んでハナノは弱々しく頷いた。

「……うん、分かったよ。一緒に行こう」 

「朝は寮まで迎えに行くからね。僕が行くまで外に出ちゃダメだよ」

「…………うへぇ」

ハナノは今回は堪えきれずに悲鳴をあげた。


こんな感じで過保護な兄は異質だが、比較的のんびりした毎日だ。

 

そんな中、フジノ以外で変わったこともある。

ハナノは以前にも増して、剣の補強や治癒魔法の訓練を熱心に行うようになったのだ。

 

ブレアからも伝えられていたが、ハナノが剣の魔法の補強をしていたことは悪魔の襲来時にかなり助けとなったらしい。ハナノはいろんな騎士達から散々お礼を言われた。

日々の地道な作業が思わぬ所で役に立って、とても嬉しい。だからハナノはせっせと剣の手入れに励んでいる。

感覚的なものだけれど数をこなすことで、剣に注げる魔力が増している気がしている。少しずつだが、膨大な魔力を引き出せているのかもしれない。

今度、サーシャに確認してみようと思う。


そして治癒魔法。

あの夜の救護所では、重傷者をカノンに任せっきりにしてしまい歯がゆい思いをした。もっと自分が治癒を使えていたらカノン一人に負担がいくことはなかったのだ。

 

加えてヨハンのこともある。

同期の足を何とかしてやりたいとハナノは思う。

このまま治癒魔法を極めれば、いつかヨハンの左足を治せるかもしれない。

その頃には、ヨハンは完全に現役の騎士から退いているかもしれないけれど、それでも身体の欠損がない方が絶対に生活は楽だろう。


ハナノは今、いつか自分の意思で再生ができるようになるのを目指そうと治癒魔法の訓練に励んでいる。

“再生”はハナノにとって“凛々しい騎士”に次ぐ大切な目標となっていた。

ただ、再生についてはフジノやアレクセイに反対されそうなので、目標にしていることは内緒にしておくつもりだ。


そんなハナノとしては、カノンと始めていた国立治療院でのブルックの膝の治療をどんどんやりたいのだが、騎士団の重傷者を受け入れた事で治療院がドタバタしているのでこちらは一旦お休みとなってしまった。


でもブルック自身は前回の治療で膝の可動域が増えたらしく、次のハナノの治療を心待ちにしているようだ。治療院が落ち着き次第、カノンと訪れる予定である。


❋❋❋


そんなある日、ハナノとフジノは朝からアレクセイに呼び出されていた。

 

「朝からごめんね。取り調べ中のドローリス男爵がハナノに会って謝罪したいと言ってるんだ」

執務室に入るとアレクセイは申し訳なさそうにそう告げてきた。


「謝罪? 私に?」

「謝罪? どうしてですか?」

噛みつくように聞いたのはフジノだ。


「自分の所の元使用人が多大な迷惑をかけて申し訳ないからだって、元使用人の男が用いた魔道具や魔方陣は男爵家から盗み出されていたもので、その管理が甘かったのにも責任を感じている。ちなみに男爵は今のところ白だ。ブレア総監立ち会いで取り調べているけど、本当に何も知らなかったみたいなんだ」

「知らないなんて、あり得ます?」


「今回は何人か男爵家の使用人が失踪していて、中には執事だった男も居た。その行方を追っている最中。男爵は執事に絶大な信頼を寄せていたらしいね。酷いうちひしがれようで、見た目にもあれが演技とは思えないくらいだよ。僕達には平謝りで、食事はほとんど取らないから窶れてる。それで兎に角、拐われそうになったハナノに謝りたいって言ってるんだ。貴族の模範的な容疑者の要望だし、こちらとしても突っぱねる理由がないんだよね。それでハナノ本人の意向を聞こうかとなった。どうする? もちろん無理強いするつつもりはないよ」

申し訳なさそうなまま、アレクセイがハナノに顔を向けた。


「謝ってもらう必要はないんですけど」

ハナノとしては謝らせるためだけに会う方が気がひける。


「まあ、男爵の自己満足の為の謝罪だからね、断る?」

そう聞かれると迷う。謝罪はいらないけれども断るほどでもない。

 

「うーん…………私と会ってすっきりすれば、男爵は食事を食べられるようになるでしょうか?」

「どうだろう。なったらいいなあ、とは思うけど。このままでは倒れる」

「なら、お受けしましょう」

人助けだと思って謝られようとハナノは決めた。


「じゃあ昼前には面会しようか。念のため総監と、皇室直属の団長全員で立ち会うから安心して。フジノも立ち会う?」

「立ち会うに決まってますよ。危険人物でしょう」

「男爵自体は魔法も使えないし、武器も持ってないよ」

「思想が危険です」

「今のところ、危険思想も無さそうなんだけどなあ」


そして昼前、ハナノは騎士団本部の貴族用の取り調べ室でドローリス男爵と面会した。


そこは貴族用の取り調べ室だけあって、それなりの部屋だった。ベッドに机、応接セットまであり奥には浴室も付いている。窓に格子が入ってなければ貴族の屋敷の客間のような部屋だ。

地下牢のような陰鬱な場所ではないことにハナノはほっとした。


ハナノがアレクセイとフジノと共に部屋に入ると、ブレアとラグノアとラッシュにセシルが既に揃っていた。


そんな中、応接セットのソファに腰かけていた白髪の目立つ黒髪の窶れきった男がはっと顔を上げる。

この男がドローリス男爵なのだな、とハナノは思った。


ドローリス男爵はよろよろと立ち上がると、ハナノの前まで来て跪いた。


「えっ、あの?」

突然跪かれてハナノは慌てた。


「大丈夫だよ、この人、皆にこんな感じだから」

アレクセイが背後から小声で教えてくれる。


「ブロンテ・ドローリスと申します、この度は多大なご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ない」

男爵は、はらはらと涙を流しながらハナノの右手を両手で包んだ。男爵の左手の小指にはめられた古めかしい金の指輪が光る。


(うわ、泣いてる)

ここまでの謝罪を受けるとは思ってなかった。フジノが泣く所は散々見てきたが、父親ほどの年の男性が泣くのを見るのは初めてだ。ちょっとどうしたらいいのか分からない。


「全て私の不徳の致す所です、あなたはとても怖い思いをなさったと聞いています。どのようにお詫びをして良いか……」

そこで男爵は俯いて嗚咽し、言葉につまった。


ハナノは周囲を見回すが、フジノ以外は慣れた顔付きだったので、これもいつものことのようだ。

しょうがないから、手を振り払わずに続けてもらう。


「…………本当にどのようにお詫びをするか、考えました」

でもそこで俯きながら呟いた男爵の声は、もう涙に濡れてなかった。


(あれ?)

いきなり雰囲気が変わったな、とハナノが思っていると、男爵は自分の小指に嵌めていた金色の指輪をハナノの右手の親指にはめた。


「こちらを、お詫びの印に」


立ち上がったドローリス男爵は、歪んだ笑みを浮かべてハナノを見ていた。




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