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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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101/112

101.ハナノの覚醒(1)


帝国騎士団の男子寮におびただしい数の悪魔が召喚された三日後、まだ通常の状態には戻りきっていない騎士団本部の廊下をハナノはフジノと共に医務室へと向かっていた。


医務室は現在、場所をかなり拡張して悪魔の襲撃で重症を負った者達が収容されている。今回、幸いなことに死者は出なかったが、治癒魔法でも完治の難しい重傷者は多く出た。


その重傷者の中に、ヨハンもいた。


「わざわざ来てくれてありがとう」

二人の訪問にベッドに半身を起こしたヨハンが弱々しく笑う。


「ヨハン、ごめん」

フジノが小さく絞り出すような声で謝った。


「どうしてフジノが謝るの?」

「…………僕が君の、」

フジノはその後に“側にいれば”と続けようとしたのだろう。でもそれは言葉にならずにぎゅっと唇を噛んだ。


「僕に妹がいれば、僕だって同じことをしたよ。それに女子寮には中級の悪魔が出たって聞いてる。フジノがそれを倒したんだよね。あそこでフジノが女子寮に向かってなければと考えると、そっちの方がぞっとしちゃうよ」

ヨハンは困った顔でそう言った。

中級の悪魔達がハナノを狙っていたことは一般の騎士には伏せられている。彼らは女子寮を襲おうとしたとなっているのだ。

 

「フジノのお蔭で左足だけで済んだんだ。君が剣に魔力を込めてくれてなかったら死んでた。むしろ感謝してる」

ヨハンが続けた言葉にハナノはヨハンの左足に視線を落とした。

薄い掛け布団の上から、同期の左足の足首から先がないのが分かる。悪魔に喰いちぎられたのだと、トルドから聞いていた。


「……僕が皆に説明して、なんて頼んだから」

苦しそうな顔で言うフジノをヨハンは遮った。

「頼まれなくてもそうしたよ」

「でも」

「止めて、とにかく君のせいじゃないよ。これはどこまでも僕が未熟だったからだ。暗い顔はしないでほしい。ちょっと今は、こっちもあんまり余裕はないから慰められないよ」

ヨハンのその言葉にハナノははっと顔を上げた。

悔しそうな、苦しそうなヨハンと目が合う。


「義足を付ければ、ゆっくりだけど歩けるようになるんだって。負傷して通常任務に就けない騎士は事務員や厨房での働き口もある。僕は元々、騎士に強い憧れがあった訳じゃない。そりゃ、一年目でこんなことになるとか悔しいし、今はまだ悲観的だけど時間が立てば大丈夫になると思う」

ヨハンは淡々とそう言った。

おそらく、見舞いに来た同期や先輩達に何度も言ったセリフなのだろう。


ハナノはぐっと唇を噛んだ。

自分がヨハンの左足首から先の欠損を再生出来れば、と強く思う。

もっともっと治癒魔法を練習すればいつかは出来るようになるだろうか。


フジノもアレクセイもカノンも、それは神の領域だと言った。

ハナノは自分の右手を再生したらしいが、再現出来るのかは不明だし、できたとして誰にも言わない方がいい、と言われている。

確かに公になればちょっと大変なことになるだろうな、というのはハナノにも分かる。


再生、なんて出来ない方がいいのかもしれない。

そして出来たとしてそれは秘密にしておくのがいいのだろう。

でも今はただ、ヨハンの左足を自分が何とかできればいいのに、と強く思う。


「明日には国立治療院に移るんだ。落ち着いたらこっちに戻って来るから、またよろしくね」

ヨハンが薄く笑う。

これも、見舞客に散々言ってきたんだと分かった。


「待ってるから」

フジノがぽつりとそれだけ言った。





❋❋❋

 

ヨハンとの面会を終えて、二人はアレクセイの部屋へと向かった。

悪魔の襲来があった夜のことを改めてきちんと聴取したい、と呼ばれているのだ。

白い扉をノックして、「どうぞ」の言葉に扉を開ける。


部屋に入ると、そこにはアレクセイの他にもう一人、帝国騎士団総監ブレアが居た。二人は執務机に寄りかかる格好でハナノを待っていた。

ハナノは自分の隣でフジノが身を固くしたのを感じる。


「警戒しなくていい、アレクセイと一緒に話を聞くだけだ」

ブレアがフジノに語りかける。

良く通る明るい声。きらきら光る瞳。

隙のない身のこなしに立ってるだけなのに滲み出るトップのオーラ。


(おおぉ、すごい存在感)

ハナノは緊張してきて、手のひらにじんわり汗が滲んだ。


「君と直接話すのは初めてだね、ハナノ。帝国騎士団総監のブレアだ」

「は、はいっ、存じております。第二団所属のハナノ・デイバンです」

 

(ああっ、総監から挨拶させてしまった!)

ハナノは自分の反応の鈍さを恨みながら慌てて背筋を伸ばした。


「ハナノ、そんなに緊張しないで。ブレア総監は迫力はあるけどいい人だから、フジノもその警戒態勢を緩めようか」

アレクセイがにこやかに言う。


「は、はいっ」

ハナノは肩の力を抜こうとしたが、無理だった。


「努力はします」

フジノはむすっと答えて、アレクセイは苦笑した。

 

「……さて、悪魔が召喚された夜のことを聞いておきたいんだ、豚の悪魔はハナノを狙ってたみたいだね。何があったか話して欲しい」

「はい」

アレクセイに促されてハナノは一昨日の出来事を詳しく話した。

真夜中に部屋に悪魔がやって来たこと。

自分を“大いなるマナを持つ娘”と呼び、おいでと言われたこと。

ラッシュ達に向かってハナノを渡せば去る、と言っていたこと。

それらを順番に話す。

全てを話し終わってからハナノはブレアを見上げて聞いた。


「悪魔が襲撃してきたのは、私のせいでしょうか?」

それはこの三日間ずっと、考えていたことだった。

今日、アレクセイに聞こうと思ってもいたのだ。


自分のせいで騎士団は襲撃されたのでは? という疑問は簡易の救護所で治癒魔法を使っている時からうっすらとあった。

そしてその疑念はどんどん大きくなり、ハナノの頭にこびりついて離れない。


ブレアに聞いた途端、ハナノの呼吸は浅くなった。


肯定されるのが怖い。今回のことは全部自分のせいかもしれないのだ。

そうなるとヨハンの左足も自分のせいだ。

ヨハンだけではない、死者こそ出なかったもののたくさんの負傷者が出ていた。ヨハンと同じように通常の任務に戻れない者もいる。


「…………」

ハナノは自分から聞いたものの、ブレアの返事が怖くて俯いた。


「それは違うよ、ハナノ」

ハナノの質問に答えたのはアレクセイだった。


「悪魔召喚の魔方陣が組み込んであったカーテンだけど、それを交換した業者はもう何年も前から騎士団で使っていた業者だよ。水晶宮の月下夢草の件も、造園業者はそれこそ何十年もの間皇室御用達だった所だ。召喚の魔法陣はカーテンに刺繍で施されていたし、贄に使われた魔力を溜める魔道具だって年単位で用意するものだ。数年なんてものじゃない、十年以上かけて今回のことは準備されていたんだ。それこそハナノの生まれる前から計画されていたはずだ」

「私が生まれる前……」

ハナノがアレクセイを見ると、アレクセイが優しく微笑む。


「この計画には騎士団への相当強い怨みが感じられる。おそらく襲撃の計画はそもそもあったんだ。そこにハナノを拐う計画を上乗せしたんだと思う。だからハナノは巻き添えを食っただけだよ」

「ハナノの存在を知って、計画をより具体的に進めた可能性はあるがね」

「ちょっ、総監、」

ブレアが口を挟んで、アレクセイが困った顔になった。ハナノはびくりとしてブレアに向き直る。


「アレクセイ、隠すのは良くない。ハナノだってそこまで考えつくだろう。ハナノ、でもタイミングとしては非常に良かった」

ブレアは真っ直ぐにハナノを見ながら続けた。


「君が月下夢草を発見していたおかげで、城の警備を厚くしていたから、城では大きな混乱は起きなかった。あの夜は万が一に備えて帝都の騎士団長は全員騎士団本部にいるようにもしていたんだ。だから彼らはすぐに対応に回れた。更に君と共に騎士団に入団していたフジノがいち早く悪魔に気付き、行動したおかげで初動が早かった。そしてハナノ、君が騎士団の剣の魔法を補強をしていたおかげで、魔力のない騎士もその剣で悪魔と戦うことが出来た。私は今回、死者が出なかったのは君のおかげだと思っている。これが君の入団前に起こっていたら被害はもっと大きかっただろう。だから俺としてはこのタイミングで良かったと君に心から感謝している」

ブレアはハナノの側まで来て、優しい手付きでくしゃくしゃと頭撫でた。


ハナノはぎゅううっと奥歯を噛んだ。

そうしないと大きな安堵で、泣いてしまいそうだったのだ。

ずっと、自分のせいで皆がひどい目にあったのではないか、と凄く怖かった。

じんわりと瞳が潤む。


「総監、いいとこ取りじゃないですか。ずるいですよ」

アレクセイが唇を尖らせる。いつも可愛いハナノの上司である。

「いつも君ばかり役得だからな。それより主犯の男達について確認するんだろう?」


「そうでした。これが今回悪魔を召喚して自死していた男達の似顔絵なんだけど、二人は見覚えあるかな?」

アレクセイが数人の男の顔が描かれた紙をハナノとフジノにも見せる。

知らない顔ばかりだった。


「ありません」

「知りませんね。身元が分からないんですか?」

「一人だけ分かってる。その男は三ヶ月前までドローリス男爵家で働いた」

アレクセイの言葉にフジノの眉がぴくりと動いた。


「確か悪魔の召喚の研究しているとこですよね」

「そうなんだ。僕的にはちょっと出来過ぎかなと思うけど今、騎士団はドローリス家の捜索に動いている。男爵の身柄もこちらに護送中で本部で取り調べを行う予定だよ。一応聞くけど、ハナノとフジノは騎士団に入団前、もしくは入団後にドローリス家と関わった事ある?」


「ない、と思います」

「ありません。あったら警戒したと思います」

「200年前の戦争の後、勇者はずいぶんドローリス家の罪を主張していたようだもんね」

「そこが主犯です、悪魔崇拝の信仰の本拠地でもあるでしょう」

「フジノ、200年前の真偽はもう分からないし、帝国は土着の宗教は認めてるから信仰は妨げるものではないんだよ。現在の悪魔崇拝は怪しげな儀式をしている訳でもないしね。そしてドローリス男爵はとても恐縮していて協力的らしい」

「上辺だけならどうとでも出来るでしょう」

「大丈夫、取り調べは総監も立ち会うから、嘘があればすぐ分かる」


フジノがちらりとブレアを見て、ブレアがにっこりした。


「俺は全てを視れる。君には通じなかったけどね」

「嫌味ですか?」

「嫌味という訳ではないんだが。でも、視なくて良かった。前世も合わせて二人分の記憶はしんどそうだ」

ブレアがにやりと笑う。フジノが勇者いじりを嫌っているのを知っているようだ。

フジノはむすっとして黙り込んだ。


その後、ハナノは豚の悪魔の特徴についてアレクセイとブレアに話し、アレクセイの部屋を後にした。



 

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