第1話 Hello, world!
【統一暦195年6月 エンダルシア平原 甲斐拓斗】
青い空とはるか遠くの地平線まで見渡せる草原。つい数秒前まで自分が立っていた場所とは全く違う風景に彼、甲斐拓斗は思考を停止させていた。
「えーと、ここは一体……」
必死に記憶の糸をたぐる。そうだ、今日は大学の発掘調査で群馬の遺跡に向かっている途中、山道で土砂崩れに巻き込まれて……。
「いや、土砂に流されたって言っても、いきなりこんな北海道みたいな風景の場所って……?」
ますます混乱して頭を抱えたその時、背後から複数の足音が聞こえてきた。
「消防か救助隊か?」
振り返ると、まるで中世ヨーロッパのような服装をし、弓を構える男たちがいた。
「は?」
意味が解らなかった。映画の撮影か大規模コスプレ会場に侵入してしまったのかと考えた。
「怪しいやつ!放て!」
リーダーらしき男が言い放つと、複数の矢が飛んできて、その内の1本が足元のすぐそばの地面に突き刺さった。コスプレ道具や弓道の矢とも違う、明らかに殺傷能力のある本物の矢だった。
「っ!?うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
死が突如眼前に迫ったことで、弾かれたように逃げ出した。我に返った時にはすでに悲鳴をあげながら走っていた。後ろから先ほどの一団が矢を射かけてくる音が聞こえる。
(ヤバい、どこかに隠れないと……)
そうは言っても見晴らしのいい草原のため、隠れる場所など皆無だった。とりあえず走り続けて敵をまくしかないと思った。
15分ほど走っただろうか、なだらかな丘陵地帯にたどり着き、後ろを振り返ると先ほどの男たちの姿はもうなかった。全身で息をしていた。
「はあ、はあ、逃走成功か……。」
丘の陰に身体を横たえ、休息をとった。
「一体、なんなんだここは……。」
土砂崩れに巻き込まれて気がつけば大草原で中世ヨーロッパみたいな格好をした男たちに矢を射かけられる。冗談みたいな悪夢だが、全身から噴き出す汗と息苦しさが、これが現実だということを無情にも突き付けてくる。
「おおおおおおおおおおお!!」
身体を横たえている丘陵地帯の下から鬨の声と、金属音が聞こえてきた。
「勘弁してくれよ、まったく……」
恐る恐る覗き込むと、赤色の甲冑の一団と先ほどの男たちと似た服装の一団が戦闘状態になっていた。300人対300人といったところか、まるで世界史の教科書でみた中世のタペストリーに描かれている戦場そのものだった。
「ん?」
その戦場でひときわ目を引く存在があった。赤いバラを刺繡したマントを身に着けた真紅の甲冑の騎士。恐らく、赤色甲冑の集団の指揮官であろう。だが、筋骨隆々とした感じではなく、自分より小柄、そうまるで、
「女の子…?」
思わず、真紅の甲冑の少女に釘付けになっていた。
「ん?」
真紅の甲冑の少女の背後、100メートルほどの草むらが動いた。動物か?と思ったが目を凝らすと、金属の反射が見えた。背後から指揮官を狙う気だ。そう気づいた瞬間、拓斗は走り出していた。誰も、拓人自身ですら気づいてはいなかったが、この大地に新しい風が吹いた。