LIMIT01:目を向けろ
『こちらホーク1、越、聞こえてるか?』
不意に来た無線とローター音で、越は瞼を開いて上半身を起こす。
すると、輸送機が頭上を通り過ぎたのが見えたため、その進行方向へ振り向く。
「こちら越、聞こえてます」
『それなら良かった。こっちはまもなく最寄りの着陸地点に着く。早く【賜り者】を担いで来い』
「了解」
通信が終わると、越は後ろで捕縛してた【賜り者】を担いでコンテナから降りる。
「よう坊主! お前にしては珍しく任務中にお眠りか!?」
「コマンド! そんな大声じゃなくても十分聞き取れていますよ!」
万が一が起きた時の護衛として、機内には常に1人以上の【能力者】が同行する決まりになっている。
今回後部ハッチから覗いてきた顔は、同じ班でガンナー担当のコマンドだった。
『こちらホーク1、班長、聞こえるか?』
『あぁ、はっきりとな。状況は?』
『コマンドが越と目標を迎えてる。あちらの作業が完了次第、ラボへ帰還する』
『了解した。帰還したら通常通りに目標を隔離区間へ移送してくれ』
『了解』
パイロットが通信を切ると、間を置かずに搭乗員からのが来る。
「こちらコマンド、アードラー、返答をどうぞ」
『どうした?』
「目標を収監した。いつ発進しても大丈夫だ」
『了解、そうと来れば今から発進する。しっかり捕まっておくよう越にも伝えておけ』
「了解」
ローターの回転数が上がり、輸送機は海の向こうへと飛び立つ。
「そういや、坊主たちが来てもう1ヶ月以上か……歳を取ると時の流れが早くなっちまうもんだな……」
ラボへの帰路に就いてから数時間後、火をつけずに葉巻を咥えたまま、コマンドは向かい合っている青年に英語で話しかける。
それに応じて、彼は背もたれから上半身を移動させて前屈みになる。
「そうですね……俺も覚悟はしてましたが、高校生活と比にならないぐらい忙しいですからあっという間でしたよ。毎日……とは言いませんが、それに近い頻度でコイツらは世界中で暴れていますからね」
越はハードテイストに親指を向け、コマンドは帽子のつばからその方を一瞥すると、自嘲気味に鼻を鳴らす。
「お陰様で、俺たちは坊主が来る前からずっとてんやわんやしてるよ。流石に幾つもの戦場を駆け回ってきた俺でも体が堪えてくる……」
「ハハ、それは心中お察ししますが、葉巻きをやめたら多少はマシになるんじゃないですか?」
アドバイスを聞いたコマンドは「ハッハー!」と笑い飛ばす。
「坊主も軽口を言えるようになったじゃねぇか!? えぇ!? だがな、俺のチャームポイントだぜ? 今更捨てることはできねぇさ」
「だったら髭をもうちょっと伸ばしたりすれば良いんじゃないですか? 今のちょび髭は少し……」
眉を寄せ合って(微妙です)と言った意味合いを前面に押し出し、手の平を下にして揺らす。
「おっと、そこまで言ったら容赦はしねぇぞ? なんたってこいつは先祖代々から伝わるスタイルだ。ただまぁ……初対面の連中にはよく言われるから、やはり変えた方が良いのか?」
「個人的には……」
コマンドの疑問に、越は口をすぼめながら答える。
「そうか……いっその事もう少し伸ばしてみるとするか」
「その方が断然カッコ良いですから」
不貞腐れるがすぐに「へっ」とふてぶてしく笑うコマンドに、口角を少し上げて賛同する。
「ところで、お前と話すたびに常々思ってたんだが、坊主」
「はい?」
「お前の知り合いに全体的に色白の女が居るだろ?」
質問の意味が分からずに(『色白』? 色白……色白……)と反芻する。
「あぁ、時雨の事ですね。突然何を言い出すのかと思えば……確かに居ますけど彼女がどうかしました?」
「その時雨ちゃんについて、お前に1つアドバイスをやろう。気持ちは早めに伝えたほうが良いぞ」
「!?」
思いがけぬお世話に、越は少し取り乱す。
どうやら図星をつかれたという表現をしても、あながち間違いはないようだ。
しかし、想像してみてほしい。
かつて助けた女の子が、今じゃとてつもない美人になって、自分を信頼してくれている。
更に家が近いから、自然と会う機会は増える。
トドメに、自分はまさにそういったモノに興味津々な10代。
そうなれば、誰だって純粋な気持ちの中に多種多様な愛ぐらい生まれるはずだ。
だとしても10数年もの間、彼女を守るために動いてた彼だ。
彼の名誉にかけて言わせてもらうと、やはり守りたい気持ちが行動原理の大部分を占めていた。
「いや俺は別にそういった下心とか浅ましい感情とかで接してるのではなくむしろなんと言いますか保護欲で動いているだけなんですけど……」
ただそれでも、勘違いとは言い切れない勘違いをされてはいるため、それを解くべく饒舌に喋る。
おまけにその早口に連動してるのか、彼の目線は水を得たサメの如く動き回る。
「お前より色々な部分で大人な俺だ。素直に受け取っとけ」
帽子で表情は見えないものの、どこか哀惜を感じるような声をしてた。
先ほどまで動きが激しかった越は、神妙な気持ちになる。
「つかぬことを聞きますが、かつての傭兵部隊の仲間は……」
「全員死んだ。教団によってな」
「そうですか……」
「3年前にアフリカでの作戦から最寄りの友軍基地へ帰る途中、そこのデカブツみたいな衣装を着てたガキに襲われてな……気づいたら1人圧殺されていた」
コマンドの脳裏に、その時の惨状が浮かび上がる。
仲間だった肉片が直径5mの大きなクレーターにこびりつき、彼の愛銃は見る影も無い金属片へと変貌し、歪に変形したヘルメットが地面に転がる。
更には内臓や、汚物や、消化しきれていないレーションが、鹵獲した車へと飛び散る。
「それからの事はよく分からない……いや、『速すぎて何も見えなかった』の方が正しいか、とにかく死に物狂いでそいつから逃げたが、俺と偶然敵地で助けた捕虜以外は全員殺された」
「『彼女』?」
思わず疑問が言葉に出てしまい、越は(やば……)と口を塞ぐ。
「あぁ、髪が白くて赤い瞳をしてた女性だった。彼女によれば、ごく一部のアジアの少数民族で見られる特徴だってな」
ところがコマンドは、何も不快に思わずに律儀に答えてくれた。
それを見て、手を口から外した越は質問を続ける。
「だとしたら、その人達がアフリカにいた理由って……」
「経由してどっかに売り飛ばされる予定だったんだろうな。もちろん彼女以外にも何人かいたが、さっきも言ったようにガキに皆殺しにされたよ……」
そうして答えていくうちに、彼の目が恐怖と怒りに徐々に染まっていくのが、越には見てとれた。
「俺から見たら、ありゃァ人の皮を被ったバケモンだ。冷酷で、残忍で、血も涙も感じなかった……正真正銘のバケモンだ……」
「俺はそんなやつから逃げ回っているうちに運悪く崖から転落して、運良く川に流されて生き残った……そして行き着いた先の村で友軍に助けられると、前に一度坊主に話したように、帰った先の基地でリーダーにスカウトされた」
「これで全てだ」
少しため息をつくと、改めて真正面から真剣だがどことなく優しい目で、我が子を諭す時に父がする目で、越を見る。
「俺たちは家族みたいなものでな……今でもアイツらに会いたいと思う時がある……だから坊主、お前は殺しても死なんだろうがこんな職場だ。伝えれる時には伝えといたほうが良い。時はそこまで戻ってくれる事はないからな」
「……分かりました」
『こちらアードラー、2人共聞こえるか』
会話が終わった途端に機体が急旋回すると、キャビンにアナウンスが流れる。
「聞こえている、どうした?」
『さっき緊急任務が入った。ホログラムを起動するから、それに注目してくれ』
立体地図と目的地を指す赤い点が、《ブゥン》と起動音が発されるのに合わせて映り出す。
『これから向かう先は東北地方のとある村で、3日前に調査班がそこの調査に向かった所から始まる』
『最初の2日間までその班は定期連絡もキッチリこなしていたが、信号が今日で突然ロストした。その為に3時間前に能力者を含めた救護班を送るも、こちらも行方不明に』
『そんな訳でまずは現場に近い者が先に向かい、同時に増援を送る事が決定された』
「要するに俺たちは脅威となる存在が居た場合の牽制って事ですね」
『飲み込みが早くて助かる。詳細は向こうで話すから、今は各自仮眠を取っておけ。以上だ』
「「了解」」
返事をすると、アナウンスと映像が切られる。
「坊主、寝る前に俺の経験から忠告する。こういった手合いの者は臆病ゆえに、自分のテリトリーから引き摺り出されると何をしでかすか分からん奴が多い。気をつけておけ」
『こちらホーク1、司令室から応答を願う』
『こちら作戦責任者の千紗だ、どうぞ』
『今現在、自機含めて3機が現場に到着した。これから準備を済ませた後にブリーフィングを行う』
『了解した。10分で準備を済ますように伝えておいてくれ』
『了解』
『……という訳で2人共聞こえただろ。暗視ゴーグルと装備の点検を手早く終わらせとけ。その間に俺達パイロットは拠点を設置しておく』
「「了解」」
輸送機が着陸する直前、アナウンスで目を覚ました2人は室内のライトに照らされながら、テキパキと言われたことをこなしていく。
「よう、越」
輸送機から降りた越がテントへ向かう途中、聞き慣れた声が耳に入った。
その方を振り向くと、白に赤二本線を染めた鉢巻を巻いた親友が居た。
「剱! サラスさんも!」
「お久しぶりです! エツ君!」
それと、その親友の後ろに居たベレー帽の似合う可愛い美人。
ダチ公コンビは再開すると同時に《ガシッ》と手を握り合い、越はサラスと視線を交わす。
「我々もついさっき本部からの通達がありましたので来ました!」
「そうですか。となれば、そっちも任務を遂行していたと思われるんですが、どうでした?」
「私は護衛担当なので、ツルギ君に聞いてください」
敬礼していた右手を彼に差し向ける。
「だったら剱、任務はどうだった?」
「それが今回の相手はあっちこっちピョンピョン飛び回るとんでもなく厄介な野郎でよ! ある程度軌道は読めてたから何とかなったが、結果的に3発良いのをもらって青あざができちまったんだわ…… まぁ移動してる間に多少は痛みが引いてきたけどな」
痛そうに顔をしかめるのを見ると、越も釣られてしかめる。
「そいつは災難だったな……最後にこれ終わったら再生施設にでも行っとけよ?」
「分ぁーってる。ご厚意痛み入るぜ、ダチ公」
「全員速やかに集合」
突如として、テントを張っている場所からアードラーの声が聞こえる。
「おっと、ダチ公と話してたらもう時間か」
「んじゃ行くぞ剱、サラスさんも早く」
「はい!」
「各パイロット、各々の搭乗員は揃ってるな?」
「揃ってます」「こっちも揃っております」
「よろしい。それではこれより私、ホーク1のパイロットであるアードラーがブリーフィングを行う。まずは今居合わせているメンバーについての情報を渡しておく。作戦の詳細について個人の名前と役割を挙げながら話すため、各自で情報を擦り合わせておけ」
アードラーの両隣にいたパイロット2人が、この場の全員分のプロフィールが載せられた紙を配る。
「次に本題に入る。今回我々のなすべき事は3つある」
①生存者の保護
②脅威存在の排除
③村までのルート確保
「しかし、村人の存在と失踪した2班の信号を村内で確認できていない事から、基本的に優先順位は③⇨②⇨①である事を念頭においてくれ」
「そしてここからが最も重要だが、現場には地域特有の濃霧が広がっている。加えて救護班による映像と通信には、【賜り者】によって掘られたと思わしき穴も確認されてるが、その内部構造は不明だ」
「そこで、司令部にいる千紗の【能力】をドローンで中継しつつ、斥候として界進越とサラス・グラネスを信号がロストした地点へ向かわせる。また、斥候にはサブプランとして、肉眼で穴を見つけたらこの容器内にあるカプセルを1個投げ入れてもらう。最近になって新開発された便利アイテムだ」
机の上に細長い青色の箱を置き、2人に渡す。
サラスが箱の中央にあるボタンを押すと蓋が開き、一般に流通している物より倍は大きい白色のカプセル4個が正しく並べられていた。
そして、視認して取りやすいように黒色の緩衝材で守られており、彼女は1個だけ掌に乗せるとしげしげと眺める。
「カプセル内のナノマシンが漂ったり付着したりした箇所を自分でスキャンし、得たデータを専用の装置で読み込ませる事で、対象の詳細が分かる仕組みになっている。生き物に付着したならその姿形や内臓の位置が、地面に付着したならその地質や地下資源の種類などだ。要するに、俺たちの足下にあると思われるトンネルの構造を把握するため、ドローンに加えてナノマシンも使う」
「目的地に到着したら、機体の外で待機してる大嶽剱と新田明日人に無線で合図を送ってもらう。先ほど名を呼ばれた2名を援軍として向かわせるためだ。それまでの間、君たちはコマンド、フリー両名と拠点の防衛に徹しろ」
「残ったパイロットである私と龍、フロッグの3名はバックアップを担当する。伝達内容は以上だ。何か質問があれば今の内に聞いておけ」
作戦メンバー全員の顔を見渡す。
「無いな? では現時刻をもって作戦を開始する。総員、配置に付け」
「「「「「「了解」」」」」」
ドーモ、多趣味な金龍です。
ちょっとした小話ですが、主人公陣営は【教団】に所属している能力者のことを【賜り者】以外に【団員】や【信徒】と呼んだりもします。
呼び方が結構まちまちですが、個人個人でしっくりくる物を選んだためですね。
敵が基本【教団】なのもあるため、意味が伝わらない時はほとんどありません。