LIMIT20:気を
11:37 会場エリアA
「シオンさんが『既にあすっちが向かった』って言ってたけど、今からでも増援間に合いますか、ね!」
市民センターのレンガタイルが貼られた壁を走り蹴り、燃えているテントの残骸の上を、越が通過する。
「知らんが噂に聞きゃァ、カセって野郎は豪運らしいからそれを祈っておけ」
彼の右肩で抱えられたままのコマンドは、自慢のカウボーイハットを落っことさないよう押さえる。
そんな2人は現在、降した敵をシオンに任せ、嘉生チームの元に奔走している最中であった。
「確かに、他チームはまだまだ踏ん張っているようですからねっと!」
「千紗も『すぐに倒せるような【賜り者】から片付ける』って、そこら中のドローンに視界を移している」
越がもう1度力強く跳ぶ中で、コマンドはリボルバーを取り出し、ゴム弾から44口径弾に込め直す。
どのチームへいつ増援を送れるのか、眼を酷使しながら思索している千紗の負担を、少しでも緩和させようとする意思と共に。
「分かってると思うが、他の所に行くから時間は掛けられねェ。だがせめて、他のヤツらが来るように最後まで踏ん張るぞ」
「了解」
同時刻 同エリア
「……ハァ……ハァ……バケモンが……!」
「そいつは心外だな。俺は真っ当な人間だ」
嘉生チームに居た1人の男の首根っこを、バイカー姿の大男が《ギチチ……》と革手袋が擦れる音と共に右手で掴む。
「鎖鉄さん!」
「動くな、そこの熱いの。加減を間違えても責任は取れねぇんだ」
バイカー、もとい、流者がこれ見よがしに右腕を高く掲げる。
明日人は彼の【能力】も分からない以上、下手な真似はできなかった。
「コッ……! コッ……! カッ……!」
ただ、そうだとして、流者は容赦しない。
着実に右手の力は強まり、鎖鉄の気道は開いては閉じるだけ、頸動脈を流れる血液は滞り、脳に送られる酸素の量は0へと近付く。
「それ以上は止めるっス!」
明日人が制止するも、遂に鎖鉄の手は流者の右腕から離れた。
「アンタ!」
「まぁ待て。言っただろう、俺は真っ当だと。ただ気絶してもらっただけだ」
鋭い眼光で拳を燃やす明日人に、流者は血色が青くなっていないのを確認させる。
終われば、四肢がだらんと揺れている鎖鉄を《ポイッ》と遠くへ投げ捨てる。
その身体は投げられた勢いに反して、ゆっくりと空を飛び、地面に落ち着いた。
「ただ、最後はお前だな」
流者がまた、背筋と後ろ足を伸ばし、両手を前に出して構える。
「思い通りにはさせねェっス!」
明日人が炎で飛んで距離を詰める!
拳のリーチが届くようになれば、先ほど捨てられた鎖鉄を巻き込まないように左フックを打ち込む!
「無駄だ」
その言葉通り、拳が流者の手前で遅くなる!
「まだまだァ!」《ゴォォォ!》
打撃が当たらないならと、宙に浮いたまま追加して炎を噴射!
「これは迂闊には触れられんな。だったら払おう」
流者が両手で空間を掻き分ければ、炎を直接触れずに周囲へ散らしていく!
しかし、それが意図せずとも曲面の壁へと移り変わり、彼の視界が絞られる!
「押し込むっス!」《ゴォォォォォォ!!!》
明日人は残っていた右拳を壁に押し当て、炎を再噴射!
壁の炎をも吸収して威力が底上げされ、槍のように突き進む!
「勢い付いたな。だが、まだまだ足りんぞ」
人は本来、鋭い物体には顔を背けるようにできている……それでも、流者は少しも瞬きしない!
それどころか、壁の凹んで鋭くなった部分に意識を向け、滑らかな曲面へと戻していく!
「正直……! ここまで手応え無いと萎えるっスね!」《ゴゥッ!》
明日人に手応えは無くとも、彼の両腕はコールタールのような粘性の高い液体に絡まれた感覚を覚えている。
それで両拳を思うように引けないのを、噴射した炎に押されて抜け出そうとする……
「逃がさん」「なっ──」
だが、これはどうだろうか!?
彼の思惑に反し、炎を噴射すればするほど、逆に流者の間合いへと吸い込まれているのだ!
(こりゃドツボにハマったっスかね!?)《ゴォォォォォォ!!!》
明らかにピンチに陥っていると実感すれども、炎を止めてしまえば反撃されると判断し、早まる心臓と共に勢いを強めていく……
けれども虚しく、炎は流者の横へ逸れていくばかりであった……
「見たところ、拳からしか炎が出ないようだ」
流者の両手と親指が、明日人の両肘へと向かわれる……
「ッツウッ!!!???」
突如! 腕から全身にかけて鈍痛が走る!
反射で腕を曲げようとするも、肘を抑えられて真っ直ぐに伸ばされる!
「今圧えているのは“尺沢”だ。かなり効くツボだろう?」
明日人が「グブッ……! ギュゥッ……!」と呻く中、流者は彼の浮かんだ身体を地面へ降ろし、腕を上げさせながら両膝を着かせる。
「こうして見れば、俺と相性が悪かったな」
「そうかもしれないっスね……」
(肘は動かせない……っスけど!)
手首から上はかろうじて動かせる!
両の掌を《バッ》と広げ、炎で挟み撃つ!
「だから無駄だと言ってるだろ」
呆気無く、これもまた流者の周りへと流されて行く……
「本当……嫌になるっスね……!」
一体どれほどの絶望を味わったのか、明日人が今ここで成せる術は尽きた。
されども、脂汗が滲む顔に笑いのマスクを貼り付け、見下ろしている大男に見せ付ける。




