LIMIT18:気を回せ
11:21 フェスティバル会場の駐車場
越たちは、最寄りの港に停めた輸送機から一般車に乗り換えていた。
『それでは手筈通り、第1波は今から入場してくれ』
会場に潜む【賜り者】を捜索するため、千紗の通信で、対象となる越たち8名が行動を開始する。
ここまでの段取りは以下となっていた。
①会場を4つのエリアに分け、時計回りにA,B,C,Dと当てる。
②それぞれのエリアに同時に2名ずつ送れるよう、1度で入場する人数を8名に分ける。
ここからはいつもと同様で、ナノマシンと総メンバー16名の肉眼によって【賜り者】を発見した次第、無力化して捕らえる事となっている。
『んじゃ、先に行ってくる』
『応、また後でな』
SUVにもたれかかっていた越は、別の車内で待機している剱とのチャットを閉じる。
「坊主、祭りは久しぶりか?」
そして、越が落ち着かない様子で会場のゲートへ歩き出すと、変装として狩猟ベストを着たコマンドが話し掛ける。
「こういう賑やかなのは久しぶりですね……今年は家族間でのお花見が開かれなかったし、本当に久しぶりです」
「だったら、これで食べ歩きでもしとけ」
左腰ポケットの財布から千円札を取り出す。
「皆まで言うな。表情を見たら分かる。だがな、雰囲気に馴染まずにガチガチになっていると、敵に簡単に見つかってしまうぞ。この任務を成功させるための必要経費として考えれば良いんだから、遠慮せずに受け取れ」
「いや、そうではなく……」
越にしては珍しく、口を《もごもご》と動かす。
「だったらあれか? チップにがめつい店員みたいに、第六感がお前に訴えかけてるとかか?」
「……そんな所ですかね? 普段感じている危機感とは違うと言うか、こう、上手く表せないけど感じるんです」
現に剱も何かを感じ取っていて、彼とチャットしていた時にも話題に挙げられていた。
「仕方ないさ。自分でもはっきりと認識してない物をどうやって説明する、って話だ。ただ、何が起こるにせよ、俺たちのやるべき事は最初から決まっているんだろ? それを忘れてなければ、後はなるようになるさ」
あと数歩踏み出せば入場する距離にまで、ゲートに近付く。
そこで左手の指で挟んでいる紙幣をヒラヒラ揺らし、コマンドは「ほれ」と越の前に差し出す。
「でしたら、ありがとうございます」
彼がパーカーの右ポケットに紙幣を入れたら、2人はエリアAへ向かう。
(流者さん、緊急だぜ。他のヤローも聞いてくれ)
(今度はどうした? 何か検知でもしたのか?)
会場に設営されたテントで休んでいる流者へ、遠く離れた場所で監視役を任せられている燥音から、傍受対策として必要最小限に留めていた通信が再び送られる。
(あァ、俺らと同じ【賜り者】が5人……いや、8人だ。ついさっき範囲に入りやがった。それとオマケに空気も変わったぜ。恐らくラボの連中だがどうするんだ? 予定を繰り上げでもするかい?)
(……必要は無い。確かに俺たちが本格的に動くのは、祭の目玉企画が始まって中央ステージに最も注目が集まる時だ。それまでに敵に発見されたら、何を優先しても俺たちを止めようとしてくるのは否めない。しかし、そうなった場合には【賜物】がぶつかり合うのも免れない。戦闘の余波で周囲に被害をもたらせるなら、効率は下がっても同じ結果にはなる)
紙コップに1口だけ残った冷たい麦茶を飲み干し、氷を《ガリン》と噛み砕く。
(俺たちが遣わされた目的は完遂される。だから先手を取っても取られても構わん。今からお前に追加して頼む。各々に敵が近づいて来たら知らせてくれ)
(へいよっと)
11:23 ラボ北棟 司令室
ナノマシンで会場をスキャンしたデータが、各モニターを担当するオペレーターによって読み取られる。
「ナノマシン、動作に異常無し。しかし千紗さん、敵の居場所を掴めていません」
「いつかの【賜り者】がしてみせたように、誰かがジャミングしている可能性は?」
「謎の周波数を代わりにキャッチできているので、その線は薄いかと」
女性オペレーターが「ご覧ください」と振り返り、千紗に直接モニターの内容を確認させる。
「ならば、ピボに解析させているか?」
「そちらについては残り2分ほど、もしくはあと1回キャッチできたら終わります。ただ、あのピボがここまで手こずっているのが気がかりですね……いつもであれば5秒とかからずに終わらせるのですが……」
珍しい事実に眉を寄せる。
「つまり、この世に2つと存在しない人工知能を生み出せる人物の中に、我々の中に裏切り者が居ると?」
「もしくは【教団】の技術水準が我々と同等なのか」
「……分かった。裏切り者が居る可能性については、私が後で解析結果から辿ってみよう。今は目下の出来事に集中してくれ。ピボの仕事が終わる頃には、第2波も動くだろう」
「了解」
11:26 会場と駐車場
捜索や待機をしているメンバーに、千紗から通信が送られる。
『5分経過した。第2波に入場してもらう前に新情報だ。潜んでいる【賜り者】は6人で、その内1人だけ会場から離れたアパートに居る』
『よって、ここからは2名と3名のチームで6つに再編成する。【能力】の詳細が判明している者とアパートに潜む者に2名を、詳細が判明していない者と例外へ3名ぶつける』
『要は、アパートへ向かうチームと【能力】が判明した上でぶつけられる3名のチームだ。君たちの動きぶりに応じて他チームの負担も変わる。可能な限り迅速に捕らえてくれ』
『話は以上だ。総員、健闘を祈る』
「「「「了解」」」」
通信が終わると共に、チームの振り分け方や【賜り者】の位置が、越たちのスマホに送られる。
「コマンド、俺たちはツーマンセル続投ですね」
「しかも会場内で唯一、こりゃ期待されてるな。ついでにエリアBと言ったらお向かいさんだ。静かに急ぐぞ」
「たこ焼き、食べたかったんですけどねぇ……」
土台無理ではあったものの行列に並ぶ暇も無く、水分補給するのに最も適しているために自動販売機で買った天然水のペットボトルを、越はロケットに匹敵する精度でゴミ箱へ投げ捨てる。
「またの機会にお預けになってしまったが、それはつまり食べられる機会が残ってるって事でもあるんだ。肩まで落としてる場合じゃないぞ」
「……了解」
コマンドに肩を叩かれ、越は「へっ」と納得した笑いで答える。
そんな2人が戦闘態勢に移っている一方で、駐車場に居る剱たちは──
「俺はエリアDに変わりましたね」
「私はC、お互い【能力】が判明していない信者とですか……」
「いつもは千紗さんの“目”で楽に進んでた物だしなぁ。まぁ、無い物ねだりしたって意味は無いし、有るなら有るだけでも充分でしょうよ」
鉢巻を結び、鞘のみを佩く。
「チャチャっと終わらせて、飯に行きましょうや!」
「賛成!」
サラスもベレー帽を被り直し、ベルトに2本の棒を装着すると、スポーツカーから弾むように降りる。
(流者さん、多分最後の報告だ。ヤロー共に連中がほぼ同時に接近してるし、俺の方にも2人来やがった。そっちに参戦できるかどうか分からんから、データだけは送っとく。先にトンズラさせてもらうぜ)
(了解した。俺からも一応伝えておくが、事が終わった後の集合場所は当初の予定通りだ。間違えるんじゃないぞ)
(へいよ)
今から1拍も置かずに荒れるだろう状況でも、やはりどことなく軽い口調で返事されると、インプラントへデータが直接送り込まれたのを感じる。
それから通信を切ると、流者は自身を挟み撃つ3人を見渡す。
「さてと……イベントが始まる時間でも無いのに、周囲の輩が移動していたのだが、お前らが何か細工したのか?」
「避難させただけだ。それ以上は話さん。時間稼ぎに付き合う気は無いから、なっ!」
1人が有無を言わさずに先制攻撃!
彼の後ろから脇腹めがけて右フックを繰り出す!
「だったら、こちらも付き合う義理は無い」
(何だ? 急に動きが鈍く──)《ゴッ!》
体がタールに塗れたかのように動かせなくなると、後頭部から突如として激痛が走る!
「嘉生!」
名を呼ばれた男は1言も返さず、気が抜けたかのようにうつ伏せに倒れる!
「まずは1人……ただ拳を撃ち下ろしただけだが、お前らが呼ぶカセとやらには、無防備なままハンマーが直撃したように感じたはずだ」
流者が背筋と後ろ足を伸ばし、両手を前に出す。
「あえて聞こう。そこを退くつもりは有るか?」
11:32 会場エリアB
越とコマンドが接敵してから4分が経過!
「シャハァッ!」
モホークヘアーの男が、鋭い鉤爪を露わにして飛び掛かる!
「フゥッ!」
越は上半身をブリッジのように反らして回避!
同時に下半身に溜まったエネルギーを解放して蹴り上げる!
「甘ェッ!」
モホークは空中で体をネジのように捻り、横に躱す!
「そこだ」《パパァン!》
ベストから取り出したマグナムで、コマンドが頭頂部めがけてゴム弾を2発撃ち出す!
「シャァッ!」
だが、回転の勢いを利用し、鉤爪でそれらを掠め取る!
そのまま着地すると四肢で踏み締め、今度はコマンドに飛び掛かる!
先ほどのよりも数段速い!
「おいおいつれないなァ? 目移りしてんじゃねェよッ!」
だが、越にとってはまだ対応できる範囲!
すんでの所で狂人の右脚を掴み、振り上げてから地面に叩き付ける!
「ハァッ!」
ワイルドに受け身を取り、威力を流しながらバウンドした直後、モホークが左脚で越の顔面を蹴る!
「フゥッ」
左腕でブロックするも、蹴りの反動で拘束を外された!
「ハァ……ハァ……ハァァァ……もっと怖がってくれよ……狩りってのは俺だけ楽しんでも意味が無ェんだよ……?」
2人から距離を取り直したモホークの瞳、その奥に不満で暗んだ猟奇心が見える。
「すいません、コマンド。骨を折るつもりで握れば良かったのに、うっかり手を離してしまいました……」
「反省するなら、この作戦が終わってからだ。もしくは、これぐらいの敵に手こずってる現状を反省した方が良い」
コマンドは【時針】を発動し、僅かに引っ掻かれた左頬の傷を癒やしつつ、ゴム弾を再装填する。
越は彼の前で構えを取り、モホークから身を挺する。
「俺を無視してんじゃねェよ……俺をイラつかせるんじゃねェよ……俺の邪魔するんじゃねェよ!!!!」
衝動的にモホークが大声を張り上げ、変則的な動きで屋台の裏から裏へ移る!
「目で追えるか?」
「できています。しかし、身体が液体みたいに自由に変形しているのでカウンターを取り辛いですね……」
「痺れを切らして本気で来た感じか……」
コマンドは懐からキャンディを取り出し、それを口に含む。
脳内に、ミントの清涼感と連なって1つの案が駆け巡る。
「だったら、どこから出てくるか示してくれ。攻撃してきた奴さんの時間を、俺がちょびっと戻すから、殴りやすくなった所に思いっ切り叩き込め。1秒も有れば、釣りだって十分に返ってくるだろ?」
「良いですけど、そんな身を投げ出す行為は、千紗さんに叱られるんじゃないんですか?」
「長い付き合いだし、こんな事は滅多にやらないから、大目に見てくれるさ。それよりも、もうすぐ来るから構えておきな」
黒い風となったモホークを相手に、2人は背中を合わせる。
「もっと……もっと……」
越が声の聞こえる方向を指差す。
コマンドの右だ。
「もっと俺に恐怖を寄越せェェェッッッ!!!!」(【時針】!)
モホークの爪がコマンドの胸に突き刺さった瞬間! 赤く染まったそれは鋼色に戻り、胸から離れる!
「今だ!」「憤ッッッ!!」
食いしばっていないモホークに目掛けて、越の右ストレートが痛烈に入った!
相手は気絶したまま10m吹っ飛ばされる!
「千紗さん! こっちは終わりました! 援護が要るチームは!?」
『エリアAの嘉生たちだ!』
「了解!」