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OVER  作者: 多趣味な金龍
第1章:若人よ
22/24

LIMIT17:熱中するなら程々に

 ラボの在任者にとって珍しい日、つまりは取り急ぐような任務が無い日。

 ダチ公コンビにとっては、まさしく今日がその日であった。


「ふぅ〜〜〜〜〜〜良い湯だぜぇ〜〜〜〜〜〜」

「同感〜〜日々の疲れが癒やされるぁ〜〜」


 模擬戦が終わり、あの場に居た人々は事務処理や看病のために一時解散。

 それから夜が訪れた現在、ダチ公コンビは共同浴場で身体をウンと伸ばし、温かい快感に浸り始めていた。


「にしたってよぉ、オメェの方から風呂に誘うのは珍しいな。何か訳でもあるのか?」

「久しぶりに裸の付き合いをしたかっただけだ。例えば、家族は元気にしているか、最近の調子はどうだ、とか他愛のない会話をしてな」

「なるほど」


 剱は自分の顔にお湯をかけた後、手拭いを頭上に乗せる。


「で、家族は元気か?」

「そうだなー、親父はもちろんだろ。母さんたちはいつも通り優しいし、弟妹は聞き分けが良いから、俺が居ない間に他人に迷惑を掛けちゃいねぇ。天花については、相も変わらず可愛いってとこだな」

「あぁ、あの娘か」


 ビー玉のように透き通った瞳と桜色の長髪を持ち、和洋(着物とセーラー服)どちらも似合う女の子を、越は思い出す。

 現代日本でも続く武家ともなれば、分相応な許嫁が居るのは何ら不思議では無く、

 

 ()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()

 

 気品という概念が人の形をもって産まれたのが、伊剣天花その者であった。

 但し1点だけ、将来の旦那様(大嶽剱)について語る姿がツグミである点を除けばだが。

 ここに関しては、彼曰く「幼い時に初めて顔合わせをしててよ、そこで起きた出来事がきっかけなのかもしれねぇな」との事である。


「とにかく「様付けはやめてくれ」って言ってるのに、通話する度に『私も早く剱様に会いたいです!』って嬉しい泣き声を聞かせてくる(もん)だから愛おしくてなぁ」

「おっ? 文面が急に変わったがなんだ? 惚気話(のろけばなし)か?」

「オメェが『教えてくれ』って言ったから、ありのまま話してるだけだろうが」

「そうかよ」


 顔を合わせて「ハハハ」「カカカ」と笑う。


「まっ、俺から言えるのはこんぐらいだ。そっちはどうなんだ?」

「最近は特にバタバタしている。父さんがちょっとした事件を任されてて、事務所に篭りっきりだからな。母さんは『俺は大丈夫』って言ってるのに過度に心配してくるし、爺ちゃんが落ち着かせてる感じ」

「家族の半数がいつ帰って来るか分からないんなら、そりゃオバさんが心配気味になっても仕方ねぇよ」

「帰省までまだまだ日数があるのも事実なんだから、俺は不可抗力だろ?」


 越は浴槽にもたれかかり、天井を見上げて答える。


「……一理あるが、連絡する頻度は?」

「2日から3日のペースで1度」

「ならば、温情の余地有りか」

「どこ目線で言っているんだ?」

「当然、弁護士の父を持っているダチ公を持っている俺目線」

「喧しいわ」


 自信満々に親指を差す剱に、越は「ブフッ」と吹き出しながらツッコむ。

 それから1拍置くと、入浴者数が増えてきた浴場から自分の隣でくつろいでいる彼へ、視線を下げてから動かす。


「……こうしてみると変わらないな。大所帯に囲まれるようになった事以外は、去年までと何も変わらないな」

「……だな。休日にゃぁ時雨も連れて旅行へ行かなくなった以外、何も変わっちゃいねぇ」

「んじゃ、ガキの頃と比べて変わってない俺たちに、恒例行事のサウナ勝負行ってみるか? 負けた方は──」

「『勝った方に好きな牛乳瓶を1本奢る』だろ? 良いぜ、乗った」


 剱がニタリ顔で答える。


(さっきの1件で顔色が良くなってたが、これで顔付きも本気になったか……調子を上げてきたな……)


(越の奴、今日は俺に気を遣ってんな……別にそこまでしてくれなくても良いのによ……)


((だが、勝つのは俺だ!))








「……深夜にしてようやく重要事項を伝えた私も悪いが、本当に君たちの負けず嫌いは似ているな。時雨ちゃんから『意地を張らない』って前に言われてなかったかい?」


 後日、地上では人々が通勤通学を始めるようになった頃。

 ラボの会議室に、【監視犬】をはじめとした3つの部隊が集結する。

 その室内では他にも、サウナで()(だこ)みたいに熱されていたというダチ公コンビを、千紗が正座させていた。

 

「昨日の今日で本当にお恥ずかしい限りです……すいませんでした」

「俺もガキの頃から越と競い合ってたからつい……すいません」


 反省札に『僕は、親切心による忠告を蔑ろにしてしまう悪い子です』と書かれるのが似合いそうな越と、姿勢だけは手放しで褒められる剱が、知人に心配を掛けさせた事を謝る。


「だったら、今日の任務には参加できるね?」

「「はい……」」

「だったらいつも以上に時間が押されているから、説教は省いて手短に行こう。空いている席に座りなさい」


 場のタイミングを見計らっていたピボが、室内の明かりを消しながらモニターを起動する。



「今回の任務は、東北地方の〇〇市で開催される周年記念フェスティバルの警備だ」



 赤い点で示されたエリアに、越の気持ちが一瞬だけざわつく。


(……1週間前に救助任務として向かった村と場所が近い。ただの偶然か違うのか気になる所だが、今は黙って聞いておくか)

 


「2日前に明日人君が捕らえた【賜り者】によれば、目的は浄化という名目での虐殺(ぎゃくさつ)、現場には3名ほど刺客を送ってくるらしい」

「話してる途中で済まない。お前にしては珍しく人数がはっきりしてないが、どうしてだ?」



 千紗の説明の節々が曖昧である事に、4年来の付き合いを持つコマンドが手を挙げて指摘する。



ミューク(【賜り者】)の記憶で分かる範囲が、敵の作戦の発案段階までだったからだ」

「なるほど、了解」



「悔しいがこういった不利もあって、我々の対応はどうしても後手に回ってしまう。3部隊も集めた理由だって、その点を人海戦術でカバーするためだ。ともかく、現状で把握している敵メンバーのプロフィールを配るから、頭に入れておいてくれ」



「そして最後、我々には前提として、一般人から死傷者を出さない事と【賜り者】を1人残さず捕らえる事、この2つがあるのを承知しているはずだ。しかし我々が今置かれている状況下では、そんなのはただの無茶振りでしかないのも、私は承知している。それでも、全力を尽くして遂行してくれ」


 

 確固たる意志で、要望では無く、命令を下す。



「質問が無ければ、これで以上となる。各自、移動開始だ」

「「「了解」」」






「母ちゃん母ちゃん! からあげも食べたい!」


 成長期真っ盛りの少年が、屋台が26も立ち並ぶフェスティバル会場の中を走り回る。

 総勢で1000人にも(のぼ)る参加者の活気に当てられつつ、新品のスニーカーを履いていた事もあって、その速度はさながら疾風だった。


「はいはい、そんなに慌てない。まずは口についてるケチャップを拭いてからね。それに、宗助はもうお兄ちゃんなんだから、妹を置いて1人で行かないの」


 やんちゃ過ぎる我が子を、しっかりした芯を持つ優しい母親が引き留める。


「そーゆーのはだってランちゃんが遅いからじゃん」

「あら? 唐揚げの事は考えられるのに、妹の事はそうじゃないんだ?」

「……あーもー! 分かったよ! こうすれば良いんだろ!」


 ほっぺと不満を膨らませるが、まだまだ1分目しか溜まっていない胃袋には及ばず、しょうがなく妹と手を繋ぐ。


「にぃに、ランといっしょなの、イヤ?」

「別に嫌じゃねーけど、なんて言えば良いんだろうな……」


 自分の愛憎入り乱れた気持ちをまとめようとするが、長男である彼は小学生でもある。

 言いたい事を相手に上手く伝えられない時期の子供にとっては、お箸で小豆を掴むのと同じぐらいに難しい作業であった。


「ってか、答えるのもメンドーになってきた。とりあえず俺から離れるんじゃないぞ」

「……うん」


 兄の困り顔から何も感じ取れなかったランの姿は、周囲から見れば、頭からはてなマークを生やしていると錯覚されてしまいそうな物になっていた。

 しかしながら彼女は、理解していなくとも理解していないなりに、信頼する兄の右手を強く握り返した。


「それじゃ行くぜ── 「あっこら、ちゃんと前を見ないと」──ってぇ!」


 宗助は胸を弾ませ、青色のキャラポーチに入れた小銭を《チャリンチャリン》と鳴らしてて走り出す。

 すると直後、母親の忠告が間に合わず、自分の胴と変わらない太さの脚と激突してしまう。


「あーもう! 慌てないって注意したのに! うちの息子が迷惑をかけてしまってすいません! 怪我や汚れは無いですか!?」

「……別に気にしなくとも良い。俺もちゃんと下を見てなかったからお相子(あいこ)だ。だが詫びたい気持ちがあるってんなら、アンタの息子にいくつか聞かせてもらおう」


 ぶつかってきた子供と目線を合わせるべく、無愛想な顔をしたバイカー衣装の男は右膝を付く。


「小僧、お前の名前は?」

「そ、宗助……です」

「ふむ、ではソースケ、お前は妹の事を愛しているか?」

「えっ?」


 宗助は、かつて父に連れられた水族館で1度だけ見た事がある。

 ガラスを隔てた先ですぐの距離で、手を伸ばせば触れそうな距離で、ジンベエザメを見た事がある。


 そして今、そのジンベエザメと同じ圧倒感を持つ大男の口から、まさか『愛』という単語が出て来るとは思わず、宗助は面食らう。


「真面目に聞いているんだからまっすぐ俺を見ろ。良いか、人間に必要な物は愛情だ。もっと言うと、家族だけじゃなくて他人も思い遣れる気持ちだ。お前は持っているか?」

「多分だけど……違うと思います……」

「だったら、今日から妹に愛情を掛けろ。今のご時世、どこもかしこも足りないからな。まずは妹へ、次に他人だ。そうやって愛情を広めてくれ」

 

 伝えたい事を伝え、大男は立ち上がる。


「俺からの頼みだ。分かったら、気を付けて歩けよ」

「……はい、ありがとうございました」


 大男の話す内容を理解できずとも覚えた宗助は、手を振ってくる彼へお辞儀をしてから別れた。


(おいおい、流者(ハンドマン)さんよォ、少しばかり害獣と戯れ過ぎてちゃァいなかったかい?)


 去って行く小僧を見ていた大男の脳に、軍用の通信インプラントを用いて、陽気に別称を呼ぶ声が直接流れる。

 

燥音(ムード)、子供はまだ救える存在だ。俺らと同じ信者になれる可能性も持っているのなら、害獣呼ばわりするのを謹んでおけ)

(へいへい)


 流者(ハンドマン)に注意され、燥音(ムード)は後頭部で手を組みながら返事する。


(それで? このタイミングで話し掛けてきてどうした?)

(ついさっき空環(ブリュー)も入場したんで、全員揃ったのを確認しましたぜ)

(了解した。予定時刻になるまでは持ち場を離れないようにしろよ)

(へ〜い)


 緊張感のかけらも無い燥音(ムード)との通信を切ると、流者(ハンドマン)は害獣の群れへと紛れて行った。

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