LIMIT14:熱は冷やせ
『まもなく着陸地点だ。各自備えておけ』
透明な機械鳥が、下関海峡の空を滑る深夜。
真っ昼間と比べて比較的動きやすくなる頃、パイロットからのアナウンスに答えるように、髭をバルボスタイルに整えた防爆服の老兵が「おーし!」と立ち上がる。
そして彼がヘルメットを手に取ると同時に、1LDKの物件のホログラムがキャビン中央に投影される。
「野郎共! ケツの穴を引き締めて耳の穴はかっぽじってよーく聞きやがれ!」
「俺たち【追獲者】の今回の任務は、ボロアパートに潜んでいるクソカルト信者を捕らえる事だ! 持っている【能力】から、ターゲットの名称を『マイナー』とする! 軍役経験者であるだけでも面倒くさいのに、あろう事か釘状の地雷を設置できるらしい!」
「あの【教団】に所属している事から、戦闘時に一般人を巻き込む事も厭わねぇはずだ! だから、任務開始5分前までに協力者がイイ感じに人払いしてくれる算段になっている! 存分に実力を発揮してもらうように折角整えてくれた舞台だ!」
「窓から懸垂下降するには狭すぎるため、玄関から突入する! なので前もってカプセルをアパートの屋上で起動させる! そこでリカオンとジャガー、お前らは俺と同行しろ!」
「スパイダーは機内から情報を伝えてくれ! スコーピオンは彼の護衛と俺たちへの遠距離支援を任せる!」
「被害を最小限に留めるためにも迅速に行動するぞ! 分かったら返事だ! この愚図共!」
「一切承知!」
「おーし! 行くぞ!」
「静香さん? 静香さんじゃないの?」
「あらぁー! 友恵さん! 本当に会えて良かったわぁー!」
今日が金曜日である事と貼られた時間帯の影響もあり、規制テープの前には警察から指示された住人だけでなく、仕事帰りのサラリーマンやベロンベロンに酔っ払った中年、冗談半分で動画撮影を試みた事で叱られる少年少女たちが集まる。
一見して日常よりほんの少し賑やかな人混みの中で、2人の主婦は周りの喧騒に呑まれないように身を寄せ合う。
「ここで会えるとは思ってもみなかったわ。でも落ち着いて聞かせて頂戴。ちょっとはしゃいでいる人が多いようだけど、一体何があったの?」
「……実を言うとねぇー、警察の方が『爆発物が設置されたから』っていきなり言い出して、私たちを避難させたのよ」
「えっ? そうなの? 私は『水道管で不審物が見つかったから』って聞かされたけど……」
大勢の陰に埋もれていた他のママ友が、面食らって《シュバッ》と静香の隣から現れる。
「驚いたわ。明美さんも居たのね」
言葉とは裏腹に、友恵の眉は《ピクリ》とも動かない。
しかし静香は、昨夜の風呂場から沸いた家族の笑い声を思い出す。
「明美さん、今さっき『不審物』って言いました?」
「そうよ。警察とはちゃんと向かい合ってたから聞き間違えるはずが無いもん」
(もしかしてそれって例の爆発物……? だけど今は、夫もマー君も職場や塾に居るんだから事件に巻き込まれないはず……だけど考えすぎかもしれないけど、明日までに皆で家に帰れなくなったら……)
ここまでに見聞きした物を絶えず結び付ける事で生まれた不安が、にわかに彼女の心を包んでは体を震わせる。
「本当にやだねぇー怖いわねぇー……何事も無いまま過ぎ去ってくれたら良いけどねぇー……」
「大丈夫よ。きっと、大丈夫」
なんとなくだが確信を持って、友恵は静香の肩を撫でて気持ちを和らげた。
『現在マイナーは自室に篭っています。1歩も動いていないのが嫌になく怪しいので気をつけて』
友恵たちの居るネオンや常夜灯に照らされる道路とは打って変わり、そこから1km離れた月明かりと非常灯の心許ない光源にだけ照らされるビルの屋上。
そこでは、専用のランチャーから撃ち出されたアンカーロープに捕まり、透明化した隊長たちが向かい側から飛び移っていた。
情報を入手した彼らは、ターゲットに気付かれないように身振り手振りでコミュニケーションする。
(ジャガー、お前が先に行け)
(了解)
静かに頷きながら非常ドアを開け、ナノマシンだけに任せずに肉眼も使うべく、ヘルメットの暗視機能を使いながら1歩ずつ階段を降りる。
(クリア)
目的の階層まで来たら、塗装が所々剥がれているドアも開け、マイナーに続く廊下の安全も確保する。
(クリア)
突入開始から3分。
(あとはターゲットのいるこの部屋だけだな)
ここまではお手の物。赤子の手をひねるような物。
『室内に無数の地雷あり、ドアにブービートラップはありません』
(催眠ガスを投げてもいいが、室内に満ちる前に気づかれて爆破されるとマズイ……ヤツの位置は把握できているなら……)
ドアノブ側に立っているジャガーに目線を向ける。
(俺のカウントに合わせてドアを蹴っ飛ばせ)
(了解)
強行突破するため、ジャガーは脚の筋肉と骨を【能力】で部分的に獣化させる。
隊長とその後ろで肩を掴むリカオンも同じく、獣化した体でアサルトライフルを下に構えて待機する。
(3、2、1……)《ドガシャーン!》
障害を無数の破片に変え、3人がPCを注視していたマイナーの元に駆け込む!
「撃て撃て撃て撃て!」
先端に針が付いている電撃弾を一斉掃射!
しかし胡座を維持していたマイナーに命中せず、弾は進路上にあったモニターを割りながらショートさせる!
(消え──)《ボボボボッボカァァァァン!》
ターゲットが消え去ったと同時に、目撃も踏んでもいないはずの置き土産が連鎖!
最後にはガスに引火し、特大の火柱が立ち上がる!
「ウルフ隊長!」
『あの人たちは無事だ! それよりもマイナーは5時の方向へ100m離れている! 不思議に思ってたが、どうして突入したビル以外にも地雷が探知されたのかようやく分かった! 【能力】で地雷から地雷へ跳べるんだ! このまま都市の中央へ逃げられる前に仕留めろ!』
「SHIT! あの野郎は設置できるだけじゃなかったのかよ!」
新情報が次から次へやって来ながらも平静を必死に保つスパイダーに指示され、スコーピオンは毒突きながら照準を移動させる!
そして、あっと言わせぬ間にグングン距離を広げるターゲットを見つける!
だがそれでも設置された地雷が多過ぎるため、ナノマシンで存在を確認できてもどこからどこへ跳ぶのか読めない!
(チョロチョロ煩わしいな! 大人しくし──)
そこで逃走経路を最優先で潰すべく、スコーピオンがトリガーを絞ろうとした時!
(──見てる!? アイツ、俺を見てやがるのか!?)
500m近くも離れていて、視認環境は下の下でありながら、スコープの反対側からマイナーが見返してきた!
(いや、ありえねぇ! 落ち着け! 惑わされるな!)
ところが、マイナーは(俺はお前を見ているぞ)と自分から相手の目へ2指を突き刺すだけに留まらず、手招きで(俺を撃ってこいよ)とも煽って逃げ続ける!
スコーピオンの存在を認識していなければ、ほぼ不可能だ!
「あのヤロー……! 上等じゃねぇか!」
安い挑発に乗るが、スコーピオンは照準を変えずに電撃弾を放つ!
(だから『俺を撃ってこい』と言ったんだよ、Idiot)
しかし地雷の反応が自ずと消えてしまい、限られた弾数を無駄に消費する!
「SHIT SHIT SHIT SHIT!!!! そんな小手先の技を使ってんじゃねェよ!!」
(射撃が下手なら殴って来ても構わないぜ。そんな度胸があればだがな、Chicken)
いつの間にか口に含んでたガムを噛みながら嘲笑され、ついにスコーピオンの血管がブチ切れる。
「殺す!」
「落ち着け、スコープ! 独断専行するんじゃない! ここを襲われた場合、お前がいないとマズいかもしれないんだぞ!」
手すりから身を乗り出して今にも飛び出そうとしていタ所を、スパイダーが制する。
「これ以上深追いすれば、被害が今とは比べ物にならないはずだ……悔しい気持ちは分かるが、隊長たちを回収して一時撤退するぞ」
「…… SHIT SHIT SHIT SHIT SHIT SHIT SHIT SHIT!!!!!!!! That’s Son Of (censored)!!!!」
スコーピオンはどうしようもない怒りを《ガンガンガンガン》と手すりへ全て蹴りつけ、自身の内面を表現したように歪ませた。
『と言うわけだ……爆心地から半径2kmの縁持友恵含む民間人16427名の記憶処理、壊れた建物の修繕、動画の削除や情報操作、その他も合わせていつも通りの手順は踏んでおいたぞ』
「お疲れ様です、ウルフ隊長」
ラボへ帰還するV-25の中で、火傷の応急処置を受けた老兵がシートに横たわる。
ガーゼと薬臭に包まれている彼へ、無線から霊媒師が労いを掛ける。
『いや、任務はまだ終わってない。あと少しって所で逃しちまった俺たちの責任がまだ残っている』
「今回については、敵に地の利が傾き過ぎていただけです。ナノマシンを塗布してくれたおかげで位置は掴めていますから、あまり気負わないでください」
『……悪かった、素直に受け取っておく。だとしたら、後任はいつ送られて来るんだ?』
「襲撃をかけてからまだ数時間しか経過していません。マイナーは今も興奮して警戒しているため、落ち着いてもらうためにも翌日から送る予定です」
マイナーのバイタル情報を見ながら、司令部で取り決めた情報を伝える。
「了解、だったら出発前に1度は俺の話を聞いてもらうように伝えてくれ……既に意識が途切れる寸前でな、ベッドの上で休みたいんだ……」
「了解、ゆっくりと療養しててください」
任務失敗から20時間後
「越君、ウルフ隊長に呼ばれているから病室B-02まで向かってくれ。それから九州だ」
「了解」
力剛から返された装備を着て、剱の寿司を夕食に食べ、越は万全な準備をしていた。
そして出発する直前、彼は指定された部屋のドアを4回叩く。
「失礼します、ウルフ隊長」
「わざわざ面倒をかけせてしまってすまんな、カイシンエツ」
「たったこれだけで面倒とは別に思いませんよ。それで? 千紗さんに言われたのですが、俺を呼んだ理由は何です?」
ベッドの左横に置かれた丸椅子に、ウルフの断りを得てから座る。
「これからお前が捕えるターゲットについて、俺たちが得た情報を教えたいからだ」
「なるほど分かりました。詳しくお願いします」
「本名はバド・ライマンで名称は『マイナー』、ヤツの【能力】は不可視の釘状の地雷を設置し、それらを自由に跳び渡れる。設置数と距離の上限は不明だが、威力については爆発する度に強くなった所から、地雷の量と質は反比例するはずだ」
ウルフに頼まれ、水の入ったコップを手渡す。
彼が飲み終わると、自主的に手を差し出して元の場所に戻す。
「情報はこれで全てだが、容姿などについては足りるか?」
「充分過ぎますよ。ここまで収集してもらえたのが申し訳なく感じるほどです」
「そいつは良かった。俺たちの無念を代わりに晴らさせてもらうようで悪いが、絶対に捕まえて来てくれ」
ウルフから出された古傷とマメだらけの厚い右手に応じ、固い握手を交わす。
「安心してください。何だか今日の俺はいつも以上にすこぶる絶好調ですから、パパッと終わらせてやりますとも」
「その歳にしては実に心強いな。虚勢じゃ無いのが伝わって来やがる。見込みがあるようだからどうだ? 俺の部隊へ加入しないか?」
ウルフの口角が片方だけ上がる。
「勧誘はありがたいですがすいませんね。少しばかり遠慮させて頂きます。今お世話になっている場所には、恩人とダチ公が居ますから。」
「そうか……だったらせめて幸運を祈らせてくれ。それぐらいなら構わんだろ?」
「えぇ、俺の方からも体調が回復するのを祈らせてもらいます」
「では、達者でな」
「では」
互いに敬礼し終えると、越はお辞儀してから部屋を出た。