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OVER  作者: 多趣味な金龍
第1章:若人よ
17/24

LIMIT12:身の回り全てに感謝を

 時は白雉(はくち)朱鳥(しゅちょう)の間、王の名の下で、日本史上初の内乱が起こった時代

 そこには(かつ)て、大敗して落ちぶれた者がいた


 時は弘仁(こうにん)、貴族が栄華を極め、()だ武士と云える者がいなかった時代

 そこには(かつ)て、“さぶらひ”として主人に仕える者がいた


 時は慶長(けいちょう)、長きに広きに()けた戦火(いくさび)が鎮められ、平穏が訪れた時代

 そこには(かつ)て、十重二十重(とえはたえ)にも続く血の(えにし)の果てに、小国の長となる者がいた


 時は過ぎ、奇怪ならぬ機械に溢れ、困苦(こんく)が減っていく時代

 そこには現在(いま)、鋼の魂を持つ若人がいた






「グルルルルル……」


 クマが低く唸る。

 その目には、もはや剱しか映っていない。

 その胸には、もはや憤りしか存在していない。


「こっからは俺もガチで行くぜ……“五行式(ごぎょうしき)”!」

「バウ!」


 剱が膠着(こうちゃく)を破り、刀を右下に低く構えて走り出す!

 クマも四足から立ち上がり、大きく右腕を振りかぶる!


「“()(だん)(たけ)()”!」


 燃え盛る火炎のごとき気迫で、右足を踏み出して斬り上げる! 


「バフ──」「だぁりゃぁあっ!」


 クマは刃先から異様な雰囲気を感じ取り、攻撃の手を止めて紙一重で躱す!

 剱は左足を踏み込み、反撃させる暇も与えずに軌道をなぞって斬り返す!


「まだまだぁあっ!」


 連撃に次ぐ連撃は、さながら固く細かく織られた絹布!

 クマは右手の位置を保持しながらも、高密度な斬撃にただただ後退するばかり!


「だぁりゃぁあああ!!!」


 いたずらに体力を消費するつもりなのか、剱もただただ斬り続けるばかり……

 熱くなりすぎた事で後先が考えられなくなったのか、このままだといずれ攻守が入れ替わる……


「…………」


 クマは野生本能の代わりに人間味を持っているらしく、一太刀ごとに見極めながら隙を慎重に伺う。


「すぅー……」「バウッ!」


 剱が息継ぎをした直後! その手が緩む事で綻びが生じる!

 クマはそこに狙い目をつけ、(なます)にしようと右腕を振り下ろす!


(そこ!)


 爪がちょうど当てやすい位置に()()()()()()()


「“(こん)(だん)砂砕(ささい)”!」


 横からまとめて叩き壊し、粉を舞わせながら空高く打ち上げる!


「ブォォォォォォ!!!!!!」

「『部位破壊に成功』ってヤツだ。これぐらいで俺はへばったりしねぇよ」


 ひび割れて血が出ているのを押さえながら、クマはまたも怯む。

 草の臭いに紛れるどころか鉄の臭いがそれ以上に存在感を増す中、剱は鞘を少し取り出して納刀する。


 “五行式”、それは大陸から伝来した陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)から着想を得て、自然の中で研鑽し、大嶽家(おおだけけ)に連綿と受け継がれた剣術である。

 技の名は全て星や自然現象から由来し、状況に応じて“(もく)(だん)”、“()(だん)”、“()(だん)”、“(こん)(だん)”、“(すい)(だん)”、合わせて5つの段を使い分ける。


「“土の段・豪崩(ごうほう)”!」


 より深く大地を踏み、より速く鞘を引き、より強く腕を振る!

 剱が次に繰り出した1手は、横一文字の居合い斬り!


「ブォァァァァァァ!!!!!!」


 腹膜まで行かずとも、今度は真皮まで達する!

 あとは皮膚の張力と内臓の重量で勝手に開く傷口から、右手とは比にならない量の血が《ビチャビチャ》と流れ出る!


「クマさん、アンタは確かに強ぇ。日本では地上最強の哺乳類と言っても過言じゃぁねぇ。だが力任せなだけじゃ、知恵と工夫の結晶に勝てるわけがねぇんだよ」


 また納刀するが、今度は両手をすぐに離す。

 戦意がない事を示し、降伏を促すために。


「その化けの皮を剥がしときな。これ以上戦えば失血死するぞ」

「ブフッ……ブフッ……ブフッ……ブフッ……」

 

 身体中立っていた毛が横に倒れる。クマの息が浅くなる。

 顔色はまだ悪くなってはいないが、戦う余力は残ってないにも等しかった。


「ブフォォォ!!!」


 ただそれでも、左腕で決死の一撃を振り下ろす……

        

「諦めろ」


 輸送機から1発の銃弾が《ダン!》と頭へ飛び出す。

 元英国軍人のフリー・ブレットが、躊躇(ため)わずに引き金を引いたのだ。


            《ヂュイン!》


 やはり硬い。剱の【能力】に斬り傷で済ませただけあって、弾が明後日の方向へ逸れる。

 しかしながら、衝撃まではどうにもできずに意識が飛びかける。


「“火の段・天雷”」


 情けは既にかけた。これ以上は無意味。

 迷い無く刀を抜いて両手でしかと握り締めれば、目眩を起こしているクマの脳天に峰を置く。

   

            《ドンッ!》


 そして大気を震わし、大地へ降り立つ神鳴りを叩きつける。


「ブフ……」


 舌を出して泡を吹いているクマが、肋が出るほどに痩せた全裸の男へ、ゆっくり変わり始める。

 寸胴鍋ほどあった太い腕は枯れ木のような細腕に、筋肉質な丸腹は背中とくっつきそうなまでにしぼむ。


「制圧完了、シオンを寄越してください」







「お疲れ様、剱少年」

「労い感謝します、(フゥ)隊長」


 シオンの【飛び回る胸の鼓動(ホップステップワープ)】でキャンプに連れ戻されると、虎柄の髪を持つ肩掛けコートが出迎える。


「ところでヤマ爺は?」

「あっちだ」


 彼が輸送機に腰掛けているのを、親指で示す。

 剱はお辞儀すると、その元へ向かう。


「ヤマ爺、この男がアンタの言ってたクマ公の正体だ」


 捕縛器具で拘束されたクマ、もとい球磨川大助(クマガワダイスケ)の腕を掴んで見せつける。


「だったら、あれは全て嘘だったという事か……」

「今アンタの言った『あれ』についても改めて答えてくれ。あの骨壷には一体誰のが入っていたんだ?」

「……村1番の屈強な男である山下拓司(ヤマシタタクジ)、息子だ」

「もし、俺が『それも嘘だ』と言えば?」

「ワシが騙された間抜けな老いぼれになるだけだ」


 憎悪とも哀愁とも見える暗い表情で顔を上げる。


「そこの男が“SENSI”として、村に現れてたんだな?」

「あぁ、そうだ」


「分かった……始まりは4年前、窪田(クボタ)が襲われた所からだ。あの頑固じじいの家には食えるもんが少なかったのか、家中探し回られた事で酷く荒らされていた。死体も食べようとしたが諦めたために、原型を留めない位にズタズタになっていたそうだ」


「ワシらはその事を知ると、すぐに村を挙げて罠をあちこちに仕掛け、24時間いつでも互いを守れるように見張っていた。息子は『俺に任せろ。窪田さんの仇は必ず取る』と意気込んで、猟友会と一緒に銃担いで歩き回ってたわ」


「だが不思議にも、罠を踏んだり銃弾を当てられたりしながら、クマ公は血を1滴も出さなかった。単に気苦労からくる勘違いや見間違えだと思っていたんだが、今にしてみれば、おまえさんらの言う【能力】の仕業だったんだな……」


(【耐える大熊(ベアーベアー)】の仕業だな)


「ともかく、毎日手を焼かされながらも、ワシらと他の家で罠の確認するために山を登った時だ。そこでクマ公にばったり遭遇してしまい、一瞬の出来事で多くを失ってしまった……あの大きな爪を振りかざし、ワシは太ももを、息子は背中をバックリ引き裂かれた」


「あいつは、ワシを庇うために覆い被さりながらこう言った」


『俺が身代わりになる。その間に父ちゃんは皆と村まで走れ』


「震える手で必死に猟銃を構えていたのが、ワシが最後に見た息子の勇姿だ」


「……それからの事も話そう。村の連中全員が心身ともに疲弊し切ってしまい、各々ツテを頼って逃げた所で、太ももの傷で動きづらくなったワシだけ残された」


「クマ公に襲われる恐怖に常日頃から苛まれながらも、息子と同じ土地で死ぬ覚悟を決めていたら、どこからともなく黒ずくめの男が2人やって来て、比べて背が低い奴がこう言ってきた」


『この人骨と熊の毛皮、あなたの息子さんと彼を殺した熊で合ってますか?』

『何バカな事を言ってるんだ、お前らは? それ以上冷やかすようなら、ぶっ飛ばしてクマ公に喰わせるぞ?』

『馬鹿も冗談も言っていません。あなたなら分かるはずです。じっくりもう1度見てください』


「その目があまりに訴えかけるもんだから手に取ると、婆さんと息子を失って枯れたはずの涙がとめどなく流れた……1本だけでも息子の骨が帰ってくれたことに、ワシは大切に抱きしめながらひたすら感謝した……」


「だが、実際に渡された『あれ』ってのは赤の他人の遺骨だと……」

「ワシが取った時は確かに本物だったんだ……理屈だとかそんなもんじゃねぇ。自分の子供について絶対に間違え無いのが親ってもんだからな……」

「信じるぜ。全部信じる。俺は家族愛を疑わねぇし、アンタは適当をこいてねぇと感じたからよ」


 五感が当てにならず、落とし穴に嵌められた時を思い出す。

 恐らくあれと同じように、相手に認識を改変する【能力】を使われたのだろう。

 

「後はなんとなく分かった。人の思い出につけ込んで恩を着せられたから、米を作るように頼まれたんだな?」

「その通りだ……」

「だとすれば最後に、黒ずくめと米を回収する輩について教えてくれるか」

「あぁ、確か低い方は──」「それ以上喋られると困りますよ、山下権作(ヤマシタゴンサク)


 後ろから見知らぬ人の気配が急に現れ、剱は反射的に空の鞘から新しい刀を引き抜く!

 だが、虚しい事に《ブォン》と空振るだけに終わる!


「君が大嶽剱、彼女が璃空(アキソラ)シオン、あっちは王虎(ワンフー)羲和龍(シーフーロン)にフリー・ブレット、向こうで視ているのはマハマト千紗。他にもいるが、呼ばれた者は全て合っていますかね?」


 動く時の起こりが無かったため、太刀筋の反対側へ移動されたのに1拍遅れて理解が追い付く!


(コイツ、俺たちの名前を知ってやがる……!? いや! そんな事よりも、話しかけてくるまで一切合切何も感じさせなかっただけで無しに、シオンよりずっと高精度なワープをしやがった……!)


「テメェは誰だ……!?」

「【宣教師】とだけ言わせてもらいましょう。ともかく、刀を仕舞ってくれませんかね? 本日は争いに来たのではなく、そこで倒れている仲間を取り返しに来たのですから」

 

 悠長に話しているモノクルローブ。

 そのどこからどう見ても隙だらけなこめかみへ、フリーが《ダン!》と1発撃つ。


「だから、争いに来たわけではないで、銃口を向けるのはやめてくれませんか? 第一、私に攻撃を当てられるわけがないんですから、これ以上は時間を浪費するだけです」

「……ッ!」


 温厚な話し方が刺々しくなり、剱の二の舞を演じた彼の体が強張る。

 圧倒的で未知数な相手の実力に、班員一同の動きが止まる。

 

「結構、話が早くて助かります。では、彼にそろそろ服を着させないといけませんから失礼させていただ──」「“火の段・紅星流(こうせいりゅう)”」


 だが、たった1人だけは沸々と煮えたぎった怒りを載せ、顔面へ突きを放った。


「いい加減にして下さい、剱」


 結果は同じく、虚空を貫くだけに終わる。


「いい加減にするのはテメェらだ……テメェら【教団】は、どうして人をぞんざいにできる……!」

「『人』ですか……私達にとって、それは【賜り者】のみを指します。他は全て、この地に寄生する害獣に過ぎませんから」


 ふざけた言葉が、剱の感情をより一層激らせる。


「火のだ──」「しかし大変不本意ですが、私は帰らせてもらいます。ここはお互いに頭を冷やした方が良さそうですし、当初の目的はいつでも果たせますしね」


 モノクルに付いてしまった塵を、ローブの裏側から取り出したハンカチで拭く。


「それよりも、早くこの場を離れた方がいいですよ。()()()()()()()()()()()なんですから」


 モノクルを掛け直すと、その場にいたのが嘘みたいに、空間の揺らぎも何も残さずに消える。

 するとその奥で、ヤマ爺の身に異変が生じているのを目にする。


「ヤマ爺!」

「……米は残ってるから、好きなだけ持ってけ。作物ってのは誰かに食べられてようやく完成するんだからな」


 体内から光が溢れ、臨界点に達する段階でひびが入る。


「本当に感謝するぞ……最後におまえさんのような人間に出会えて……」


「総員! シオンに捕まれ!」


 虎の命令で、皆が逃げる準備を進める。

 全く動かなくなった剱を、近くにいたフリーは左手で触り、右手でシオンを中心とした数珠繋ぎに加わる。


      《ドォォォォォォン!!!!!!》


 彼女の【能力】で5km離れた場所まで退避すると、キャンプだった場所が間髪入れずに全て消し飛び、周囲が火の海に変わっていった……

 

「つるぎっち……大丈夫?」


 無傷ながらも棒立ちするだけの様子を見て、心配して駆け寄る。


「……大丈夫じゃねぇよ」

 

 本当なら、忠告もせずにあの場で爆殺できたはず。

 本当なら、あの場で【賜り者】を奪還されたはず。

 あの男は最後まで皆を翻弄し、心をもて遊び、ヤマ爺に道化を演じさせた……


 手も足も届かず、何も為せず、剱はただただその場に(うずくま)って土を掴む……

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