LIMIT08:静かに決めろ
「撃て」
隊長の号令が下ると、消音サプレッサーから《タタタタ》と軽い音と共に、弾丸が一斉に放たれる!
それを皮切りに、越は体を縮めながら高台を飛び降りて躱す!
だがしかし、依然として銃口は彼の急所を付け狙う!
(しつこいな!)
正面から雨あられと飛んでくる弾丸を、今度はガントレットで防ぐ!
普段の彼なら文字通り豆鉄砲ほどの威力でしかないが、今は肉体がドロドロになっているのもあり、歯を思いっ切り食いしばって痛みを堪える!
(このままだとやばい…… が! それなら防御の薄いところから潰すだけだ!)
冷静に標的を見定めると、支柱同士を繋ぐ鉛直材に踵を引っ掛け、脚に力を込める!
「噴ッ!」
バネを圧縮して射出するピンボールの如く、腕で頭上を覆いながら豪速で突っ込む!
1秒! この場では何よりも大きい1秒! その時間差で《ガギャン!》と鉛直材がひしゃげ切れる!
「カヒュッ……」
敵は誰一人として越の速度に反応できず、あえなくドクロスカーフの隊員が餌食となった!
防弾チョッキでも吸収しきれない衝撃が、ドクロの肺から空気を吐き出させる!
その姿をよそに彼の勢いは衰えず、一直線に隊員同士の間を通り抜ける!
《グワァァァン……》
そして壁が、倉庫全体が、唸り声を上げて震動する。
最初の体当たりから間髪入れずに叩きつけられた事で、ドクロは首を前へ垂らしていく。
「スーッ……」
ドクロが壁に密着して浮かんでる間に、越は壁で前転しながら脚に力を込める……
「噴ッ!」
一拍置いてドクロの足が地面に着くと、壁にぶつかった反動も利用して再び突進!
(次は右の──)「甘い!」
ある程度は軌道を予想していたのか、すかさずヘルメットの重装隊員が割って入り、己が身で味方を庇う!
思わぬ出来事に、越はぶつかった勢いをうまく吸収できず、二の腕が痺れるどころか表面の肉が《ずるり》と剥け爛れる!
【能力】で耐久値は上がっても、それでも想像をしたくないほどに耐え難い鈍痛が彼の表情を歪める!
「捕らえた!」
ヘルメットが両腕でベアハッグを仕掛ける!
「膝が丸見えだぜ?」
ただ、それをぼんやりと眺めるコマンドではない!
《タァン!》
ここまでは下手に手を出すわけにはいかないために機を慎重に伺っていたが、すかさずライフルを撃ってカバーに入る!
《チュイン!》
しかし6と彫られた肩パッドの重装によって、六角形の盾にあっけなく弾かれる!
「チッ!」
その様を見たコマンドはすぐさま、レバーを引いて薬室から弾を、リリースボタンを押してマガジンを、それぞれ自重で右側の弾薬箱へ落とす!
更に、左側の箱から徹甲弾を込めたマガジンを取り出してリロードする!
この間0.8秒! 軍人で計測したリロード時間の平均値2.8秒を大きく上回る!
「邪魔ですよッと!」
並行して越は、輸送機から飛んできた弾丸に気を取られている内に、ヘルメットの肩を掴んで上へ移動!
背中を踏み台にして跳ぶ!
「うざってェ!」
だが、誤って脚が体を貫通しないように手加減をしていたとはいえ、ヘルメットは微動だにしない!
更には越の足を捕らえようともしていた!
(無駄に硬いゲームの中ボスかよ!?)
越が部隊から離れると、至近距離で誤射をしないように緩めていた敵の指がトリガーを引く!
「クソッ!」(あんなやつがいたら、今のままじゃ接近戦に持ち込めねェ!)
攻めあぐねながらも、正面一面にばら撒かれる弾幕を機敏なステップで回避する!
『隊長! 状況は!?』
1拍遅れて、今になって倉庫からミストとウェーバーが現れる!
「遅いぞお前ら! こちらは6名負傷! 敵は侵入者とヘリ内のスナイパーのみだ!」
『了解! 侵入者は私達で対処するので誘導お願いします!』
ウェーバーが腕の射出機構を前に突き出す!
反して越は、銃声に紛れていても無線の内容を聞き取れていたため、いつでもカウンターないし回避できるように心構える!
(好都合! 何が来ようが利用してやる!)
そんな中で千紗も、スコープの視野が狭いコマンドに越の無線機から視た情報を伝える。
『コマンド、倉庫から新手が2人』
「了解、無力化する」
正確に、速やかに、照準を肩パッドの近くにいるウェーバーに向ける。
《ダンダン!!》
初めに撃った時よりも一際重く響く2発の徹甲弾が、一列になって海上を横断する!
半自動式はその構造により、連射すれば反動で的を正確に狙うことができず、精密性に関しては単発式に遅れを取る……
それをコマンドは、数多の修羅場を潜り抜けた経験でライフルの反動を全て逃がし、1mmのブレもなく飛ばす!
《ガイィィィン……》
だが、肩パッドが越の方を向きながらも、これも同じく盾を横に3枚連結させて防がれる!
コマンドの超絶技巧はこのまま無意味に終わるのか!?
「ん?」
いや! 防げてはいるが先ほどとは打って変わって、着弾点は凹んでいる上に大きく振動している!
微かにだが動揺する肩パッドの姿も確かにある!
(なるほど、自動で防御するタイプね……だとしても手応えは十分、ここでカタをつけてやる)
コマンドが左手を意識すると、床に散らばっていた2個の空薬莢が外力を受けずに薬室内に戻る!
(【時針】!)
倉庫側では、互いに盾上にくっついて潰れていた徹甲弾が膨らみ、2発とも先の弾道をなぞって後退……と思いきや、またも前進する!
(おまけにもう3発!)
そうして放たれた5発のうち、4発が凹みを深くし、最後の1発で風穴を開ける!
「させない!」
肩パッドも対抗して盾を3枚増やして囲いを作り、貫通した徹甲弾を止める!
(今!)
守り通されたウェーバーは、越がステップを踏んで着地する直前を狙って粘着糸を発射する!
ただし、糸の発射速度は弾丸のそれと比べれば、チーターに対するカタツムリである!
(待ってたぜ!)
越は飛んでくる糸の挙動を容易く見極めると、あたかも足に溜まった液体で滑ったかのようにわざと体勢を崩す!
この時付着した糸に引っ張られることで、ジワジワとガスに蝕まれていた上半身の肉がパーカーと擦れて落ちる!
(だが、これで良い!)
単に慣れただけなのか、決心が揺らいでいないだけなのか、もしくは両方なのか、2度目の鈍痛が身体中に伝わっても表情に出さない。
(ミスト!)(来い!)
目配せだけで互いの意思を伝えると、ウェーバーは糸を巻き取って彼の方へ投げ寄せる!
(坊主!)
コマンドは敵1人に手間取った事を恥じて後悔したいところだが、(今すぐにでも助けねぇと!)と自分をせき立てて糸を断ち切ろうとする。
ただ、彼がそうする事にはなんの意味もない。
反動を完全に逃す事、弾丸を用いて4km先から2cmの細さしかない糸を切断する事、これらは当然ながら話が全く変わる……全く別の芸当である……
それに例え、フリーと同等の腕前を持っていたとしても、彼にできる事は何もない。
なぜなら、射出機構のカートリッジ内に封入されていた糸の特徴は、鋼にも匹敵する強度と不動態にも劣らぬ耐腐食性!
ゆえに相性の良いミストとコンビを組み、【教団】の領地に無断で立ち入る不届き者を何度も罰してきたのだ!
「これで死ね!」
越が投げられるままにホールドされると、口をこじ開けられて直接ガスを体内に注入される!
「ア゛ァ゛……ァ゛ァ゛ァ゛……!!!」
まるでムカデが食い散らかすような痛みに、越は悶え苦しむ!
(坊主!)
もうすでに手遅れになっていたとしても、何もしない訳にはいかない!
助けようとする意志を失わなかったコマンドが照準を再調整すると、肩パッドが盾を重ね合わせてまたしても阻む!
衝動で「邪魔だ!」と彼の口から出掛かった所を、1つの不審点が呑み込ませる。
(待てよ? 痛手を負っていても、それだけで坊主の身体能力で躱せないはずがない……という事は──)(死んだか!?)
ミストがガスの注入を止めると、煌々としていた目は萎み、綺麗な歯並びを持つ顎は溶け落ち、弛まぬ鍛錬で引き締まった腹は膨らんでいた……
彼の体に空いた穴からは、液体と化した内臓や骨と一緒にガスが溢れ出る……
(──別の敵の妨害をしてくれ、って事なんだな?)
コマンドがマガジンをリロードすると、越の周囲を風が吹き荒らし、スパークが体に纏わり付く!
ミストは彼の【賜物】を唯のありふれた強化系と思っていたのだろうが、他の可能性も頭に入れずに死んだかどうか調べていた時点で迂闊としか言いようが無い!
(【超越者】591%!)
風圧で拘束を外すと、体内に残っている液体とガスを全て排出する!
その後に穴が塞がり、たちまち欠損していた部位が再生する!
「嘘だろ……!?」
動揺を隠せないミストの両腕は広がったまま! 胴体はガラ空きの無防備!
(勝機!)
越から見て、重心を反時計回りに動かさずに攻めに転じたため、溜めから攻撃までの動作は不充分!
しかし、目先の敵を再起不能にするには充分!
(爺ちゃん直伝! “発勁”!)「破ッッッ!!!」
両脚で大地をしかと踏み締め、左の甲と右の拳で気密服に《ピシッ!》とヒビを入れる!
「ゴボッ……」
体内を行き交う一撃を喰らったミストは、吐血すると後ろへと吹っ飛んでいく!
そこからすぐに追い打ちをかけるべく、越がまだリカバリーできていないウェーバーを捕捉すると、足を踏み替えて重心を移動させる特殊歩法“縮地”で一気に距離を縮める!
「勢ッ!」《ガァン!》
彼女の視界から瞬く間に消えたところを左ボディーブロー!
だがしかし、全力で殴っていなかったのもあったとは言え、肩パッドも間一髪で抑える!
けれども、その程度で攻勢を変えるような男ではない!
(液体の腐臭で鼻はひん曲がりそうだし、足が圧迫されてクソ痛ェ! けどコイツを倒せば!)
右! 左! 右! 左! ラッシュラッシュラッシュラッシュ!
盾の上からひたすらに殴りつける!
徹甲弾を6発分耐えられる? たかが6発分耐えるだけ!
かのように脆い防具が、彼の猛攻を凌げるはずが無い!
「憤ッッッ!!!」《バギャン!!!》
穴が空いて耐久性が著しく下がったのもあり、ものの1.4秒で粉々に砕かれる!
「クソ野郎が……!」
悪態を吐く肩パッドの胸襟を掴むと、右エルボー!
こめかみに叩き込まれ、視界が暗転しながら前に倒れ込む!
「スゥーッ……」
ラボの技術を用いたライフルでも一撃で貫けない輩を、腕力一本で捻じ伏せる!
その姿、まさに剛力無双!
「フンッ」
そして、越がもう1度ウェーバーに近付くと、彼女の腹を小突いて気絶させる。
脱力し切った体をしっかり支えたら、ゆっくりと寝かせる。
「さてと……これで仕切り直しだな?」
「ネズミが……【教団】に逆い、あまつさえ害をなさんとするネズミが……! やつを一片の塵も残さずに殺せ!」
3度目の集中砲火が始まる!
ギアが上がっている越は、隙間を縫って回避する!
「テメェみてぇな外道! 俺が殺してやるよ!」
人質をとらずに接近してきた彼を見ると、残った隊員をコマンドの凶弾から守るために加勢に行けず、歯痒くも我慢するしかなかったヘルメットが右ストレートで迎え打つ!
(もはや見境無しか)「よッ!」
ヘルメットが背中に弾丸を喰らいながら前進してきたため、越も身体中に浴びながら左側に回避し、右カウンターブロー!
「テメェのその腑抜けたパンチ……効かないんだよ!」
攻撃を涼しい顔で受け止めると、左フックで越の右肩をぶん殴る!
「グゥ……!」
体が殴られた方へと押され、間を置かずに脚を掬い取られそうになるも、すんでのところで上へ跳躍してヘルメットの顔面に蹴り込む!
「だから……俺がそんな蹴りで倒れるわけないだろ!」
鉄板をも歪曲できる蹴りに構わず、越との距離を離さない!
(この荒々しい組みのモーション、サンボがベースだな! だとすれば本職相手に組技は悪手……尚且つ殴る蹴るも効果無し……なら中を攻める!)
いずれにせよ越の持つ手札で“発勁”しか通用しないのなら、ヘルメット側に有利な状況であるのに変わりはない!
とにかく殴られたら逸らす! 蹴られたら逸らす! タックルされたら背中の上を回って躱す!
「どうした! さっきまでの威勢はどこに行ったんだ!?」
「おっさんこそ年甲斐なくはしゃいでんじゃないよ!」
そうやって煽り合っていると《チリン》と軽い金属音が新しく鳴る!
越が音の方向をついうっかり見やると、そこには安全ピンを引き抜かれた
「グレネード!?」(なぜ今ここで!?)
ヘルメットが気にかけないところを、思わず脊髄反射で離れる!
《パン!》
破裂はしたが、ただしそれは音も威力も一般的なグレネードと比べ物にならないほど小規模であった!
ヘルメットが一切動じなかったのは【賜物】に自信を持っているのではなく、訓練用の物だと分かっていたからだ!
「ここで実戦用のグレネードなんか使わんよ! こけおどしに決まっているだろうが!」
背中を向けた越にマウントしようとタックルする!
(マジかよ……やらかした……)
今度こそ万事休すか、顔面を重点的に潰されるだろうと越は覚悟する……
《ドン!》
ところが膝に徹甲弾を喰らい、ダメージにはならずともヘルメットがよろけた!
(俺が同じ轍を踏むとでも? そんな訳ないだろ)
手助けしてくれたのはもちろん、ちょび髭は似合わないが、カウボーイハットと葉巻が似合う男コマンド!
(コマンド……助かりましたよ!)
その一瞬を無駄にせず、まだガントレット内に残ってた液体でヘルメットの目を潰す!
更に、速度を保持して向かってきたところを側面に回り、200kgを空高く蹴り上げる!
「うぉっ!」
ダメージにはならずとも、“発勁”を打ち込める絶好の機会が生まれた!
「スゥーッ……」
一撃で沈める! 全身全霊の“発勁”!
「破ァァァッッッ!!!!!!」
自由落下した分のエネルギーも合わさり、ついにヘルメットの四肢は《ダラン》と垂れ下がる!
「あとは……消化試合!」
両拳の上に乗ったヘルメットを落とすと、スパークを地に走らせながら目にも止まらぬ速さで接近!
ドロップキック、肘打ち、正拳、回し蹴り! まだ他にもいた重装を歯牙にもかけず、隊員を次から次へと一撃で倒す!
そして最後に残された隊長が、今度こそ実戦用のグレネードを取り出して左手に握りしめる!
自分もろとも越を爆破に巻き込もうとするつもりだ!
(タダで終わらせるものか!)
【教団】に憂いを残すことの方が彼にとっては一大事なのか、自爆する事に一切の迷いが無い!
「愚者に制裁を──」「死なせねェよ、まだ聞き出さなきゃいけない事があるんだ」
ただそれでも、今の越にも迷いが無いのは同じだった。
誰1人殺させも死なせもしない、【教団】と戦い始めた時に決めた信念を持って、左手でグレネードを海へ払う。
「フッ」
すぐに顎へ右掌底を入れる……
「ガッ……」
脳震盪を起こした隊長は脚の力が抜け、頭をコンクリートに打ちそうになる。
そこを抱き抱え、呼吸や脈から気絶していることを確かめれば、越は千紗に無線をかける。
「鎮圧……完了」