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03. 成人の儀 1

少し前、3月の天赦日(てんしゃにち)の日、倉知家の成人の儀が執り行われた。

倉知一族の中でその年14歳になる者全員が、その年最初の天赦日の日に本家に集まって成人の儀を行う習わしになっている。


偶然にも今年の天赦日は僕の誕生日と同じ日になった。

つまり、成人の儀の日、僕は14歳になった。


うちみたいな特別ではない者が本家に集まるのは盆と正月くらいなものだ。しかも、集まったとしても末席に座る程度でなんだか居心地が悪くてまわりからの疎外感を感じるばかりだ。だから、本家に対して馴染みもなければ親近感や身内の集まりといった感覚などまったく感じない。


そんな僕でもこの日ばかりは主役の一人だ。

末席に座るどころか当主様の目の前に座らせられるのだ。列席した者たちの注目の中心に居て違う意味でとっても居心地が悪い思いをしていた。


両親と共に本家に到着したのはまだ夜が明け切らないような早朝だった。

朝の静まりかえった空気が肌寒くピンと張り詰めたように感じていた。

その寒さのせいで緊張感がますます高まるようだった。

まずは大広間に通される前に、成人を迎える僕たちは薄絹の白い着物に着替えさせられた。寒さが一層増して気持ちがますます張り詰めてくる。

大広間に入ると上座に座る当主様が一番に目に入った。

当主様はすでに神主のような神事服に着替えられていて、これまで見知った当主様とは雰囲気が違って見えた。今まで小柄なおじいちゃんという印象しか持っていなかったのに、今日は迫力があるというか、そばにはおいそれと近づけない空気を纏っている。


しばらくして一族の重鎮たち、成人を迎える子どもたちと、その両親、全員が集まったところで奥の間に案内される。

奥の間には倉知一族が崇める神様が祀られている。

普段その部屋に入れるのはわずかな者だけで、僕なんかは今日初めてその部屋に立ち入ることを許されたのだ。


大広間から奥の間に抜ける途中、建物の中心に中庭の空間が大きく開けていた。

中庭は、枯山水というのだったか、白い砂を敷き詰めて、渦のようななめらかな曲線が複雑な文様を描いている日本庭園だった。

その中心に大きな一本の桜の木が立っていた。

この落ち着いた雰囲気の庭の中でその一本の桜に少し違和感を感じてしまったが、樹齢を重ねているらしく幹はとても太く、根の付け根あたりは奇妙な形でうねりを作って絡み合っている。

張った根の一本一本が、自分こそがこの幹を支えているんだと主張するように盛り上がっている。

幹の高さはそれほどでもなかったが、複雑に絡み合って横に大きく長く枝を伸ばしたその様子を見て、


……レイン・ツリー


ふとそんな単語を思い出した。

以前に読んだことのある文学作品。いつもはライトノベルしか読まないけれど、本屋の店頭でたまたま見かけた小説のタイトルに入っていたその単語が気になって手に取った作品。

内容は覚えていない。「ラノベと、文学作品って何が違うんだ?」ぐらいの興味本位で読んだせいかもしれない。それなのに作中に出てくる“レイン・ツリー”という名前の木をなぜか唐突に思い出した。


記憶の片隅にも残っていなかった単語が無意識にこぼれ落ちるように出てきたのはなんだか不思議な感じだった。


しかしそんなことを思いついたのも一瞬で、次の瞬間にはまた目の前の桜の木に目が奪われた。


気圧されるほどに咲き誇る満開の花。

3月初めのまだ寒さが残るこんな時期なのに桜の花が満開だなんて……小さな薄桃の花びらが大きく伸びた枝を埋め尽くさんばかりに咲いている。この時期この辺りでこんなに満開の桜なんて見たことがない。

何かが変だ……。


登りはじめた朝日が射し込んでやわらかく降り注ぐ。

薄桃の花びらがさらにやさしい色合いで輝いていく。

花びらの向こうにある枝や花が透けて複雑な陰影を造っていく。

登っていく朝日に合わせてその陰影の形も移り変わってゆく。


桜の木に見とれて立ち止まってしまった僕のせいで奥の間に向かう列を止めてしまった。


すぐ後ろを歩いていた僕と同じく成人を迎える男子に背中をつつかれて、列を止めてしまったことに気がついた。それぐらい桜の木に夢中になっていたのだ。


――今日はひたすらにみんなに合わせて目立つことのないようにやりすごそうと思っていたのに、こんなことで思いも掛けずに目立ってしまった。


「りっぱな桜だろ~、今日の日を祝ってくれているんだよ。この桜は人の機微をわかってくれるからな。今日は特に美しい。見事だよ。」


怯えたようにびくびくしている僕に先頭を歩いていた当主様が声をかけてくれたが、その言葉の最後は桜の木に話しかけているようにも見えた。


「す、すみません……」


消え入りそうな声で僕が応えると列はまた静かに進みはじめた。







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