01. プロローグ 2
剣と刀。その斬撃の火花が瞬いた一瞬。
剣がわずかに斜め上に浮いた隙に、刀の刃が相手に向くように手首を返して、今度はそのまま斜め下に思いっきり振り下ろした。刀身が届く、そう思った瞬間……
消えた?
一瞬の錯覚だった。
相手は低く身体を沈めていた。
跳ね上げた剣はその勢いのままに手放されている。
低い態勢から跳躍するように、懐が空いたこちらに向かって肩をぶつけてきた。
みぞおちのあたりに相手の肩が入り、『うっ!』と思わず息が詰まり、後ろに下がった。
相手は、すぐに大勢を立て直し落ちてくる剣を片手で掴むと、そのまま振り下ろしてきた。片膝を突きながらも相手の剣を受ける。斬撃の火花が散る。
打ち込まれながらも、身体を滑らせて相手の足を払いに行く。相手はひらりと跳躍して、こちらの足払いを躱して後ろに下がる。
強い。ほんとに強い。そして美しい。
こちらに決して余裕があるわけではないが、相手の動きに『ほぉっ…』と賛美の息を漏らしてしまう。
両手で剣を身体の前にまっすぐ構えている。一分の隙も感じさせない立ち姿で対峙している。
ゆっくりと膝を起こし、相手と同じような姿勢で刀を構える。
体術も出来るのか?剣を手放すことも厭わない。潔い判断力。思考が全身に伝わる前に身体が反応している。なんとも厄介な。相当な練度を積んでいる上に奢りがない自然な動き。こうなりたいと、憧れさえ感じてしまう。
それでもやるしかない。やらなければやられる。剣を重ねるということは、そういうことだ。
相手にも何か思うところがあったのか、構えた剣を右へ左へと自在に方向を変えて、これまで以上の速度で打ち込んでくる。
こちらも相手の呼吸に合わせて、その剣を受ける。
受ける度に火花が散る。
端から見る者があれば、ほの暗い闇の中、美しいきらめきに見えるかもしれない。
しかし、このきらめきは、命と命をぶつけ合う、互いの命を削り合う輝きだ。
刹那の輝き。この輝きが消えるときどちらかの命も消える……そんなきらめきだ。
体を入れ替えながら剣と刀が交差する。交わる度に明滅する斬撃の火花。
互いに呼吸を合わせて舞う剣舞のようでもあるが、一手さえ間違うことを許されない緊迫した空気がその場に張り詰める。
この打ち合いがこのまま続くのはまずい。本能が告げる。上段で鋭く打ち込んでくる剣。全身が総毛立つ。
咄嗟に握る手のひらの中で刀の柄を回し、頭上から振り下ろされる剣を棟で受ける。緩やかな弧を描く棟の反りに合わせて相手の剣を鋒に向けて滑らせていく。滑らせながら刀の動きに合わせて身体を沈み込ませ相手の脇腹の中に潜り込む。そして、滑らせる刀の速度を一気に加速させてその勢いのまま思いっきり振り抜いた。
棟が相手の肋骨の下に食い込んだ。ここぞとばかりに、力任せに刀に全体重を乗せて押し込む。そして、突き放す。
横っ飛びをするように相手の身体は浮き上がり、その勢いのまま壁にぶち当たる。歯を食いしばり、声が漏れるのを必死に押さえ込んでいるようだ。
――やはり、そうだったか。
先ほど、肩の突撃をみぞおちで受けた瞬間感じた違和感。軽い?受けた衝撃が思いのほか軽かったのだ。そもそも体をぶつけるような戦い方は相手もしたくなかったのではないか?ただ、あの瞬間こちらが見せた隙に反射的に体が反応したのだろう。軽かったせいでこちらは命拾いをした。そして相手は心ならずも弱点を晒してしまった。そういうことだったのだろう。
壁際、苦痛をこらえるようにして、ゆらりと体を立て直しこちらに向けて剣を構え直した。先ほどまでの威圧感は弱まっている。それと反するように殺気が増し気の陽炎が燃えさかる炎のごとく立ち上る。