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01. プロローグ 1

 ギラリと一点の輝きが見えた瞬間、(やいば)の切っ先が一陣の旋風となって前髪のあたりを(かす)めて吹き抜けた。


 一瞬、僅かばかりの判断が遅れていれば頭部に致命的な損傷を負っていたことだろう。


 (すんで)のところスウェーバックで鋭利な旋風を躱すことができたが気を緩めることは許されなかった。

 舞い上がる鉄粉のようなきらめき、実体化した気の輝きを纏ってその刃は(ひるがえ)り襲ってくる。

 押されている。

 相手の持つ剣の刀身は細い。軌道をを変え、縦に横にと縦横無尽に鋭く振り抜かれる。振り抜かれその刃が通った後には研ぎ澄まされた残光が長く伸びる。


 襲いかかる斬撃から微かな間隙を縫って避けてはいるものの少しずつ少しずつ押されて後ろに下がっている。

 このままではいつか追いつかれる。逃げてばかりではいられない。明らかだった。


――決意した。


 相手の刃が上段から迷い無く振り下ろされた瞬間、四肢の筋肉を収縮させ、渾身の力を込めて前に跳躍した。

 まるで弾丸のように、体全体を水平にするように勢いよく前に飛び出した。

 振り下ろされた切っ先の下を掻い潜って対峙する相手の背中側に回り込むと、膝を曲げ身体を低く沈め、攻撃に打って出るべく体制を整えた。


 相手の動きも速かった。


 器用に剣の持ち手を返して、自らの脇腹を(えぐ)るかのような勢いで真後ろに向けて突き出した。

 剣先の向きが変わった一瞬、相手の背中に一撃を加えようと踏み出した足を必死にとどめて、逆の力で後ろに大きく飛び下がった。膝が、足首が、腿が軋む。


 そのまま相手の背中めがけて飛び込んでいたら、今頃、研ぎ澄まされた刃に串刺しにされ、致命傷を負わされていただろう。


 相手はすでに、剣を後ろに突き出した勢いのまま身体を回転させてこちらに正対している。

 また、同じ間合いに入ってしまった。振り出しだ。


 この場所に引き込んだのは失敗だったか……。


 ここは、小屋と呼ぶには少し広い、50畳ほどの建屋。柔道場や剣道場とほぼ同じくらいの広さのある建物の中で二人剣を交えている。

 追い込まれ下がっているだけではすぐに壁に退路を塞がれる。

 相手の速度、突進力は尋常ではない。そして、相手の持つ剣は長剣だ。剣幅は細くフェンシングの剣のように(しな)るために剣先との間合いを読むのも難しい。しかも、その剣は両刃のため、左右どちらに横殴りしても、(かす)れば傷を負う。

 実に厄介だ。

 この場所で戦う以上、常に相手の間合いの中で対峙するしかない。


 これは、相手にこの場所にまんまと誘い込まれたという方が正解か。


 外は森。無作為に木立が茂っている。そして今宵は(さく)で灯りがまったくない。

 闇深いこんなところで仕掛けてきたのだ、相手には何かしら策があるのだろう。

 それに比べこちらは、相手が目視できない。殺気のみを頼りに戦うしかない。この鬱蒼とした木立も邪魔だ。思うように動けないばかりか、相手が一人なのかわからない。木立の影に伏兵が潜んでいる可能性だってある。

 こちらに不利な条件ばかりだ。

 咄嗟にそう判断して、初手の攻撃を躱しながら、たまたま目の端に見えたこの建屋に飛び込んだのだ。


 迂闊だった。これこそが相手の狙いだったか。この中こそが相手の掌中。

 相手の得意とする土俵に上げられてしまったことが、文字どおり骨身にしみて実感する。


 今更悔やんでもしかたない。それに一対一というのは悪くない。一対一の勝負であればこちらにも勝機はある。


 この建屋の中にも灯りはなかったが、目が慣れてきたのか微かに相手の影が見えるようになってきた。気がつけば明かり取りの欄間があったようだ。空の星明かりがうっすらと差し込んでいる。


 こちらも受けてばかりでは埒があかない。前に詰めて攻めるしかない。

 相手の長剣は厄介だが、距離を詰めれば長剣故の弱点も見えるかもしれない。何より剣先との間合いは計りやすくなる。相手の得意とする間合いでいつまでも戦っているわけにはいかない。


 相手の動きは速く、その剣技は軽やかで流麗だ。流麗故に、美しい舞にも似て独特なリズムがあるようにも思う。


――どうやって、そのリズムを崩してやろうか……。


 その思いと呼応するように、手にした剣の輪郭がおぼろげに揺らいで、その形を変えた。


 もともとは、西洋の騎士が持つような先端が三角に尖った両手剣だったが、今は刀身が緩やかな弧を描く片刃の日本刀のような形状に変わっていた。


 暗闇に目が慣れて相手の表情もぼんやりと見えるようになっていたが、こちらの剣の形が変わったことを捉えて、わずかに警戒感をその表情に表した。


 刀の柄を両手で持ち、脇を締めて、(きっさき)をわずかに下に向けたまま、じわりじわりとすり足で相手との間を詰めていく。


 しかし、相手はその場から動かない。静か。そう思った瞬間、両手に持ったまま剣先を真っ直ぐにこちらへ突き出してきた。

 真っ直ぐに向かってくる剣に対して、元の構えからそのまま斜め上に刀を振り上げ、相手の剣を跳ね上げた。

 重い金属音と共に、目映い火花が飛び散った。



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