公爵令嬢との悲恋を引きずる騎士レクトス なんて女々しい男なのかしら。しっかりおせっかいして差し上げます。
前のお話が、切ないとの事なので、しっかりとレクトスのその後を書きました。
ハッピーエンドが大好きなので。前のお話を読んでいないと解らないかもです。
これで良かったんだ…これで…
愛しいアルメディーナ。
君がか弱いふりをしている令嬢だって知っていたよ。
私の事をとても愛してくれていたね。
でも…私はただの騎士団員。バルト王太子殿下に望まれたら君は行く行く王妃だ。
わざと君を貶める会話をした。
わざと公爵家に乗り込んで見苦しい男を演じた。
わざと…わざと…
どうか、よい王妃になっておくれ。
私は、騎士として一生王家に仕えていくよ。
君の幸せを祈っている。愛しいアルメディーナ…愛しているよ…
レクトス・ミルフレッドは、ミルフレッド伯爵の弟で、王国の騎士団の副団長だ。
歳は25歳。
剣技に優れている彼は、出世をして、若いながらも騎士団長に認められ、副団長に去年就任した。
黒髪碧眼で、容姿は極めて普通。剣技は優れていて身体を鍛えてはいるが、大柄と言うわけでもなく、見かけは平凡な男性だった。
彼は数年前、恋愛で悲しい思いをした。
現王妃であるアルメディーナの婚約者だったのだが、彼女の為を思って、身を引いたのだ。
彼女は当時のバルト王太子殿下に婚約を望まれたから。
その時の心の傷が原因で、いまだに結婚出来ないでいた。
王国騎士団の副団長である。彼との結婚を望む令嬢は多い。
ミルフレッド伯爵家を通して、婚約の打診が来るのだが、兄に頼んで断ってもらっていた。断って貰っていたのだが…
どうしても王宮の夜会に出なければならなくなった。
今まで避けていたのだ。
バルト国王陛下直々に夜会で誕生パーティを開くので、騎士団長と副団長どもども出席するようにとの命令である。
数年前、色々とあった。
当時王太子だったバルト国王がアルメディーナとの婚約を望んだために身を引いた。
あの時は辛かった。
それに気まずくて、いかに王家に仕える騎士とはいえ、公の場の警護以外は顔を合わせたくなかったのに、命令なら行かなければならない。
行っても、大勢の貴族達が来る中で、直接話をする事はないだろう。
仕方が無いので、騎士団長と共にレクトスは出席する事にした。
黒に金糸の入った夜会服に身を包み、騎士団長と共に今宵は馬車で王宮に向かう。
ツエルド騎士団長は40歳。年季の入った筋肉モリモリの男だ。
「夜会なんて久しぶりでな。ハハハ。今宵は食べまくるぞ。」
「私も久しぶりで。何年も行っていませんでしたから。」
「そうそう、お前、今宵は覚悟した方がいいぞ。お前を狙う令嬢達が鈴なりに押し寄せてくるかもしれない。」
「えっ?そうなんですか?」
どういうことだ?俺を狙う令嬢って…
「先々の騎士団長はお前しかいないからな。騎士団長夫人。鼻が高いぞ。令嬢達がお前に群がるだろうな。」
いや、結婚なんてしたくはない。もう、恋愛はこりごりだ。
そして、王宮の夜会でとんでもない事が起こるのである。
会場に入った途端、数人の令嬢達が一斉に群がって来た。
「初めまして。貴方様がレクトス様ですのね。わたくし…」
「ちょっとどきなさいよ。わたくしの方が自己紹介が先よ。」
「何をおっしゃっているのやら。」
「貴方達こそ、邪魔よ。」
レクトスは慌てて逃げ出した。
何が起こっているんだ?
廊下へ逃げ出せば、
近衛兵が5人走り込んで来て、ガシっとレクトスは腕を掴まれ拘束された。
「私はレクトス副団長。騎士団所属のっ。何をするっ?」
有無も言わさず、引っ張られ、宮殿の奥へ連れていかれる。
奥には庭へ通じるテラスがあり、そこで待っていたのは、バルト国王陛下と、アルメディーナ王妃であった。
レクトスは何故、自分がここへ連れてこられたのか混乱する。
久しぶりに会うと言う訳でもない。遠目の警護で何度かご一緒はしているが。
近くで見るアルメディーナは相変わらず美しかった。
酷い別れ方をした。
相手を貶めた挙句見苦しい別れ方をしたのだ。
何ともいえず気まずい。
そして…胸が痛んだ。
数年前の胸の痛みが蘇る。
-どうか、よい王妃になっておくれ。
私は、騎士として一生王家に仕えていくよ。
君の幸せを祈っている。愛しいアルメディーナ…愛しているよ… ―
この言葉は言えなかった胸のうちだ。
あの時は本当に辛かった。
苦しかった。
アルメディーナ王妃は銀の髪をアップにして綺麗に巻いた髪を垂らし、銀のドレスを着て、
レクトスに近づく。
レクトスは騎士の礼を持って跪いて。
「王妃様。何用でしょう?このように私を拘束して。」
「レクトス。貴方。いい加減にしなさいよ。」
「え???」
「聞いたわ。ツエルド騎士団長から。貴方、わたくしの事を引きずってまだ独身でいたのね。」
レクトスは慌てて、
「何を言っているのですっ。騎士としてあり得ません。そのような不義な事。バルト国王陛下に失礼ではありませんか。」
バルト国王はテラスの椅子に座っていたが、立ち上がり、レクトスの前まで来て、
「俺は俺で、お前には申し訳なく思っているのだ。お前からアルメディーナを奪ってしまった。ツエルド騎士団長から聞いたぞ。騎士団長の家で酔いつぶれた時、お前、泣きながら騎士団長に話したそうだな。アルメディーナの為を思って身を引いたのだと…悲しい辛い苦しい…いまだに吹っ切れない。結婚したくない。女々しくはないのか?」
レクトスは真っ青になった。
「そ、そんな事、言ったんですかっ?どこの女々しい奴ですっ。それ。
王妃様の事を思って身を引いたのではなく、身分違いの婚約だったので、堅苦しかった事は事実でして、王妃様の事を引きずって結婚しないのではなくて、ただ、一人の方が気が楽と言うっ。」
「お黙りなさい。」
アルメディーナ王妃から睨まれる。
「貴方は優しかったわ。本当に、わたくしの事をとても大切にしてくれた。感謝しております。有難う。だから、貴方には幸せになって欲しいの。」
「王妃様…」
「だからこれは命令です。わたくしが紹介する令嬢と見合いをしなさい。いいわね。」
「承知しました。」
王妃の命には逆らえない。
バルト国王は、ニンマリ笑って、
「いつまでも我が妻に思いを寄せられても困るからな。」
レクトスはそれこそ慌てて、
「私は王家に忠誠を誓っている騎士です。絶対に有り得ませんから、失礼します。」
その場を後にする。
ツエルド騎士団長がニヤニヤしながら、待っていて。
レクトスは抗議する。
「国王陛下になんて事を。王妃様に横恋慕しているとか思われたら私は…」
「俺は国王陛下を幼い頃から知っていてな。気心も知れている。」
「だからって…」
「ま、観念して身を固めるんだな。王妃様が紹介する令嬢でも、夜会で群がってくる令嬢でも。」
この夜は地獄だった。
会場に戻れば、色々な令嬢達が声をかけて来て、
自己紹介を受け、相手をするだけでも疲れてしまった。
その上、アルメディーナ王妃が紹介する女性と見合いもしなければならない。
レクトスは眩暈を感じるのであった。
数日後、見合いが設定された。
王宮の庭にあるテラスに近衛兵に案内されて行ってみれば、誰もいない。
可愛らしい白い尖った屋根の下にある白い椅子と丸テーブル。給仕はいるが、肝心の令嬢が見当たらないのだ。
季節は春なので、春の色とりどりの花が満開である。
遠い日を思い出す。
アルメディーナは、あの時、
「ああ、春も近くて。ほら、もうすぐ花が沢山咲きますわ。」
と、嬉しそうに言ったのだ。
あの幸せな時の後、別れがくるなんて思いもしなかったから、
だからレクトスは春が大嫌いだった。
ふと、声をかけられる。
「貴方が女々しいレクトス・ミルフレッド?」
「女々しいとは失礼な。」
声のした方を見上げれば、金の髪の少女がニコニコしながら、木の上から見下ろしていた。
白い花が満開の木の枝に座っている少女は、着ている白いドレスをひらひらさせて、
履いているハイヒールは木の下に転がしてあり、
それはもう、楽しくてたまらないような表情で。
「わたくし、リリアーテ。王妹になります。隣国の留学から帰って来たのよ。」
ふわりと、木の上から飛び降りた王妹殿下は、レクトスの前に行き、その顔を見上げて、
「貴方がわたくしの婚約者になる方ね。よろしくお願い致しますわ。」
レクトスは驚いた。
王妹殿下なんて聞いていない。身分違いもいい所だ。
それに…似てないぞ…こんな王妹がいたなんて聞いた事がない。
バルト王太子は銀の髪にエメラルド色の瞳だ。
この少女は金髪碧眼である。それに少女と言える位、幼く見える。
リリアーテは微笑んで、
「歳は18歳ですの。幼く見えると言われますわ。隣国での勉学も終わって、そろそろ結婚したいとお兄様に言いましたら、貴方との見合いを勧められましたの。」
慌てて、跪いて騎士の礼を取る。
「リリアーテ様。身分違いもいい所です。私は伯爵家の出。あまりにも違い過ぎます。」
「でも、未来の騎士団長は貴方しかいないと聞いています。わたくしは、この国を支える手伝いがしたい。お兄様である国王陛下や、王妃様の手伝いをしたいの。」
「それでしたら、私と結婚しなくても、貴方様に出来る事はあるのではないですか?」
「ちょっと立ち上がってみて下さる?」
レクトスは立ち上がる。
リリアーテはレクトスの手を握り締めて、瞼を瞑り自分の両手で優しく包み込む。
温かい力が流れ込んで来て、身体の疲れが取れて行く。
レクトスはリリアーテに聞いてみる。
「この力は?聖女の力…」
「そうよ。わたくしの母は側妃で聖女の力を持っていたの。わたくしは少しだけ、癒しの力を受け継いでいるわ。それから…お兄様から聞いております。貴方は辛い恋をしたのね…わたくしは貴方の心も癒してあげたい。」
泣きたくなった…
レクトスはリリアーテの言葉を聞いて涙がこぼれた。
「私は、春が嫌いです。美しく咲く花はあの方を思い出すから。」
「わたくしは春が好き。春は希望の色だから…わたくしの事を知って欲しいの。貴方の事もわたくしは知りたいわ。」
恋をしてみたいと思った。
新たなる恋を…
レクトスはリリアーテに出会わせてくれたバルト国王とアルメディーナ王妃に感謝した。
リリアーテは隣国で勉学に励んだ後、3か月前に帰国し、アルメディーナ王妃の慈善活動を手助けしているとの事。
病院へ訪問する王妃について行き、僅かながらの癒しの力を使って、苦しむ病人を楽にしてあげているとの事だが、
「わたくしの力は大した事はなくて。痛みを少しの間、取る事しか出来ない。身体を少し、楽にしてあげる事しか出来ない。亡くなったお母様は素晴らしい聖女の力を持っていたのに。わたくしは駄目な王妹なのよ。」
レクトスは励ますように、
「駄目なんかではないです。きっと貴方に励まされた病人達は慰められているはずだから。」
「有難う。そう言って下さると嬉しいわ。今度、一緒に買い物に行きましょう。欲しい物がある訳じゃないの。貴方と楽しみたいの。色々と。」
「解りました。一緒に買い物を致しましょう。」
レクトスは休暇の時に、リリアーテと共に王都を歩いた。
王妹である。何かあったら大変だ。
いざという時の為に、近衛兵6人が目立たぬように、後を付き従いリリアーテを守っている。
リリアーテと腕を組んで歩くレクトス。
リリアーテが美術館を指さして、
「あそこで絵を見たいわ。」
「まだあったのか…」
アルメディーナと一緒に行った美術館。
今は遠い日の思い出。
レクトスは頷く。
「一緒に美術館へ入りましょう。」
飾られている美術品は幾分か変わっているけれども、あの頃に飾ってあった絵もまだ飾ってあって。
アルメディーナと共に見た朝日が昇る山の絵や、変な顔をした人間の絵。
全てが懐かしくて。
アルメディーナは面白いのね。と笑いながら見ていたけれども、
リリアーテは興味深そうに、その絵を眺めて、
「わたくし、絵を描く事が好きですの。さすが、先人達の絵は何度見ても、感じるものがありますわ。」
「以前にも来た事があるんですか?」
「ええ。絵が好きなので。わたくしは花の絵を描いて、それを欲しいと言う方に差し上げて、喜んでくれるのが嬉しくて嬉しくて。ああ、わたくしは人の為に役に立っているのだなって…そう思えて。」
「リリアーテ様…」
ああ…この王妹殿下は、人の役に立ちたい。その思いが強いのだ。
レクトスはリリアーテに向かって、
「私と同情で婚約をされなくてもいいのです。リリアーテ様。私と貴方様は身分違い。貴方様にふさわしいお方に嫁がれる方が貴方様の為です。」
「わたくしにふさわしい方?隣国の第二皇子に婚約を申し込まれたわ。国の為にわたくしは婚約を受け入れる、前国王陛下も了承していたのに、男爵令嬢にうつつを抜かして婚約破棄をされたの。わたくしは悪者にされたのよ。身分が何よ。身分が高いからって、完璧な人間なんていないわ。わたくしは必要とされたいの。必要とされたいのよ。」
レクトスはリリアーテに愛しさを感じた。
強く抱きしめて。
「私は貴方を必要としています。貴方は私との恋を望んでくれた。どれだけ私の傷ついた心が癒されたか。どうか、私と婚約をしてほしい。必ず騎士団長になる。貴方にふさわしい男になるから。」
「有難う。レクトス。貴方の事、愛しているわ。」
二人は顔を寄せて、口づけを交わした。
リリアーテの唇は甘かった。
レクトスはリリアーテを一生守って行こうと決意するのであった。
後に、レクトスはリリアーテと1年の婚約期間を経た後に結婚をし、30歳になって騎士団長に就任した。
レクトス騎士団長率いる騎士団は、バルト国王とアルメディーナ王妃を近衛騎士達と共に守り、隣国にも睨みを効かせて王国は大いに栄えたと言う。
リリアーテとの間には可愛い女の子が授かり、レクトスは妻を大事にし、娘を猫かわいがりし、幸せに過ごしたと言われている。
まったく世話がやける男だわ…
貴方がわたくしの為にわざと悪人を演じて、身を引いたと知った時、わたくしがどんなに悲しかったか、解る?
貴方の心の臓に打ち込んだ、悲しみの楔をわたくしが解かないでどうするのかしら。
だから、バルト国王陛下に頼んだわ。
彼にいい人を紹介して欲しいって。
紹介してくれたリリアーテなら幸せにしてくれるって納得したのよ。
わたくしは、よい王妃になったつもり。
でも、まだまだ足りないわ。もっともっと高みに登ってみせる。
貴方と結婚は出来なかったけれども後悔はないわ。
だから、貴方も騎士団長として、高みに登って頂戴。
そして、幸せになって頂戴。
愛していたわ。レクトス。遠い昔の恋人…
遠い昔の恋は、春の思い出と共に封印致しましょう。