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それは強がりではない

『エスカレーターでは4段分、間隔を開けましょう』

 この1年でこの掲示にすっかりと違和感をなくしてしまった。

 流行の感染症、これがあまりに大きな社会問題になりすぎて、全人類が気を使っている。

 これのせいで私の卒業式も、入学式も無くなってしまって、テレビで見るようなサークル勧誘も、それどころか大学の講義すらまともに受けられていない。

 おかげで私の大学生活のうち1年は下宿先の部屋で8割過ごすことになってしまった。

 そんな、生活の8割を占める下宿先には、1つ、大きな欠点が存在していた。

 それは、壁が異様に薄いことである。

 ちょっと薄いというものではない。

 異様に薄いのだ、壁が。

 隣のやんちゃな男が連れ込んだ女の喘ぎ声が聞こえてくるのはもちろん、出したカップの行方、知らない色の歯ブラシ、買っておいたチョコレートを誰が食べたのか、そしてまた違う女の嬌声。

 そんな空間に1年も閉じ込められてみてほしい。

 半分は恋人が欲しくなるだろうし、もう半分は一生恋人が欲しくなくなるだろう。

 かくいう私は、結局俗人だったのか、脳内をピンクに染めた側だった。

 とはいえ、私に恋人を作ろうというような行動力もなければ、恋人というものを肯定的にとらえるだけの社会的な常識はなかった。

 斜に構えた私にとって、恋人というものは、弱い者、それも己の情欲に耐えられぬような弱い者の持つものであった。

 私のようなこじらせた人間のとる心の動きは、ただ、嫉妬によって彼らを馬鹿にすることだけだった。

 本当であれば欲しいはずの恋人を持つ人間のことを、私はとにかく蔑んで生きることにした。

 そして、そのために最も適した場所は、大型ショッピングモールだった。

 自粛ムードが始まり、1年もたつとショッピングモールには、結構な人手がいる。 

 同年代であろうカップルから、子連れの夫婦まで、恋人のような空気間の人間は少なくない。

 そういった人間たちを見て、私は、このご時世に大切な人間とこのような人混みに外出する人間を馬鹿にしている。

 特にエスカレーターは格好の場所だった。

 友人だか、恋人だか、家族だかわからないが、そのようなグループは決してエスカレーターで3段も距離を開けない。

 それを見て私は意識の低さを面白おかしく不愉快になるのである。

 ああ、やはり複数でいようとする人間は愚かだ。

 そう言い聞かせて、男女の泊まる部屋の隣に帰宅する。

 そのような冬の終わりとも春の始まりともいえる春分を、私は1人で満喫する。

 別れの季節とも、出会いの季節ともいわれる春を、私はただ独りで、満喫しているのだ。

 

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