6話 魔法練習見学
リビングのキッチンスペースとは対角線上にあるドアを開けると廊下があり突き当たりは2階に上がる階段があり、すぐ右に玄関があった。
錆びたドアノブを回し開けると、俺の住んでいた都会とは全くちがう田舎の景色が広がっていた。
一面原っぱのなかに玄関から町に続く細い一本道がのびていて、町はヨーロッパの田舎町にとても似ていてレンガ造りの白い壁と赤茶色の屋根がたくさん見えた。
振り返って孤児院をみると、町と同じくヨーロッパのレンガ造りっぽい建物2階建てで室内と同じくちょっと古びた感じだった。
家の周りに塀はなく、白い外壁を眺める感じで裏手に回ると、子供たちが遊んでいた。
ロックとインカはそこら辺を走り回ってたまに何かを見つけたのかしゃがみこんでを繰り返しており、アンは建物のそばに生えている大きな木を背もたれに木陰で本を読んでいた。
そして予想通り、リビングの窓からこちらを覗いていたものたちもいるようで、あちこちから『あの人間がイオリよ!』『異世界から来たってホントかな?』『見たことない魔力じゃない?』とか好き勝手なことを言ってそこら中飛び回っているのが声の方向や感覚でなんとなくわかった。
しかし、今子供たちの前で「視る」訳にはいかないのであえて無視無視。
そんな好奇心の塊のような視線をしても、無視無視!
「あ!イオリ起きるの遅いよ!もう昼だけどおはよう!」
走り回っていたロックは俺に気付いてそう声をかけてきた。
「朝が苦手なんだよ、おはよう。」
インカは既に挨拶済みなのでこちらを気にせず走り続けていて、アンは本を読むのを一旦止めてこちらを見て挨拶してきた。
「・・・おはよう。」
「おはよう、アン。なに読んでんの?」
本は絵本のようで可愛らしい絵が書かれてあったが、長年読まれていたのか、こちらもボロボロだった。
この孤児院、何から何までボロボロじゃね?
もしかしなくても、結構キツキツで生活してるのか?
グランって人がハンター業の稼ぎでここの経営にあててるって話だけど、それでもギリギリなんかもしれない。
そうなれば、ここで数日厄介になることになっている自分は思っていたより迷惑をかけているかもしれない・・・。
と、それはおいおい後でそれとなくローエに聞くとして、だ。
「・・・そういやあ、ロック。俺ローエから魔法の練習見といてくれって言われて来たんだけど、魔法の練習しねえの?」
「これからするよ。練習するのに棒がいるから探してたんだよ。」
「棒?」
そのタイミングでインカが30センチほどの細い木の棒を拾い上げてロックの元に待ってきた。
ロックは「うん。これいいな。ありがと。」と言ってインカから棒をもらうと原っぱの周囲になにもない所に棒を刺し、自分はその棒から2メートルほど距離をとった。
「ん?なにしてんだ?」
「あの棒に魔法で火をつけるのがロックの練習なの。」
そう言ってインカが近づいてきた。
「イオリ、一応もうちょっと距離を取ったほうがいいわよ。練習だけどなんかあったら危ないから。」
「あ、うん。わかった。」
インカに促され数歩後ろに下がった。
そうして改めてロックを見ると、ロックはやんちゃ少年の明るい顔を真剣なものに変え、棒に意識を集中していた。
俺は生まれて初めて見る魔法に思わずワクワクした視線を送ってしまっていた。
ラノベなどでファンタジーものを多く読んでいたが、魔法というものに憧れないわけがなく、それがこれから目の前で見ることができるのだ。
これに興奮しないで何に興奮したらいいんですかね?ワクワク。
ロックの真剣さに若干不謹慎だったかなと思いながら、それでも黙って見守っているとロックが呟いた。
「・・・よし!じゃあ、やるぞ!」
そして右手を前に構えた。
『数多の精霊がひとり、火の精霊よ・・・!』
ロックの唱えた言葉に魔力が乗って呪文になる。
その言葉に反応して精霊の声が増えたのを感じた。もちろん俺だけ。
『また坊やが練習しているわ。』
『今日はうまくいくかな?』
見学をしていると思われる精霊たちがしゃべってある中、1人の精霊の声が聞こえてきた。
『俺を呼んだのはここだな、坊主。』
どうやら火の精霊のようだ。
インカもアンもロックに見ていたので、さりげなく「視て」みたら、ロックの頭上にこちらに背を向けた火の玉が浮かんでいた。
あれが火の精霊だと思い、ついでに周囲のしゃべっている精霊もチラッと見ると、10人前後の色んな姿の精霊が飛び回っていた。
『火の力をもって我が前の棒の先に火を灯せ。』
ロックの呪文が聞こえてきて、慌てて目の魔力を解いてロックを見ると、ロックのかざした右手の前に三角形の魔方陣が浮かび上がった。
しかしその直後、火の精霊の渋るような声が聞こえてきた。
『う~ん。ちょっと厳しいな。』
「?」
精霊のそんな返事に俺は首をかしげたが、ロックはもちろん精霊の声が聞こえてないので魔法を発動する。
『ファイア!』
ぽひゅんっ
ロックがファイアを唱えると棒の先に間抜けな音と共に小さな煙が出た。
「・・・え?」
俺が驚きそんな声をあげるなか、ロックはガックリと肩を落とし、インカは肩を竦めアンは読書に戻った。
「インカ、今どうしたの?」
「魔法が失敗したのよ。間抜けな音したから精霊は来たけど魔力を込めなさすぎて不発ってとこね。」
「へぇー・・・。魔法って失敗があるんだ。」
庵のその言葉にインカは信じられないという顔をした。
「あー、そういえばイオリは記憶がなかったわね。魔法は基本的にこうやって何回も練習して、込める魔力の量とかを感覚でつかむものなの。賢者とか天才な人たちは自然とわかるらしいけど、普通の人は生活に必要な最低限の魔法ができるだけでも充分生活しやすくなるから、こうやって練習してるの。」
「ほう、なるほど。」
確かに、火をつける魔法や水をだす魔法だけでも覚えているだけでも生活はしやすくなるのはわかる。
「精霊が来てなくて今みたいに魔法を唱えたら何も起きないんだけど、あの間抜けな音と煙が出たのは精霊がいるってことになるの。でも火がつかないのはロックの込めた魔力に問題があったからだと思われるのよね。呪文は間違ってなかったし。・・・だからロック!精霊が来てるんだろうからもう一回魔法やってみたら?次は魔力をもうちょっと多く込めて。」
「ああ!」
ロックはまた集中し直して、先ほどと同じく呪文を唱えた。
今度は火の精霊の返事はよかった。
『うん。今度は充分な魔力だ。』
『ファイア!』
ぼっ!!
棒の先に火がつき、それを見たロックは「よし!」とガッツポーズした。
魔法が成功し、棒の先がいきなり燃え上がった光景はまさに俺がイメージする魔法なだけに、素直にすげえと感心した。
「すげえなロック。右手をかまえてたから、てっきり手から火の玉を出すんだと思ってた。」
「えへへ、すごいっしょ!あれは魔法を使う時の基本姿勢だよ。イオリが言ってるのは『ファイアボール』のことじゃないかなあ?」
「『ファイアボール』?さっきの『ファイア』となんか違いでもあんの?」
「『ファイア』は初級中の初級魔法で、火をつけるのが目的の為の魔法なんだよ。松明に火をつけるとか、焚き火に火をつけたりコンロに火をつけて料理するときに使ったり、ね。んで、『ファイアボール』は『ファイア』ができたら次に使うことができる初級魔法で、こっちは火の玉を勢いよく敵に投げつけて攻撃するときに使うって感じ。」
「へぇー、なるほど。」
やだ!ロックの説明が分かりやすい!
ただのやんちゃボウズだと思ってたのに、もしかして俺より頭いいのか!?
「・・・ロック、なに自分発信みたいな説明してんのよ。全部ローエお姉ちゃんの受け売りじゃない。」
横で聞いていたインカがため息混じりに一言。
それを聞いて密かにホッとする俺に気付かずロックは慌てる。
「ちょっ・・・!おい!インカ!しー!」
「ま、何はともあれ成功してよかったわね。58回練習して成功22回って、成功率が半分以下ってどうかと思うけど。」
「!?そんなのいちいち数えんなよ!?つか、インカだって水魔法失敗するじゃないかよ!?」
「私は31回練習して成功25回だから成功率は高いわよ。」
「ぐっ・・・」
俺に自慢したかったのにインカに邪魔されたロックだが、インカの切り返しになにも言えなくなって、話を反らすことにしたようで俺に視線を向けた。
「そ、そんなことより!イオリ魔法やってみなよ!」
「え!?俺できるのかなあ?」
その俺の反応にロックとインカ2人が首をかしげた。
「なに言ってんだよ、イオリ。この世に魔力がない奴なんていないんだから、できるに決まってんじゃん。」
「魔力は精神エネルギーからきてるから、イオリできると思うけど・・・記憶がないってなると私やロックのように基礎中の基礎から覚え直さないといけないかもしれないわね。試しにさっきの『ファイア』やってみたら?」
「え、あ、うん・・・。」
戸惑いながらもやってみようと、棒が刺さっている近くまで移動した。
俺としては異世界の人間、さらには精霊曰く俺の体は「魔力が駄々漏れ状態」らしいのでその状態なので果たして魔法が使えるか不安だったが、正直憧れていた魔法が使えたらかなりうれしい。
因みに火のついた棒は既に火が消えている。
ロックが俺にローエの受け売りを披露している間に効力が切れたためだ。
だがちょうどその時・・・
「みんな~!お昼ご飯よ~!」
ローエが皆を呼びに来た。
それを聞いてロックは喜んで家に入っていき、インカは呆れながらも「残念、イオリまた今度やってみましょう。」と言ってアンを引き連れて家に入っていった。
俺はロックの切り替えの素早さに驚きながらも、もう魔法の練習をする空気ではなくなったので少し残念思いながらも、皆について家に入った。
後に俺はこの時、魔法の練習しなくてよかったと思うこととなる。