5話 朝から木の精霊
「ま、隣国からの孤児達は去年までにもう皆隣国に帰っちゃったから、それにともなってノヴェーラの中にあった孤児院は老朽化が進みすぎてこれ以上は孤児たちが危ないってことで取り壊されたの。それで教会の神父様から孤児院の経営権を譲ってもらって、残ってたこの子達3人はこっちに来たというわけ。今ここにいる3人はもともとその教会の孤児院で育った子達なの。」
「なるほど。でもなんで隣国からの孤児達がいっぱい来たんだ?」
「隣国ヴェーブフレンが5年前まで内戦がすごかったの知らない?内戦で孤児が増えて、ヴェーブフレン国内の孤児院では収容しきれなくなって、ローワンが受け入れたのよ。」
「ご、ごめん。知らない・・・。でも去年までに皆帰ったって、ヴェーブフレンの孤児院は大丈夫なん?」
「5年間でヴェーブフレンは孤児院を増やして、受け入れ体制もちゃんとできたから、国に帰したの。今でもたまに手紙のやり取りしてるけど、元気そうよ。」
ローエがさも気にも止めないようにそう言ったので、多分いい方に内紛が収まって、その後きちんとした体制になったんだろう。
「そりゃ、よかった。・・・そういやあ、幼なじみの男性ってのは?」
「ああ、・・・グランっていう、私と同じく孤児院で育った幼なじみで、私と同い年の25歳なんだけど15歳からハンター業していて、その貯めたお金を土地を買うお金の足しにってもらったの。貯めてたのは孤児院に寄付するつもりだったから、ちょうどよかったって。でもただもらうのも悪かったから、話し合って私とここを共同経営することにして、私は子供たちの身の回りの世話とか食事とか担当で、グランは経済面担当で今もハンター業をして報酬をここの運営にあててるの。あ、グランは今、ハンター業の魔物討伐の依頼で数日留守にしてるわ。」
また出たハンター業というワードを今度は流さず聞いてみる。
俺の読んでたラノベではハンター業は魔物かモンスターを狩ったり、依頼を受けて色々やったりする「冒険者」と同じイメージなんだがそれと同じかどうか確かめたかった。
「なあ、そのハンター業ってのは何?」
「え!?そこも覚えてないの!?・・・ハンター業というのは、言うなれば何でも屋ね。魔物討伐や護衛、薬草採集とかの他に大工仕事の手伝いとか、色々依頼がある中から自分の好きな依頼を選んでクリアできたら報酬がもらえるの。仕事内容やレベルによって報酬が変わって、魔物討伐が特に報酬が高いからグランはそれを特に受けてるみたいだけと。」
どうやらラノベでの「ハンター=冒険者」のイメージとほとんど変わんないようだ。
というか、グランという男はここの経営のために魔物討伐しているって、すげえな。
この世界の魔物は見たことないが、ラノベやマンガ・ゲームのままの魔物だとしたら、命懸けの仕事のはずだから確かに報酬は高いだろうけど、自分にはとてもじゃないが討伐しようなんて思えないんですけど。怖いし。
ここまで話したところで、子供たちが眠たそうにあくびしているのにローエは気付いたみたいで、話を切り上げてきた。
「今日はここまでにして寝ましょう。明日の午後に町に買い物に行こうと思ってるんだけど、イオリも一緒に行かない?記憶が戻るきっかけがあるかもしれないし、イオリのことを知ってる人がいるか聞いてみたりできるわよ。」
残念ながらそんな人はいないのはわかっているのだが、断って怪しまれるのは避けたいし、何より町には興味がある。
「ああ。そうするよ。手がかりなくても荷物持ちは必要でしょ。」
「あら、ありがとう。じゃ、おやすみなさい。」
「おやすみ~。」
「おやすみ、イオリ。」
「おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
ローエは子供たちを子供部屋に導き、俺はあのベッドだけの部屋に戻った。
部屋でベッドに横になり、今日あったことを思い返しているうちに、思いの外疲れていたのだろうかウトウトしてきて、早々に眠りについた。
朝っぱらから精霊に起こされた。
『おっはよう~~~!イオリ朝だよお~!』
俺は朝が弱く、目が覚めても寝返ってまた寝るのが癖だ。
いつもはスマホのスヌーズをいくつもかけているので、それで30分位かけて起きるほど。
しかしここにはスマホがない。
あっちの世界でポケットに入ってたはずだが、砂漠で気が付いた時にはポケットになかった。
まあ、履いてなかったはずの靴を履いてたので、何かの都合が働いたのかもしれない。
どちらにしてもスマホがあっても電波ないし充電できないから、ないはないで困んないんだけどね。
いつものようにまた寝る体勢に入ると、すかさず察知した精霊が行動を起こしてきた。
『ちょっと!二度寝しないでよお~!えいっ!』
「いだっ!」
精霊は勢いよく顔に突撃してきて、俺の顔全体に軽い衝撃が走った。
おかげで一気に半覚醒位までは目が覚めた。
眠い目を擦りながら起き上がると、部屋を見てあれ?ここはどこだ?と数秒思って・・・、昨日の出来事を思い出した。
ああ・・・、俺は異世界に来たんだっけ。
窓から外を見てみると、太陽が結構高い位置にある。
お昼間近だろうか?結構寝てたね、俺。
っていうか今精霊が起こして来なかったっけ?
つーか、顔に激突されなかったったか?
すぐさま目に魔力を被せて周りを「視て」みると、枕元に見たことない精霊が転がっていた。
全身葉っぱまみれの手のひらサイズの、みの虫のような姿で、緑の二本足でピョコンと立ち上がった。
『起きた起きた~、おはよう!僕は木の精霊だよお~。』
「・・・おはよう。起こしてくれてサンキュー・・・。俺はイオリ。」
『あ、イオリ・アソウっていうんでしょ?知ってるよ~。』
「・・・?初めて会ったよな?何で知ってんの?」
『昨日、情報の精霊と話したでしょ?情報の精霊は精霊内だけで独自のネットワーク持ってて、そこで昨日の取材内容を公開しまくってたから、君のこと知らない精霊はいないって位広まってるよお~。』
「ええ・・・!?じゃあ、俺が精霊としゃべれることも異世界の人間だってのも・・・。」
『精霊は皆知ってるよ。昨日の取材の1時間後には公開してたもん。あ、でも精霊以外はネットワークがあること知らないから何かまずいことにはならないと思うよ。・・・まあ、君に興味がわいて会いに来る精霊が沢山やって来るかもね~。僕みたいに~。』
そう言って木の精霊は俺の右肩に乗ってきてヘラヘラ笑った。
興味がわいて会いに来る精霊が沢山?やって来るかも?
それなんかめんどくさいことになったっぽくないか?
コンコン
「イオリおはよう~。起きてる?」
ドアをノックする音がしてそんな声がした。
この声は、インカかな。
「・・・おはよ。今起きたとこだよ。」
目の魔力を解いてそう言ってドアを開けると、予想通りインカが1人で立っていた。
「イオリって朝弱いの?もう皆起きて朝ごはん食べちゃったよ。」
「うん・・・。朝苦手なんだよね。そのせいで朝ごはんはいつも食べてない・・・と思う。」
あちらの世界の朝は二度寝癖のせいで共働きの両親が仕事に行った後に起きるため、食べずに学校に行くパターンが多かった。
もとはといえば、共働きの両親と顔を会わしたくないという理由で二度寝しだしたのが癖になってしまったんだけどね。
だから、俺の朝ごはん用意してなくても別にいいよという意味で言ったのだが、言ってる途中で記憶喪失の設定だったことを思い出した。
「あ、そう?イオリの分はローエお姉ちゃんが分けて置いてるって言ってたよ。どうせ昨日の残りのパンだし、食べないでも別にいいけどって言ってたよ。」
「・・・じゃあ、まあ、折角分けてくれてんだったら、もらおうかな。」
そう言ってインカとリビングに行くと、リビングテーブルには俺の朝食と思われる一人分のパンとサラダが置かれていた。
インカはキッチンスペース奥のローエに一声かけると、パタパタと外に遊びに行ってしまった。
「おはよう、イオリ。朝ごはん食べるならそれ食べて。」
ローエはキッチンスペースから顔を出してそう言ってきた。
「おはよう。んじゃ、遠慮なくいただきま~す。」
座って10分位で食べ終え、空の皿をキッチンに持っていきシンクに皿を置きながら、それとなくキッチンを見渡した。
ローエは昼食用の煮込み料理を早くも作っていて、鍋の中身をチェックしたり洗い物をしたりとテキパキと動き回っていた。
キッチンの様子を夕べはチラッとしか見なかったが、改めて見たら・・・なんというか、全体的に使い込まれた感がすごかった。
こっちの世界仕様と思われる2口コンロは真っ黒で火にかかっている鍋も下半分真っ黒で、フライパンが2つ壁に吊り下げられているが、それらも焦げ付いてていかにも何年も使い込まれた物だというのはわかった。
その他にも調理器具を見ると、オタマやヘラ・まな板が木製なのだが持ち手にカビが生えててボロボロだった。
というか、ここは換気はどうなってるんだろう?って位天井が黒いし!
もしかしてコンロが燃え上がったのか?
つうか、ガスないのにどうやってコンロ使ってんの?
と、色々気になってキッチン全体をジロジロ見ているのをローエに気付かれ苦笑いされた。
「・・・あんまりジロジロ見られると恥ずかしいわ。言っとくけど、火魔法は調整が難しいから黒いだけで、苦手ではないからね?」
なるほど。火の魔法でコンロに火をつけているのか。
ていうか、苦手ではないからね?って、苦手な人がいう奴じゃないか?
それより調整とは何ぞや?
「調整って、どうやってするんだ?コンロでできないのか?」
「コンロは火魔法の長時間維持機能しかないわ。調整は火魔法使ったら火力はイメージでできるじゃない?」
「できるじゃない?って言われても、ごめんわかんない。」
「あ!・・・魔法使う時にはイメージと一緒に魔力を精霊に捧げることで実体化するんだけど、とろ火とか強火とかイメージしたらいいんだけど、なんか・・・イメージ通りにいかなかったりしてね・・・。」
そう言いながもローエは首をかしげていた。
焦げの状態からいつもイメージ通りにいってないのは俺から見てもわかった。
それが苦手というのですよ。
『へへへ。火の精霊から聞いたことあるよ。この人間は毎回イメージがまとまってなかったからメチャクチャな火しか出せなかったんだって~。』
俺の右肩の木の精霊がそう言ってヘラヘラ笑ってる。
ええ、そうです。
実はずっといたんですよ。
木の精霊は肩に乗ってヘラヘラしたまま、あれからリビングに移動しても朝飯食っても今現在も、肩にずっと乗っていたのだ。
もちろん魔力で見ることはしていないが、肩になんとなくの感触があったからわかっていたのだが、特に何も言うわけでもなくヘラヘラしてるっぽかったので、特に気にせずにいたのだ。
なので今まで触れてなかったのですよ。
そして因みに朝飯食ってる時、リビング上の方や窓の外からいくつもの視線は感じてました。
それがもちろん子供たちの視線ではなく、興味を持ったなにかの視線だということもわかっていたが、特に話しかけてくることもなかったのでそれも無視していたのですよ。
見られながの食事はなんとも居たたまれなかったので、さっさと10分で食ったんだけどね。
「えーと・・・イメージする時、もしかしてまとまってなかったりてる?イメージを1つにまとめてからやってみたら?」
木の精霊の言っていたことをそれとなくアドバイスしてみた。
するとローエは思い当たることがあるような顔をした。
「そういえば・・・もっと強火の方がいいかなとか、とろ火でホントにいいのかなとか考えながらやってたわ。次はその方法でやってみようかしら。」
「うん・・・そうしたらうまくいく・・・かもよ。」
そこまで話したところで、外に遊んでいたインカがローエを呼びに来て、ローエは「ごめん!すぐ戻って来るからちょっとお鍋みてて。」と言ってパタパタと外に出ていった。
鍋の中身をチラッと見るとビーフシチューと思われる茶色い煮込み料理がグツグツ煮えてて、一応それっぽく何回かかき混ぜた。
料理したことないからわからんがかき混ぜといたらいいだろ。
かき混ぜたオタマはやっぱり持ち手がカビてて使ってて大丈夫だろうかと心配になるくらい黒い。
その木製のオタマを見て、ふと気づく。
あれ、そういやあこれ木製だよな?んで、俺の肩に木の精霊がいる。
木の精霊はこのカビ、どうにかできないかなあ?
ローエのさっき出ていったばかりだからまだ戻って来ないだろう。
出てったリビングの扉をチラチラ見ながら、肩の木の精霊に話しかけた。
「なあ、木の精霊、このまな板とオタマとヘラって木製だよな?ちょっとカビててボロボロ過ぎるから、どうにかできないかな?俺の魔力あげるから。」
『イオリの魔力はさっきからずっともらってるよ~。まあ、精霊の僕から見ても確かにボロボロだね~。まかせて、えいっ!』
そんな声がすると、オタマ・ヘラ・まな板の表面の木目がグニャリと波打ち、カビたりしてボロボロだった部分が木目に覆われ、新品のようにキレイな物へと変わった。
「すげえキレイになったな!ありがとー」
そう木の精霊にお礼を言ってはたと気づいた。
キレイになったはいいが、あれ、これローエにどうやって説明しよう?
そこへローエが戻ってきた。
「ごめんなさいね。イオリ悪いけど、外で子供たちが遊んでるんだけどちょっと見ててもらえない?ロックが魔法の練習してるから危ないことになっちゃいけないから・・・。」
「え、あ、うん、いいよわかった。」
玄関の場所を聞き、外に出て建物の裏手で子供たちが遊んでいることを聞いて逃げるようにすぐさま向かった。
どう説明しようかと思っていたけど、ちょうどいい逃げ道だ。良かった~。
子供たちを見ている間に言い訳考えとかないとね~。
「・・・あら?」
イオリが去ってすぐのキッチン。
私はキッチンの異変にすぐさま気づいた。
「オタマとヘラがキレイになってる・・・あ、まな板もだわ。」
さっきまでボロボロでカビがはえてたはずのオタマ・ヘラ・まな板がキレイになってる。
触ってみても、手に馴染む感じは今まで使っていたオタマであることは間違いなく、それはヘラもまな板もだった。
「え!?どうして?・・・もしかして・・・イオリが?」
でも彼は今記憶喪失状態で、コンロや魔法の調整を聞いてきたので、魔法関連の記憶もほとんどないはずなのに・・・。
それにしても・・・。
「生えてる木を操る魔法ならわかるけど、木製のものをどうにかする魔法なんて聞いてことないわ・・・。」
「イオリ、ちょっと聞きたいことがあるんだけだ。まな板とかがきれいになってたんだけど、なにか知ら」
「え?なに?知らなーい。」
「でも、きれいに」
「え?なに?知らなーい。」
「だから、まな」
「え?なに?知らなーい。」
「・・・もう、いいわ。」
解決?