179話 トレーナー?ジアース
「き、鍛える!?」
俺はジアースが自己紹介と共に言ってきた言葉に目を剥いた。
『『・・・!?』』
今日の俺の担当?の目の精霊と耳の精霊も驚いているような感覚がする。
このふたりの精霊はしゃべれないから感覚で察するしかないんだよね。
「・・・そうだ。自己紹介早々で悪いが、時間がないからな。」
本当に悪いと思っているのかいないのか、ジアースは無表情で続けた。
「・・・俺も他の精霊たち同様お前の様子はネットワークで見ていたが、お前の体は軟弱だと常々思っていた。そして来月、レベルSの試験があるのだろう?それに受かるためにも鍛える必要があると思って来た次第だ。」
「ええっ?鍛える必要があるって・・・そりゃあ受けるからには受かりたい気持ちもあるけど、俺ちゃんとこれまでやってこれたんだから大丈夫じゃ・・・?」
「・・・大丈夫じゃないなから来たんだ。情報の精霊によるとレベルS試験は実力試験のみだそうだが、知っているか?」
「え!?そうなの!?知らなかった・・・。」
特にギルマスからレベルS試験について詳しく言ってきてなかったし、試験日も決まってないなら決まってからかもしくは前日とかに説明があるとてっきり思ってた。
「・・・情報の精霊によると、レベルAまで上がるハンターたちはその段階で野外試験をしなくても十分信頼に値する働きを見せているとギルド側は判断しているそうで、レベルSはもう実力試験だけでいいのではという意見もあって以来実力試験だけになったらしいぞ。その代わり実力試験は現役のレベルSと文字通り全力で戦うことが必須だそうだ。」
えー!?レベルSと全力!?
レベルSって魔人とタイマンでバチバチにやり合うくらいめちゃくちゃ強いんだよな?
確かギルドでも「頑張ってB才能あってA人間止めてるS」って言われてるくらいなんだから絶対に強いよな・・・。
俺、レベルS試験受けることになっちゃったけど、レベルSの試験官と全力でなんて無理じゃないかな?
開始5秒でボコボコにされそう。
あ、でも【武術超越】で逃げ・・・じゃなくて避けたらいいかも。
んで隙をうかがってちょっとポカッてできたらよくないかな?
ポカポカを繰り返したら何時間かかるかわからないけどそのうちへばってくれるかもしれない。
・・・いや、その前に俺がへばるか。
と、俺がうんうんと考えているとジアースがとんでもないことを言ってきた。
「・・・気づいてないようだから言っておくが、【武術超越】は恐らくあてにならないからな。」
「えええっ!?な、なんで!?」
今まで戦いになると自動的に発動していた【武術超越】があてにならないって・・・もしかしてなんらかの理由で発動しないとか?
「・・・正確には、【武術超越】はこれまで通り発動するだろうが、周りが遅くなる現象は起きないということだ。相手が強くなると秒数が変わるというのはわかっているだろう?」
え、うん。それはわかってるけど、それになんの関係が?
確か・・・
レベルS→1秒
レベルA→2秒
レベルB→3秒
レベルC→4秒
レベルD以下→5秒
だったよな。
・・・・・・あれ?
気づいちゃったかも。
そう思ってジアースを見るとジアースは俺が気づいたのを察してコクリと頷いた。
「・・・お前がレベルSとの戦う場合、遅くなる現象は1秒がそのまま1秒になるだけだから、つまりは発動していても発動してないのと同じだ。」
うええええええええ――――――!?
そうだよー!なんで気づかなかったんだよ俺!!
「・・・だが【武術超越】は遅くなる現象がメインではない。発動すると剣術・弓術・馬術・槍術の技や感覚が自然とできるようになっているから、お前は元の世界で戦ったことがなかったのに今まで当たり前のように動いて魔物を倒していただろう。」
確かに、町で最初に絡まれた時からなぜだかどう動けばいいかわかっていた。
魔物と戦っている時も、その魔物の詳しい構造を知っているわけではないのにその魔物をどう倒したらいいかなんとなくわかって、その通りに体も動いていた。
「・・・現に、今さっき俺が攻撃した時に避けられたのは【武術超越】で避けかたを無意識にやったからだ。」
え?さっき・・・?
・・・・・・あ!!!
そうだよ!さっきジアースは突然俺に殴りかかってきたけど、俺はとっさに避けた。
そうか、あの時俺は無意識に避けかたをやったんだ。
あれ?ということは、あの時【武術超越】が発動していたってことか。
俺はまったく気づいてなかったけど周りがゆっくりになってたってことか?
・・・そういえば今は見回しても人も鳥も動物もいなくて道と草むらと林が見えるくらいで、風が吹いてなくて雲もなかった。
ゆっくりになっていると判断できるものがなかったから気づかなかったみたいだ。
あれあれ?でもガサガサは聞こえて、ジアースが殴りかかってきたのは普通のスピードで見えたぞ?
それこそ、1秒が1秒の速さで・・・
「はっ!!てことは、ジアースはレベルS!!??」
「・・・精霊の神がレベルSなわけないだろう。」
え?じゃあレベルAかBなの?神と呼ばれてるのにそんな馬鹿な。
「・・・めちゃくちゃ手を抜いてレベルSにギリギリ落とせるくらいだな。この世界にそんなレベルは存在しないが、お前に分かりやすく例えるなら俺たち精霊神はレベルSSSくらいだな。」
!!??
「まじで!?握手して下さい!!」
すご過ぎと驚き過ぎて握手を求めてしまった。
ジアースは俺の突然の握手要求にまったく表情を変えずに握手に応じてくれた。
『『・・・。』』
しゃべらないふたりの精霊は俺の握手行動が面白かったようで見てるような感覚がする。
「・・・話は戻すが、【武術超越】の技や感覚だけで人外と言われているレベルS試験官とやり合うのは大丈夫かと思ったわけだ。だから鍛えた方がいいとレベルA合格をネットワークで知ってすぐに来た。」
なるほど、ジアースは心配してくれてわざわざ来てくれたってことか。
ウィンディやフレアやウォーラたちもそうだけど、精霊神っていい人ばかりだなあ。
人じゃないけど。
「うん、確かにジアースの話聞いたら今の俺には絶対に無理だと思う。【武術超越】の遅れる現象を頼りにしてても危ないかもしれないと思ったからなおさらだよ。俺、2秒でボコボコにされるかも。むしろ試験官がその気なら形も残ってないかもしれない。」
『『!?・・・!』』
ふたりの精霊がなんかまごまごしてる感覚がする。
しゃべれないから全然わかんなーい。
「・・・そんな試験官は眼精疲労と中耳炎にしてやる!と言っているぞ。」
地味に嫌なことだな!
っていうかジアースって精霊神だからふたりの精霊が言ってることわかるのか!
『『・・・!』』
「・・・それか目玉くり貫いて耳ちぎったろか!と言っている。」
わーお!バイオレンス!!
「いやいやいや!なにもしないで!?お、俺がんばるから応援してて!」
なんとかなだめて目の精霊と耳の精霊は落ち着いてくれました。ほっ。
危ない危ない。こうして未来の試験官の目と耳が守られました。
「・・・では、明日からしばらく孤児院に通って鍛えることにする。よろしくな。」
「あ、うん。よろしく!通うって毎日なのか?」
「・・・精霊神としてのやることが少しあるが、基本的には毎日来るようにはする。」
孤児院に空き部屋はまだあるから通うより泊まってっても・・・と思ったが居候の俺が言うわけにもいかないわな。
ローエやグランならオーケーくれそうだが、そこまで図々しくなるのは違うもんな。
「・・・今日のところはこれで帰らせてもらうぞ。ああ、これを。ウィンディからだ。」
そう言ってどこからか紙袋を出して渡してきた。
中身は大量の焼き菓子だった。
「・・・先日ウィンディが別の国のスイーツ店の大安売りに行ってて菓子を大量に買ってきた奴のお裾分けだそうだ。子供たちもそうだが経営者にもと言っていた。」
「えー!ありがとうってウィンディに伝えといて。皆で食べるよ!」
そうしてジアースは帰っていって、俺も孤児院に帰って皆でお菓子を食べた。
そしてそういやあとレベルS試験対策でしばらく土の精霊神ジアースに鍛えてもらうことになったと話したら。
「精霊神に鍛えてもらうとか聞いたことねえぞ。」
「こんなに短時間で精霊神と知り合うなんて・・・。」
とグランとローエに言われ、さらに。
「イオリやっぱりやらかしたね。」
「いつものことながらそれを普通に話すし。」
「・・・スケール違うね。」
ロックとインカとアンにまで言われた。




