18話 孤児院を出る
晩御飯は賑やかに進んだ。
ローエと子供達も終始笑顔でご飯を食べつつ、青年グランのハンターの仕事についてあれこれ話をしていた。
グランはここから西の町の近くに現れた魔物の大群を討伐するために複数人で依頼を受けて行っていたらしい。
西の町にもそれなりにハンターはいたんだが、人手が若干足りなかったそうでそれで西の町から一番近いこのノヴェーラに追加の人手を募ったのだと。
ノヴェーラから西の町へは馬車で2日の距離らしくて、そのぶん報酬はよかったのでグランは参加したらしい。
片道2日、行って戦って魔物の死体やらの片付けを手伝って3日、で帰ってくるのに2日、と1週間行ってという流れ。
報酬は討伐依頼が5万G、倒した魔物が使える素材や食用で流通している物を買い取ってもらったのでそれが2万G、更に死体やらの片付けを手伝ったので特別手当5000Gの合計75000Gもらったそうだ。
普通にノヴェーラ周辺で毎日魔物討伐をしていても1週間で5万も貯まらないそうなので、割りにいい依頼だったってことだ。
俺はご飯を食べながら話を聞いていたが、話しかけることはしなかった。
なぜかって?
ずっっっと警戒されてたからだよ。グランに。
とてもじゃないけど睨んでる相手に話かけるような度胸なんてありませんよ。怖いよーん!
だから、ローエや子供達がグランと話してるのを何食わぬ顔して聞きながら子供達と合間合間に談笑しながら食べたよ。
顔に穴が開くんじゃないかっていう位見られながらね。
でもグランのほうから何か言う訳でもなく、それを見たローエは苦笑いしてたし子供達はそんなのお構いなしにグランと話をしてたし。
俺、あなた助けたよね?なんで鋭い目付きなんだろう?うう・・・。
そうして楽しく?晩御飯を終え部屋に戻って寛いでると、部屋の扉がノックされた。
開けるとそこにはグランがいた。
「うん?何か用?」
俺が首を傾げると、グランはなにやらばつの悪そうな顔をした。
「・・・沼で助けられたこと、改めて礼を言う。」
「!?あ、え、いいよ。別れ際に言ってもらったから。それよりここの経営者の1人でびっくりしたよ。」
「こっちこそ驚いたぞ。・・・明日出ていくという話は聞いた。」
多分ローエから聞いたんだろう。
「・・・うん。あんまり長居しても迷惑だろうし、俺みたいなワケわかんないのがいて不安だろうし。」
「記憶喪失らしいな?」
「それもローエに聞いたの?うん、そう。」
「記憶がないのは計り知れない不安だろう。だがわかる通り、この家はあまりにも金がない状態だから、お前を置いておく余裕はないんでな。正直明日出てってもらうことには感謝している。お前にはすまんがな・・・。」
グランはちょっと俯いた。
俺は苦笑しかできない。
「いいよいいよ。こっちこそ、こんなに何日も居て申し訳ないし。とりあえず町中の宿屋にしばらくいてこの先どうするか決めるよ。何日かに1回はここに遊びに来てもいいよな?」
「子供達も懐いているしそれはかまわない。」
「お菓子とか差し入れ持ってきたらなおよし?」
「当たり前だ。」
そう言うとグランは苦笑いしてじゃあなと言って去ってった。
そうして翌日の朝、起きると朝飯を食べて部屋で荷物をまとめてマジックバックにつめてった。
服は孤児院にあったお下がりの物をいくつかくれると言ってくれたので、2着ほど頂き靴下も3つもらった。
流石に下着は抵抗があったので後で町で買おうかな。
それから細々したものも町で買ったらいいとローエはまたオススメのお店を何軒か教えてくれた。
マジックバックは一人旅用だからまだまだ余裕がある。素晴らしい!
そして全部マジックバックに入って忘れ物がないか確かめたら、バックを肩から下げた。
軽い!素晴らしい!
俺は依頼をしてから宿屋に向かうつもりのため、午前中に孤児院を出るつもりだ。
広間に向かうとローエが何かの入れ物を差し出してきた。
「今日のお昼にでも食べて。お弁当よ。」
その優しさと気遣いにじーんときた。
この人は聖母過ぎる。いや、むしろ皆のオカンポジションか?
「ありがとう。崇めながら食べるよ。」
そう言うとクスクス笑ってくれた。
皆は玄関まで見送ってくれた。
子供達も寂しそうだが、流石に泣いてはない。
ちょくちょく遊びに来ると約束してるからね。
「んじゃ、皆お世話になりました!また遊びに来るからな!」
そう言って子供達の頭を1人ずつ撫でると皆ニコニコしてくれた。
「うん!じゃね!イオリ!」
「また来てね。」
「・・・じゃあね。」
その様子をローエとグランは微笑ましく見てた。
そうして俺は孤児院を出た。
町中に着くと自然とニヤニヤしてくる。
今頃ローエ達、びっくりしてんじゃないかな?
―――――――――――
イオリが孤児院を去って十数分後。
ローエが慌てて広間に駆け込んできた。
「ん?どうしたローエ、イオリの使ってた部屋を掃除するとか言ってなかったか?」
グランがそう声をかけたが、ローエは黙って何かを差し出してきた。
見ると彼女の差し出した手には袋と紙が握られていた。
グランは首を傾げてそれを受けとって袋の中身を見て驚いた。
「5万Gだと!?」
そして袋と一緒に差し出された紙は、イオリからの置き手紙だった。
内容はこんなワケわかんない男を保護して居させてもらってありがとうとか、経営で大変な中申し訳ないとか、皆いい人で楽しかったと綴られていて。
そしてお礼としてお金を置いていくことにしたが、直接渡すのは絶対に受け取ってもらえないと思っていたので、置いてったそうだ。
「イオリ、ハンターになってから毎日何かの依頼をやってたから、それで貯めたのかしら?それにしてもこんな大金・・・。」
困惑するローエ。
こちらの世界でも、お礼の文化はあるがあくまでちょっとした物か現金1万G程度を渡すのが常識なのだ。
なので今はイオリの常識のなさが炸裂した瞬間である。
因みに町に住んでる者達の平均月収が5万なので、5万Gのお礼がどれだけ非常識かおわかりだろうか?
困り果てるローエにすぐに冷静になったグランは声をかける。
「・・・金額はアレだが、お礼として置いてったなら遠慮なく使わせてもらうか。」
「えぇ・・・。いいのかしら?こんなに・・・。」
「あいつがいいから置いてったんだ。あいつに悪いと思うなら使うが一番だろ?」
「そう、ね。今度遊びに来たらご馳走ださなきゃね。」
ローンも落ち着いた所で、2人は何に使うか話し合う。
「そういえば・・・、壁がボロボロの所があるから大工さん呼んで修繕を頼もうかと思ってたけど、それに使おうかしら?」
「壁がボロボロ?どこだ?」
「イオリが使ってた部屋と隣の沐浴部屋の壁よ。壁が木製だから気を付けていても湿気が溜まるみたいで、カビちゃってボロボロなのよ。しかも沐浴部屋の湿気が隣までのびてるのよ。」
「あそこか・・・。そういえば沐浴部屋の壁がカビてボロボロのせいで最近は隙間風がくるくらいだったもんな。」
とりあえず、現状を見て大工を呼ぼうと沐浴部屋へ移動した。
だが沐浴部屋には2人の想像しなかった光景が広がっていた。
「・・・あれ?・・・壁がきれいになってる・・・!?」
確かに昨日沐浴部屋はカビてボロボロだった壁が新品同様にきれいな壁になっているのだ。
ローエは驚きで口を開けたまま壁を触るが、幻ではなく触ってもきれいな壁である。
「どういうことだ?夕べ使った時は確かにカビてたぞ!?」
グランも壁を確認するが、やっぱり壁はきれいである。
するとグランは壁の木目やらをマジマジと身だした。
「この壁は1枚1枚張り替えたものじゃない・・・?ローエ、この木目に見覚えあるだろう?」
「あ、その木目の模様は確か、アンがお化けに見えるって言ってたトコだわ。」
「ああ、ここに来たばっかりのアンがそう言って1人で沐浴できなかったから、しばらくローエと沐浴してたもんな。」
「ええ。・・・だから不思議だわ。元々あった壁がカビを取り除いただけでなく、ボロボロの部分も直ってるなんて。これはまるで・・・―――!?」
ローエはしゃべりつつはっとした。
最近これと似たことを目にした覚えがあった!と。
「どうした?ローエ。」
「・・・えっと、ちょっと前に似たことがあったのを思い出したの。」
「似たこと?」
「お昼用にシチューを煮てて、子供達に呼ばれたからイオリに鍋を見といてもらったことがあったの。すぐ戻ったんだけど、ロックの魔法の練習をイオリに見といてもらうようにお願いして、鍋の様子を見ようとしたら、まな板とお玉としゃもじがきれいになってたの。カビててボロボロだったのに、新品みたいに。」
「!?そりゃあ・・・この壁の状況と同じか?いや、短にホントの新品ではないのか?」
「でも持った感じとかはいつものお玉の感触だったの。まな板もしゃもじも何となくいつも見てるから木目もわかるから。・・・本当にこの壁の状況と同じなのよ。」
「・・・イオリが何かやったと?」
「私はそう思う。まな板とかの件はイオリに聞いてみたけど、知らないの一点張りだったけど、イオリがやったとしか・・・。」
ローエはそう言って壁を見つめた。
流石にそれはない、と冷静なグランに言われそうかなと思っていたローエだが、グランの口からは意外な言葉が出てきた。
「・・・そう、かもしれないな。」
「・・・え?」
ローエはキョトンとしてグランを見るが、グランは複雑や顔をしていた。
なぜそんな顔をするのか?
実はグランには心当たりがあったのだ。
遡ること前日の夕方。
グランがゴリラにやられそうな時。
グランは確かに聞いたのだ。
「蔦の精霊!蔦でゴリラの腕を拘束してくれ!」
「泥の精霊!ゴリラの足元だけ柔らかくして底無し沼状態にしてくれ!」
「石の精霊!結構いっぱい石つぶてお見舞いしてくれ!」
「5秒遅れる現象」の時は行動速度は5倍速になるが、音や声は5倍になっていない。
声が5倍速になっていたら精霊が聞き取れないのだが、あの現象中、精霊達はちゃんと聞いて実行していた。
よくよく考えたらイオリは気付きそうだが、現象を第3者もしくは客観的に見ないとなかなか気づけないので、未だにイオリはこの事に気付いてない。
(言動や雰囲気であいつは悪い奴とは思えないが・・・記憶喪失といい、得体が知れないな・・・。孤児院に悪影響がなけりゃあいいが、子供達やローエを危険に晒すようなら・・・容赦しねぇ。)
そうグランは思い、厳しい顔をしていた。




