175話 レベルA試験
初登場のモブ貴族セシリオ視点です。
「――――――――・・・・・・では、セシリオ様。いつものように、よろしくお願いしますよ。」
「ああ、任せてくれ。」
私に簡単な資料を渡して、ノヴェーラの町のハンターズギルドのギルマスはにこやかに言ってきて、私も笑顔で応えた。
私、セシリオ・フィド・プレチデスはプレチデス伯爵家の次男だ。
17歳で、一応成人はすんでいるが実家暮らしで伯爵家嫡男の兄の仕事を手伝う傍ら錬金術師に師事している。
元々錬金術に興味があり、師匠としている錬金術師から独り立ちを認められれば実家を出て錬金術師になろうと思っている。
そんな私は今、実家の応接室で訪ねてきたギルマスと打合せしている。
明日、レベルA試験が特別に行われる。
来月レベルSを受けることがすでに決まっている、ある人物のために急遽行われることとなったレベルA試験。
試験を受けるのはたった1人、勇者イオリ・アソウだ。
ついこの間陛下が発表されて今ローワン王国中、いや世界中で最も話題の人物だ。
このイオリのために行われる試験。
実力試験はパスしているとのことなので、明日やるのは野外試験のみだ。
その審査は私がすることになっていて、そのことはもちろんイオリには内緒である。
試験の内容はイオリには「セシリオという貴族を1日護衛すること」と説明されるそうだが、私に課された本当の試験内容は「依頼人からのどんな無茶苦茶な要求にハンターがどこまで応えられるか」というものだ。
ハンターたるものレベルが上がると様々な依頼を任されることとなるが、依頼人がいい奴とは限らない。
ある程度ギルド職員が依頼を精査(依頼内容に不備はないか、依頼人が犯罪者もしくは内容に犯罪性はないかなど)すると言われているが、絶対に全ての依頼が安心安全とは限らないのだ。
例えば内容が間接的に犯罪に繋がったとかそこまで精査しだしたらキリがないために選んだ依頼が大丈夫かどうかは最終的には半分ギルドの責任もう半分自己責任となる。
そういう時にはどこまで依頼内容に応えるか、がハンターには求められて判断力・流されない決断力などをレベルA試験では見るのだ。
そのため、ギルマスからの要望で依頼人となる私は絵に書いたような嫌な貴族を演じて無理難題を吹っ掛けることとなっている。
実際にプライドの塊のような貴族なんていくらでもいて、ハンターのことを人間以下と思っている貴族もいる。
そのために都合も常識も考えずに理不尽で自分勝手な言動でハンターを振り回す貴族が依頼人ということはいくらでもあることだ。
そういうこともあって貴族の出す依頼はレベルSかAしか依頼をしないようギルドが気を遣っているため、レベルAの試験を受かったら貴族と関わることになる。
そのために、レベルAの野外試験はあえてそういう貴族を見せることで「貴族の依頼人は基本的にこんな奴だから気を付けろよ」と手本を見せておくためでもあるのだ。
本来、私は赤紫の髪に赤い目の顔は貴族らしく派手だと言われるが錬金術と本が好きな地味な性格をしているし、錬金術の素材集めの資金をためるために時にはハンターすることもあってハンター事情もわかっている。因みにレベルCだ。
ハンターをやるためにちょくちょく変装して町に通っているので庶民を見下すこともしていないし、なんだったら露店の串焼きのような庶民の味の方が好みだったりする。
ギルマスは私が貴族なのを知っててこうして試験の審査を依頼してきて、これまで何回もレベルAやBの野外試験をやった。
審査の依頼をされるのは実はメリットがある。
それだけギルドから信頼されているという証拠となって、私がほしい素材の情報をくれたり譲ってくれたり、私自身がレベル試験を受ける時には加点もされているのだ。
実は最初は錬金術の師匠が素材探しに依頼をしていて、すすめられてそれで私も素材探しを依頼するようになって、その内に自分もハンターとなって直接素材探しをやりたいと思うようになってハンターにもなったのだ。
師匠はハンターになったことを喜んでくれて「そうやって色んなことをやってみるんじゃ。そうしたら思わぬ出会いが幸運を呼び込むこともあるぞ。」と言ってくれたっけ。
そういえば、この間も師匠に会ってたまたまその話になったら「そうそう、その言葉はしっかり覚えておくんじゃぞ?例えば、複数の精霊の魔法を見せたら感動していた若者が実は勇者だった、とかあるかもしれんからのう。」と言って笑ってたがどういうことだろう?
変な例えに勇者なんて出してちょっとボケてきてるんだろうか。
まあ、そんなことよりと私はギルマスに渡された書類をめくって内容を読む。
これはイオリに関することや明日の試験中の台本が載っているのだが。
私はイオリに関することのページで首を傾げることとなった。
「ギルマス・・・これは本当なのか?」
内容は実力は最低でもレベルS、魔法は際限なく使えて空間魔法だけじゃなくクープーデン様のように結界魔法も回復魔法もできる。
その上、存在しない動物の姿の魔法を使った?
うん、全然意味がわからない。
「ここに書いてある通りです。実力は速くて俺でも見えるけど防げないだろうなというくらいで、恐らく構えが素人臭いですからちゃんと習えばレベルSでもおもちゃにされるでしょう。魔法は異常としか言いようがなく、魔力切れどころか減ったかもわからないほど。全く集中してない詠唱で通常以上の魔法効果が出るようで、集中して魔法を放つところはなんとなく本能が危機を知らせてきているような気がするので絶対にやめた方がいいです。極めつけはその、存在しない動物の姿の魔法です。先の「大群」の時にそれらをどこからか出してきたんですよ。80体も。」
「は!?80!?」
「土の蜘蛛や水のサメなど魔法にありますか?ないですよね?そんな存在しない魔法をイオリは平然と使ったと思っていましたが、先日の陛下の発表で「勇者イオリは精霊と魔法をせずもと会話ができる」という言葉で合点がいきました。イオリは精霊と会話をして存在しない動物の魔法を出したということです。」
真剣な顔で言ってくるギルマスに、私はついぽかんとしてしまった。
それはそうだ。精霊と話すのは魔法をかいさないとできないというのは当たり前のことで、クープーデン様が10分話せるだけで世界中が羨望するほどのことなのだ。
「イオリは、そ、そんなに気軽に精霊と話せるものなのか?」
「イオリはその発表があってから隠さなくなったようで、今ではどこでも喋りまくってます。あんまりにも普通に話すから町の者たちも今ではすっかり慣れてしまっているくらいです。」
あり得ない現象なのに町の者たちがすっかり慣れたとはどういうことだ?
そんな剛胆な町じゃなかったはずだが・・・。
「気にするだけ損ですよ。あいつは自分がどんだけなのか無自覚だから町中でも平気でやらかすんです。だから町の者たちも慣らされたようなもんです。今ではイオリがあまりに気軽に勇者の剣を呼ぶもんだからほとんどの人がありがたくも見てませんよ。」
「・・・は?勇者の剣を呼ぶ?」
「イオリによると勇者の剣は意思があるそうで、イオリが勇者の剣の名前で呼ぶと空から飛んでくるみたいです。用事が終わったら勝手に空に飛んでいくそうで、普段空のどこにいるとかイオリにもさっぱりらしいです。」
「・・・は、はあ。」
私はそうとしか返事ができなかった。
どう考えてもおかしい。
どこにって?全部にだ。
俺は平然と嫌みな貴族になれるんだろうか?
イオリの試験、とんでもないことにならないだろうか・・・?
セシリオくんの予想は当たります。




