16話 初めての依頼
ハンターズギルドに到着した俺は、すぐさま中に入り依頼の張り出されている掲示板へ向かった。
掲示板の前は午後だからか、あまり人が集まってなくて、2~3人が見ているくらいだった。
俺もその後ろから覗いてみるが、あらかたの依頼は午前中に取られたようで、掲示板には依頼書が5~6枚張ってあるだけだった。
討伐やら、護衛やら採集やらある中、町中で完結しそうなものは1つだけだった。
「ふむふむ、緊急の配達の依頼ねえ。」
配達の依頼というのは、ある店から荷物を受け取って、ある店に届けるというもの。
この依頼は「今日中に城下町ノヴェーラの第2地区にある加工場から同町の第4地区にあるグランデニア商会の道具屋に届ける」というものだ。
成功報酬は1000G。
安いけど同町なので危険性はないし、第2地区から第4地区への距離的にも、20分もかからない依頼だから安くて当たり前だ。
「ん?・・・グランデニア商会の道具屋って・・・。」
聞いたことあると思ったら、この道具屋は薬草を売った道具屋じゃないか。
まあ、届ける場所がわかるし、初めての依頼としてはこれくらいでいいかなあ。
掲示板から依頼を取って、カウンターに持っていくと受付の女性がにこやかに対応してくれた。
「緊急の配達の依頼ですね。では依頼受理の登録のためハンターズカードをお願いします。」
「はい。」
受付の女性は依頼の紙に俺のハンターズカードの情報を書き込んでカードを返してきた。
「ではこちらの証明書を持って第2地区の加工場に向かってください。加工場はこのハンターズギルドを出て大通りを西に行くと装飾品の店があります。そこの裏に加工場がありますので、そこの受付にこちらの証明書を渡して頂けると荷物を受け取れる手はずになっております。
荷物を道具屋に届けると、配達完了証明書をもらえると思いますので、それをこちらに持ってきて頂くと依頼完了となり、成功報酬をお渡しする流れとなります。」
「なるほど。わかりました。」
証明書をもらった俺は早速加工場へ向かった。
西に行って装飾品の店の裏手・・・。
お、ここかあ。
普通の家とはちょっと違って、工場っぽい四角い外観だった。
ドアを開けると入ってすぐが受付のカウンターという、ちょっと狭い玄関だった。
「いらっしゃい。」
受付の男性はちょっといかつい感じだった。
カウンターの上には少し大きめの箱が置かれていた。
「すいません。ハンターズギルドで配達の依頼を受けたイオリと言います。」
そう言って証明書を渡すと、男性は「お、待ってたぜ。」と言ってカウンターの上にあった少し大きめの箱を差し出してきた。
「ちょっと大きい箱だが軽いから片手で持てるはすだぜ。だがなるだけ乱暴に扱わないでくれよ。」
「は、はい。わかりました。」
持ってみると本当に片手で持てるほど軽かった。
荷物を持って外に出て、マジックバックに入れようかと思ったが、マジックバックよりでかかったので入らず、片手で脇に抱える感じで持って行くことにした。
大通りに戻って噴水がある中央に向かって歩き、そこから南に行けばすぐだ。
多分15分で着くなあ。楽な仕事だな。
これくらいなら俺としては楽だしいいんだけど、実際問題、安いからこれだけで暮らしていけない。
1000Gなんて、1食分をだいたい700Gとしたら、残りは300Gとあんまり残らないし。
やはりちょっと危ない仕事をしないと生活費を稼ぐには難しいんだろうか。
でもあんまり危険な依頼ってのは・・・う~ん。
ラノベ読んでたあっちの世界の俺だったら、即日魔物をヒャッハーするのにあんまり疑問を持たなかったけど、いざ自分がその立場にたったら怖いものは怖い。
ちょっとずつ軽い依頼からやってって、慣れて行くしかないのかな・・・?
とか思案しながら歩いていると、ふと周りの異変に気が付いた。
・・・やけに周りがゆっくりだ。
通行人も露店の人達も、馬車のスピードも馬の動きも。
というか、音がスロー映像見ているみたいに伸びてるみたいに聞こえる。
・・・全部が5秒遅く見える。
そんな現象、最近体験したばかりだ。
でもなんでこの現象が今起きてる?
驚きつつ、周りの状況を確認しようと周囲を見回すと、1人不審な奴が俺の後方2mの所にいた。
パッと見はそこらにいる町の人たちと変わらず軽装で、黒い髪の短い少し恰幅のいい20代男性。
しかし目がギラついていて右手にはナイフを隠し持っている、明らかに不審な奴はまっすぐ俺を睨んでいた。
その姿を見た俺は2つのことがわかった。
あの不審な奴は俺に危害を加えるつもりでいること。
そして5秒遅くなる現象はどうやら俺に危害が来る可能性があるときに俺の意識とは関係なく起こると思われること。
謎現象は後で考えるとして、今はあの不審な奴だ。
男に近づくと男はゆっくり驚きだした。
俺はそれを無視しつつ、男の右手のナイフを手刀で叩き落として素早く拾ってマジックバックに入れた。
そして・・・スタコラサッサ!走って逃げた。
男は手ぶらだったから武器はナイフしか持ってなかったと見ていいと思う。
魔法が使えるかはわからないが、ナイフを隠し持っていた位だから騒ぎにはなりたくないはず。だから魔法は使わないと考えた。
と言っても、それ以上は何もできない。
なぜなら俺は何も被害にあってないから。
そして被害がないなら、男を倒す理由がない。
だから逃げるという選択肢をとった。
相手は武器はないし、俺は5秒早いので捕まる可能性は極めて低いと考え逃げるという選択をとったのだが、その選択には間違いがなかったようで、俺があっという間に通行人の間をすり抜け、逃げていくのを男は呆然と見ていたのがチラリと見えた。
そのまま俺はしばらく駆け抜けて、道具屋の前に到着した。
到着した直後に、周りのゆっくり現象はなくなった。
一応周りを見渡したが、あの男の姿はなかった。
道具屋の中に入って、前に並んだ買い取り用の受付のカウンターとは別のカウンターへ行くと、受付の女性が対応してくれた。
「いらっしゃいませ。」
「配達の依頼で加工場から荷物を持ってきたイオリと言います。」
そう言って荷物をカウンターに差し出すと女性はにこやかに受け取ってくれた。
「ありがとうございます。こちらが依頼完了の証明書となります。」
「ありがとうございます。・・・あの、この荷物って物騒な物入ってないですよね・・・?」
「ええ・・・。この中は衣類が入ってるだけですが、どうかされましたか?」
「えっと、実は・・・―――」
俺が先ほどあった、不審な奴がナイフを持って近づいてきたことを話すと、女性は目を見開いて驚いた。
「え!?それは・・・大丈夫でしたか!?お怪我は!?」
「あ、それは大丈夫です。ナイフ叩き落として逃げてきたので。」
俺のその返事にも女性はなぜか驚いていた。
「ええ!?逃げてって・・・。いえ、それより申し訳ありませんが、奥の部屋に来て頂いてよろしいでしょうか?」
はて?奥の部屋とはこの間来たときに通された部屋だろうか?
なんでそこに?
その疑問はどうやら顔に出ていたようで、女性は慌てて説明してくれた。
「あ、申し訳ありません。その不審な者について心当たりがあるのです。説明しますので、奥の部屋に来て頂いてそこで説明しようかと思いまして。」
つまり、ここでは話せないってことか。
なんか事情があるっぽいが、正直ハンター初心者だから、あんまり面倒ごとに巻き込まれてもアワアワするだけだよ?
まあ、事情は気になるけどね。
俺が了承して通された部屋はやっぱりこの間来た取引用の部屋だった。
部屋に入って数分すると、この間取引した店長がやって来た。
店長は俺を見ると驚いた表情をしたが、すぐに気を取り直して俺の前のソファーに座った。
「君はこの間、薬草を売ってもらったイオリ君、だったね。君の薬草は昨日上級ポーションに出来て貴族用に卸させてもらったところだよ。とても品質のいいポーションになったから、改めて売ってもらったことお礼を言うよ。」
「いえ、こちらこそ高く買ってもらったので、この通り装備を整えさせてもらいました。」
「それはよかった、似合ってるよ。」
「ありがとうございます。」
「さて、本題にいこうか。配達の依頼で不審な者と遭遇したとのことだが・・・。」
そこまで言うと、店長は座ったまま深々と頭を下げてきた。
「すまない。実はその者は荷物を奪おうとしたんだと思われるんだ。」
「か、顔を上げてください。あの状況で荷物を奪おうとしてたことはなんとなく予想してました。俺は面識ない奴でしたし。」
店長は申し訳なさそうに顔を上げてくれた。
「緊急の配達だったから、さすがに襲われることはないだろうと簡単なFランクにしてたんだが、これは追加で報酬を払うことにするよ。」
「それはありがたいですが・・・。もしかして、その口ぶりからして今までも何回も荷物を奪われてるんですか?」
「まあ、一応貴族から庶民から色んな店を手広くやらせてもらってるからね。疎ましがられることが多いんだよ。」
ああ、ラノベで読んだことある気がする。
目立つと妬まれるんだよな、商人の世界って。
この世界もどうやらご多分に漏れずってやつなようだな。
「つまり、嫌がらせってことでしょうか?」
俺の単刀直入の問いに店長は苦笑して頷いた。
「まあ、こればっかりはすぐどうなることではないからね。相手が別の標的を見つけてくれるまでのらりくらりとかわし続けるだけさ。」
どうやら誰が嫌がらせしてるのかもわかってるようだ。
だからといって証拠もなしにこちらから攻めることもできないって感じかな。
そういえばと、俺はマジックバックからナイフを取り出し、テーブルに置いた。
「これ、よかったらどうぞ。不審な奴のナイフです。叩き落として奪って来たんで。」
店長はものすごい驚いていた。
「これは・・・!?いや、君は大丈夫だったのか!?その不審な奴というのは、黒髪の若い男性じゃなかったかい!?」
「え、はい。そうですが?」
「彼は元ハンターで素行が悪くてクビになったんだが、レベルCだったんだよ?彼には何回も荷物を奪われて困ってたんだが・・・。」
ええ!?レベルC!?
普通にナイフ叩き落として逃げてきたよ!?
「いや、でも・・・ありがたい。このナイフが証拠で彼を捕まえることができる。」
店長はナイフをまじまじと見てそう言った。
俺は特に持っててもいらないから、店長にあげただけだが、それがどうやら役に立つかもしれないようだ。
「ふむ・・・。君は田舎出身者だからと思っていたが、よほど田舎で鍛練を積んで町に来たみたいだね。ケロッとした君の態度を見ると、君は強いようだね。」
いえいえいえ。強くないですよー。
誤解ですよー。
その後、なんとか過大評価であると誤解を解きつつ、道具屋を後にした。
ハンターズギルドに依頼達成証明書を渡してことの顛末を話すと、道具屋からすでに追加報酬の話が届いていたみたいで1000Gに追加で5000Gもらった。イヤッホー。




