13話 こっちでも絡まれた
道具屋を出た俺は努めて素知らぬそぶりで町を歩きだしたが、頭の中は大騒ぎだ。
俺としては普通の薬草を売ったつもりだったので、だいたい5000G位かなとか予想していたため、予想を吹っ飛ばす金額に困惑しつつ、少々浮かれていた。
しかしその少々の浮かれもすぐ覚める。
店長の言っていた「帰りに不届き者に襲われる」可能性があることが頭を過ったのだった。
そうそう。こういう時こそ冷静に!だ。
とりあえず、お金が手に入ったらやることを事前に考えていたのでそれを実行しようと、道具屋から近くの雑貨屋に移動した。
雑貨屋もローエオススメの店で、そこで茶色の大きめの斜め掛け鞄と焦げ茶色の皮のブーツを買った。
鞄はさすがに袋を手で持って歩くのはまずいと買ったもので、ワゴンセールの中から大きめでしっかりした作りで1200G、靴は1500Gだった。
金額としては両方とも普通の一般人が手に届く平均的なものだ。
靴は俺が一番最初に欲しかったものだ。
俺はずっとあちらの世界のスニーカーを履いていたのだが、こちらは皮のブーツが一般的な社会なのでスニーカーなどもちろんない。
なので町を歩くたびにチラチラ見てくる人がいることはなんとなく気付いていた。
そこから変に絡まれても面倒なので、お金を手にいれたら買いたかった。
雑貨屋を出て、周りを気にしながら物陰に隠れ、鞄にお金を移し入れて肩から斜めに掛けて、お金を入れていた袋はスニーカーが入ったのでその袋ごと鞄に入れた。
・・・あれ?鞄の中には金とスニーカーが入ってるのに、持った感じはものすごく軽いし、肩から掛けても全く重さを感じない。
しかも鞄の中を見た感じはなんかまだまだ入りそうな気がする?
・・・まあ、こっちの世界の鞄は全部こんな感じなのかもしれないな。とりあえず重さを感じないのはいいから、気にしないでおこう。
皮のブーツを履いて物陰から出て、何食わぬ顔をしてまた町を歩く。
次は宿屋を何件か回って相場を情報の精霊に聞いて、第4地区の治安がいいと言われている所にある宿屋に決めた。
情報の精霊によると防犯もちゃんとしてて、ベットもそこそこ綺麗だが風呂はもちろん沐浴するところもないらしく、それで相場が朝晩食事付きで1日2000Gが平均な所、この宿は少し安くなって朝晩食事付きで1日1500Gとのこと。
宿屋の受付に行くと、今日・明日は生憎満室だそうで、明後日からなら大丈夫とのことなので、明後日の夕方から1週間でお願いした。
そして総額の半額が宿泊初日に、残りの半額が最終日に支払うこと、宿泊日数を延長したい場合は最終日の支払い後に改めて契約すること、万が一部屋を傷付けた場合は修理費は自己負担することなどの説明を受けて、改めて明後日の夕方来ることを約束して宿屋をでた。
お土産に子供達にお菓子と、ローエに少しいい魔物肉を買って帰路につくことにした。
『なあ~、イオリ~。イオリはもともといた世界では人と争ったことがあんまりなかったんだろう?』
第3地区の大通りを情報の精霊と雑談しながら帰っていたら、情報の精霊が変なことを聞いてきた。
「ああ。だいたい絡まれたけど、ヘラヘラして喧嘩はなるだけ避けてたし、喧嘩になってもちょっと殴れる程度ですぐボコボコにされてたな。」
『なんだー、弱いなあイオリは。ヘラヘラしてたらバカにされちゃうじゃないのかい?男なら正々堂々!とかならない?』
「ならない。そりゃ絡まれだしたときはオラオラやってみたけど、格闘技やってたわけでもなかったからすぐ自分が弱いってわかったから、なるだけ痛い思いしないですむならいいかなって思うようになって。」
ファッションが好きなだけで、不良とか喧嘩とかに立ち向かうことにもともとプライドなんて持ち合わせてないしね。
『だったらなんで、さっきからつけてきてる奴がいるって気付いてるの?』
その言葉に俺は眉をひそめる。
「・・・情報の精霊も気付いてたのか。なんとなくだけど、男3人ってとこか?」
『よくわかったね!僕はいつも周りを観察しているから、すぐわかるのさ。イオリは何で?』
「それが・・・よくわかんねえの。なんとなく視線を感じて?みたいな?あっちの世界じゃこんな視線感じたことないよ。」
こちらの世界に来てから感覚が鋭くなったのか?とか考えつつ、イオリは第3地区の路地に足を踏み入れ、ゆっくり歩く。
このまま孤児院に帰って所在を知られるのはまずい。
もしかしたら孤児院だとバレると、人質としてローエ達を襲う可能性もある。
そうなってはますます迷惑をかけるので、町中で解決させる必要がある。
今までつけられたことなどないのに、今日に限ってつけている3人はおそらく店長の言っていた「不届き者」なのだろう。
どうにかなるかわからないが、この路地に誘い込んでどうにかしよう、と俺はゆっくりゆっくり歩きつつ後方の様子を見つつ、3人が路地に入ったところで後ろに振り返った。
「すいません、何か用っすか?」
「「「!?」」」
男3人は驚いたみたいだったがすぐに気を取り直したのか不敵な笑みをしてきた。
3人とも40代ぐらいで荒くれ者のイメージ通りに破れた汚い服に汚れた皮鎧で髪はボサボサのいかつい感じであって、無精髭の男がリーダーのようで、こちらに近づいてきた。
「にいちゃん、その鞄の中の金をよこしな。」
「金なんてもってないっすよ。」
「しらばっくれても、俺たちゃわかってんだよ。にいちゃん道具屋で薬草を売っただろう?」
「売ったけどたいした額もらってないって。さっきまでの買い物で全部消えたよ。」
「嘘つくんじゃねえ!店員が上級薬草って言ってたのを聞いたからな!何万かもらったはずだろうが!?」
俺のはぐらかしに無精髭がイライラして声を荒げた。
どこの世界も短気はやーねー。
「嘘じゃないよー、持ってない持ってない。はい終わり、さよならさよなら~。」
「てめえ!?おちょくりやがって!?」
「兄貴、こいつ頭悪そうだし、殺っちゃって金だけ盗っちゃよくね?」
「こいつ武器も装備してないのにこんなに裏路地に来たのが間違いって教えてやんねえと。ヒヒヒ。」
庵は男達が次々に色々言ってくるのを聞き流しながら、この状況をどうすればいいか決めあぐねていた。
向こうの世界なら最悪は殴り合いで終わる。
しかしここは剣と魔法の世界。
男達が魔法が使えるかはわからないが、少なくても剣を抜かれる可能性があった。
そしてこちらは丸腰、しかも肩から斜め掛け鞄は下げてるわ左手はローエ達のお土産を持つ袋で塞がっている。
自由なのは右手と両足しかない。
さて、どうしようか?
明らかに俺が不利な状況なのに・・・不思議と焦りがない。
「すいません、もういい?俺、あんたたちと違って忙しいんすよ。カツアゲする暇あるって、マジうらやま。」
「てめえ!!なめやがって!?」
冷静な自分に戸惑いながら適当におちょくっていると、無精髭がイライラが限界にきたようで、腰の剣を抜いた。
剣は鉄製で安物なのかろくに研いでないのか、刃がくすんでいた。
「このくそガキ!なめた態度で散々無視しやがって!死にやがれ!」
そう言ってこちらに向かってきた。
ヤバい!どうしよう!?
あわわわ・・・
が、ふと違和感を覚えた。
無精髭が剣を構えてこちらに向かってきている。確かに。
来ているのだけど・・・あれ?なんか・・・遅くね?
なんとなくだが、一歩踏み出すのに5秒以上かかっている。
無精髭の体全体が先ほどまでと違いゆっくりで、後ろの2人もにやついた顔で立っているが、動きはゆっくりだ。
そして周りを見渡して、さらに驚いた。
周りもゆっくり動いている・・・!?
空を飛ぶ鳥も、たまたま近くを通りかかった女性の驚きかたも、見えるところに店を構えてた露店のおじさんのこちらを訝しく見る顔も、さらには舞い散る葉っぱすら異常にゆっくりなのだ。
周りに驚いている間にもゆっくり近づく無精髭はゆっくり剣を振り上げた。
そのまま振り下ろして俺を切るつもりか。
剣を振り上げたのを見て、俺はなぜかどう動けばいいかわかり、体が自然と動き出していた。
無精髭の振り上げた右手を自分の右手で掴み、右足を一歩引くことで右半身を後方に捻りながら掴んだ右手を自分の後ろに流すように引っ張る。
無精髭がバランスを崩したところで一歩引いていた右足を無精髭の片足を蹴るように引っ掻けると、豪快に転倒のいっちょ出来上がり!である。
ついでに転倒した拍子に手放した剣を素早く掴んで無精髭の鼻先に突き立てる感じで石畳に刺しておく。
あれ?くすんだ剣が石畳にさっくり簡単には刺さったな?
鉄製ってこんなに石切れるのかなあ?
など思ってたら、驚愕の目でみてくる3人。
「ひ、ひい・・・!」
無精髭は慌ててその場から立ち上がると、一目散に逃げ出し、後の2人もそれを追って逃げていってしまった。
「あ、あれ?」
無精髭が悲鳴をあげたところでなぜか周りのゆっくりの感覚が治って、今は普通の感覚になった。
驚いていた女性は慌てて逃げ、露天のおじさんは知らんぷりして接客していた。
一目散に逃げる3人にも戸惑ったが、この感覚にも戸惑い、頭を捻る。
『すごいね、イオリ~!!一瞬で転ばして一瞬で剣を突き立てるなんて、何が自分は弱い、だよ~~!!』
左肩に乗ってる情報の精霊がテンション高くジャンプしまくっている、のが感覚でわかった。
「え?一瞬?・・・情報の精霊、俺が無精髭を転がしたのって一瞬だったのか?」
『なにいってんのさ!時間にして2秒位だったよ。そして剣を突き立てたのも2秒位かな。』
おかしい。
俺としては無精髭が一歩踏み出すのに5秒位だったので、それ基準に考えると無精髭を転ばすのに10秒ちょい、剣を突き立てたのもそれくらいかかったはず。
合計20秒が4秒に?
あの時に普通に転ばす回避方法が思い浮かんだかもわからないが、それを初めてやったのだから初心者がそんな素早く出来るわけがない。
つまり、あの時、俺だけが感覚が5倍になった?
などと思っていたら、無精髭の剣がまだ地面に刺さっていたのに気が付いた。
このままでは通行の邪魔になるかな、と抜いてみたら普通に抜けたので、そこら辺の壁に立て掛けて、わからないことをいつまでも考えていてもしょうがないか、と帰路につくことにした。
剣はそのままもらってしまおうかとも思ったが、なんかあの無精髭のってだけで嫌だなあ~っと思ってしまったので俺に未練なし。
カチャカチャ・・・カチャ・・・
「ん?なんの音だ?」
ふいに左肩にいる情報の精霊からそんな音がしたので、丁度ひと気のない所だってので「視て」みる。
左肩にはものすごい勢いでノートパソコンをつつく情報の精霊の姿があった。
「・・・は!?ノートパソコン!?なんで!?」
『ちょっと今、イオリの戦いを情報ネットワークに流してるから、黙ってて!』
なんなのこの世界!?




