閑話 ある屋敷にて
ちょっと長いです。
ここは人間界のある屋敷。
「父上、呼んだか?」
バルドゥインは父親のいる執務室のドアをノックして中に入り、そう声をかけた。
ゆったりとしたイスに腰かけて優雅にワイングラスを傾ける父親は、バルドゥインを一瞥すると鼻で笑い、またワイングラスを傾けた。
デスクの上には書類が乱雑に置かれているが、その上には空のワインボトルがいくつも転がっていてこの父親がだいぶ前からワインを飲んで酔っているのがわかる。
「やっと来たかバルドゥイン。遅いぞ!」
「遅いもなにも、俺は帰宅したばかりなんだが。」
「嘘をつくな。騎士団なぞ、こんな時間までやることなどないだろう?」
「・・・今日は例のハンターの指導の最終日だったんだ。」
例のハンター、という言葉で父親はピクリと眉を潜めた。
「なんだまだやってのか?あのよくわからん頭の悪そうなハンターの。」
「アレのなにがいいのかわからないが、騎士団長がえらく気に入ってるようだからな。来月以降も騎士団に来るそうだ。」
バルドゥインが苦い顔をすると父親も似たような苦い顔をした。
「あんなよくわからん素性のものを騎士団にというのは品位に関わる。俺から騎士団長に抗議してやろう。」
「そうしてくれ。ついでに俺を部隊長にしろって圧力かけといてくれよ。部隊長になったらサボりやすそうだし。」
そうだな、と父親は笑った。
バルドゥインは内心ホッとした。
サボったことで部隊長にどやされた後、無理矢理4回目に参加させられこれで会うこともないだろうと思っていたのに、その後どうやら来月以降もあのハンターは他の騎士を指導に騎士団に通ってくるらしいと噂を聞いてうざったく思ったのだ。
前に生意気だと思ったのでゴロツキを雇って襲撃させようとしたが、なぜかゴロツキどもが集合時間を間違えたり武器を持ってこなかったりして結局襲撃は実現しなかったのだ。
全員に1度に同じ日時と時間を言ったはずなのにゴロツキどもは全員日時も時間もバラバラに覚えていて、武器を持ってこいと言ったのに持ってこなくていいと聞こえたとなぜか情報が錯綜していたのだ。
だが、高位貴族の父親の抗議は無視できないだろう。
そうなればあのハンターは見ることもない。
あの生意気な平民を見るたび思ううざったさから解放されると思うとバルドゥインは少し機嫌を良くした。
「ところで父上、あの件はどうなった?」
「あの件というのは?」
「もうすぐ王族もしのげるほどの権力が手に入るって言ってたじゃねえか。そうしたら双子姫のどっちかと結婚させてくれるって。」
父親はそれを聞いてうっとまた苦い顔をした。
「実は・・・問題が起きたようでな。だが、計画は進めている。まもなくになるが権力が手に入る。」
「本当か?だったら・・・俺はエティエンヌ様が欲しい。」
バルドゥインは少し頬を染めて真剣な顔をして言った。
「なんだ、お前はお転婆がいいのか?」
「明るくていいだろ?顔もいいけど胸もでかいし。」
実はバルドゥインは子供の頃に高位貴族の嫡男ということで王族に挨拶する機会があったときに、幼い双子姫に挨拶したことがある。
その時に明るくて微笑んだエティエンヌに一目惚れしたのだ。
それからは年に1度開催される大規模な貴族のパーティーで言葉を交わして気に入られようとしているのだ。
元々騎士団に入ったのは体を鍛えるためだけに入っただけで、その後エティエンヌが騎士団長ロディオータを気に入っていると噂を聞いてロディオータのやることなすことが気に入らなくなってサボるようになったのである。
そんな想いを知ってか知らずか父親はニカッと笑った。
「さすが我が息子だ。もちろん、結婚させてやろう。その時を楽しみにしとくんだぞ。」
「ああ。早いとこその権力とやらを手に入れてくれよ。」
ロディオータどころか、そのうざったく思っているハンターがとんでもないライバルだとはバルドゥインはまだ知らない。
ところ変わって魔界のある屋敷。
魔王軍副将軍ペルフィドはひどくイライラしていた。
「くそぅっ!!」
5mは超える巨体は茶色い毛に覆われ、狼の頭に口からはみ出た鋭い牙を剥き出しにして、金色の3つの目は怒りに満ちている。
背中に生える毛は怒りで逆立ち、頭から生える2本の黒い角を振り乱す。
軍服を着ていてもわかる巨体に相応しいほどに太く大きな両腕は血で真っ赤に染まっていて鋭い爪からは血を滴り落ちている。
「ペルフィド様、落ち着いて下さ・・・。」
「うるさい!!」
苛立ち紛れにバラバラにしたメイドの頭がゴロリと起き上がって主人の怒りをなだめようとするが、ペルフィドは声を荒げる。
他のメイドが慌ててやって来て、バラバラになったメイドの体を回収していく。
そしてバラバラの体を繋げるために一旦部屋を出ていく。
メイドはゾンビであるためバラバラにされても平気で、バラバラにされても患部を繋げたらすぐにくっつくのだ。
だから癇癪持ちのペルフィドのメイドとして働いているのだ。
ペルフィドはひとりごちる。
どうしてこうなった?
なぜ俺は謹慎させられた?
人間界に魔物の大群を送るのは皆やっている。
俺もそれに便乗した。
多くの人間を殺し回れば、皆が俺に畏怖して魔王軍内の地位も上がると思ってのことだった。
俺は今は魔王軍副将軍だが、もう少し功績を上げれば将軍になれると言われている。
そして将軍になって功績をさらに上げると爵位を賜れる。
爵位は魔界の魔物たちの憧れのものだ。
人間どもは血統で貴族が決まるらしいが、魔界は実力主義。
魔人だけでなく魔物の中でも高い実力を持つ者が爵位を賜れるなんてのはよくあることだ。
俺は爵位がほしい。
いや、俺という実力者は爵位があって当然なのだ。
その俺の実力を見せるために、魔物の大群を人間界に送った。
より大きな成果を期待してアスピドケロンを送った。
まだ子供ではあるが、あの巨体をどうにかできる人間はそうそういないだろうと思ってのことだ。
魔王軍がなんか知らんが魔物の大群に関与しないのはなんとなくわかっていたが、バレることはないだろうと思っていた。
もしバレても部下のせいにしたらいいし、俺の実力ならどうにでもできると思ったからだ。
・・・だが、なぜこうなった?
魔物の大群は空間魔法で魔界に帰ってくるわ、アスピドケロンは吹っ飛んでくるわ・・・。
しかもアスピドケロンは人間にケツをぶっ叩かれて飛んできたとか訳のわからないことを言っている。
とにかく、俺の魔物の大群は人間を誰1人殺すこともできずに戻ってきたということだ。
こんな屈辱はない!!
しかもアスピドケロンを魔物の大群と一緒に送ったことがあの方にバレてしまった。
そしてあの方が補佐をしている魔王様にすぐにバレてしまった。
その結果、俺は謹慎ということで自分の屋敷に軟禁されているのだ。
くそっ!くそっ!どうしてこうなった?
「・・・ふふふ、荒れてるね。」
「!?」
静かな部屋の中に突然そんな声がして、ペルフィドが部屋を見回すと少し離れた窓枠にもたれかかる魔界公爵ザウトレーヴの姿があった。
「公爵閣下!!」
ペルフィドはすぐさまその場で跪いた。
血に濡れた床を気にすることなく膝をつける。
そんなことを気にしている場合ではない相手なのだ。
「謹慎を言い渡してしばらく経つけど、調子はどうかな?」
ザウトレーヴは何を考えているのかわからない笑顔を浮かべてそう聞いてきた。
「・・・は。愚かなことをしたと反省しておりますが、ご覧の通り・・・籠ることに向いてないのか、力をもて余しております。」
愚かだと思ってもいないし反省など微塵もしていないが、ペルフィドは取り繕う。
ザウトレーヴがこの場にいることに疑問が浮かぶが、魔王補佐で魔王の次に強大な力を持つザウトレーヴにそんな愚かなことは聞いてはいけないことはいくらペルフィドでもわかっている。
自分は将軍になるほどの力を持ってはいるが、ザウトレーヴとまともに相対するほどの力を持っていない自覚くらいはあった。
「・・・ふうん、そう。」
ザウトレーヴはペルフィドの取り繕いなど興味無さげにそう呟いた。
返答が気に入らないと言われて消される可能性はとりあえずなくなってペルフィドは心の中で安堵した。
「力をもて余しているならちょうどよかった。今日来たのは、君に話があったからなんだ。」
「は、話ですか・・・?」
「君にチャンスをあげようかと思ってね。確か君は将軍になりたいんだったよね?」
その言葉にペルフィドは目を見張り何回も頷いた。
「これから言うのは極秘任務だ。これを成功させたら将軍にして、さらには子爵の爵位を賜れるように魔王様に進言してあげよう。」
不自然なほどニコニコ笑うザウトレーヴの言葉にペルフィドはすぐに食いついた。
「将軍だけでなく、子爵を!?やります!やらせて下さい!!」
ペルフィドの即答にザウトレーヴは満足そうに頷いた。
「とてもいい返事で安心したよ。ペルフィドなら絶対にやると言ってくれると思ってたよ。」
「ありがとうございます。それで、その極秘任務というのは?」
ザウトレーヴは懐から掌サイズの白い石のような物を取り出した。
「これは最近開発できた魔道具でね、どんな結界もこの魔道具に触れたら破壊できるというものだ。数回しか使えないけど、これを使わないといけないところに行ってもらいたい。」
その魔道具をペルフィドに渡した。
「人間界に行ってこの魔道具を使ってローワン城に攻め込み、勇者の剣を破壊するんだ。」
次からは新しい章となります。
いくつかある山場の最初の山場となる予定です。
これからも楽しんでいただけると嬉しいです。




