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「お城に着いた時点で30分経ってるんですけど。もうお店に戻る時間なんですけど」
ちょっとでも判り合えたと思った私が馬鹿だったのだ。あいつら貴族が平民の生活に配慮なんてする訳がなかった。
馬車の中で話をするのかなと思ったのに、そのまま城まで連れてこられて眩暈がした。
結局、先日のあの寝かされていた部屋まで連れてこられてしまった。くそがっ。
「ちゃんと女将さんと料理長さんには話をつけてある」
悪態を吐いていた私に、王太子さまから声が掛かる。その後ろには、ムーアだけでなく綺麗な女性も一緒にいた。
「りん、私の婚約者エリゼリア・ゴードン公爵令嬢だ。エリゼ、こちらが君のいっていた人であってるかな」
金髪と菫色の瞳。日本人なら誰でも一度は考えたことのある配色のすっごい綺麗な人だった。
でもさ、髪型だけは違うのが良かったな。
こんなゴージャス金髪ドリルヘアをリアルで見ることになるとは思わなかった。芸人さんにいたけど、こんなに見事な縦巻きロールじゃなかったしもっとボサボサしてたと思う。それに比べてエリゼさんの縦ロールの艶やかさは一見の価値があると思う。マジで。
その人はゆっくりと肯いた。ちょっと震えていてまるで怯えているようだった。
強引に呼び出しておいてこの態度。この人も、なかなか失礼な人だと思う。
「それと、りん、女将とオーナーには話を通してある。そんなに怒らないで彼女の話を聞いてくれると助かる」
なるほど。今回の件は、このエリゼさんという女性が発端なのか。
私は、『美人だからってやりたい放題してくれるじゃないか』と無駄な敵意を燃やしていた。
皆で応接セットに並んで座ると、メイドさんが紅茶とお茶菓子を配ってくれた。良い香りがする。家で飲んでいる紅茶がいかにモドキでしないかと判る。くぅ。ブルジョアめ。
王太子様が軽く手を挙げると、メイドさんは頭を下げてから退出していった。
しばし誰も口を開かず、ただ紅茶を飲む音だけがしていた。勿論私が立てる音だ。他の3人はすっごく静かでカップを下ろしても、カップの中に波紋すらでない。どうやってるんだろ。
時間だけが無為に過ぎていく。私はそろそろ我慢も限界に達しそうだった。
帰りたい。仕事させろ。
「エリゼ、りんには無理をいってここに来てもらっている。きちんと説明してくれるね」
王太子さまが促した。おぉ。判ってる。
エリゼさんはぎゅっと目を閉じてから、訥々と話し出した。
「あの…りんさんは、ユウキ・リンさんではないのですか?」
確かに私の名前は友木りん。ユウキとも読めるから子供のころから『ゆうきりんりん』と呼ばれることもあった。でも別にそう呼ばれるのが好きな訳じゃないし、私の名前はあくまで『トモキ・リン』だ。
「そうですか…。日本から来た、友木りんさんでよろしいですね。こちらに来たのは昨年4月だったと聞いております。それで間違いないでしょうか」
間違いないので、こくんと頷く。
「…来る時期もおかしいし、バグかしら? でも…」
ブツブツ言っているのが聞こえるけど、ちゃんと聞こえるように話して欲しいんだけどな。というか…
「あの! エリゼさんは、エリゼさんも日本人なんですか?」
バグなんて言葉、こっちに来てから初めて聞いた。パソコンとかゲームのプログラム以外でバグなんて言葉を使う筈もない。…なんて。私が知らないだけかもしれないけど。
「そうです。ただし、りんさんとは少し状況が違うようです。
私には前世の記憶があって、その人が日本人だったんです」
なんというか、想像を越えた衝撃告白がきた。
異世界転移した私がいるんだから、転生した人がいたっていいんだろうけど、なんか吃驚してしまった。
王太子様も吃驚したらしい。
「エリゼが前世持ちだったとは…。それもりんと同じ異世界からだとは。それでいろいろな新しい知識を持っていたり、予言ができていたのか」
ほう。やっぱり預言者ってエリゼさんの事だったのか。いわゆる前世チートってヤツですね。もしかして魔力コンロとか水道なんかはエリゼさんの知識で作ったのかしら。食事とかいろいろ同じようなメニューがあるのもそういうことかな。あ、でももっと昔から日本人とか日本以外の国からも転生とか転移してきてるんだったりして。それも面白いな。
わくわくと想像を膨らませてたら、更なる告白がきた。
「そうしてここは、私が前世でやり込んでいた、あの…ゆ、『ゆうきりんりん♡魔法学園らぶぱ~てぃ』という、乙女ゲームの、中なん、ですぅ」
私の顎ががくんと下がって戻らなくなっていた。
「おとめげーむ、ですか?」
そういう小説とか漫画が流行ってるのは知ってる。知ってるけど、んー。
まぁ異世界転移自体がもうアレだしね。転生もいるし。もう何でもありかな。はは。
「はい。ご存じですか? 『ゆうきりんりん♡魔法学園らぶぱ~てぃ』スーファミで大人気だったんですよ!」
なにかが弾け飛んだのか、一気にテンションが上がったようだ。
「すみません、スーファミ自体を存じません」
いや、名前とか画像では知ってるけどね? 触ったこともないよ、そんな古いゲーム機。
「そ、そうですわよね、私が前世で死んだ時だってすでに旧型もいいところでしたし。イマドキのお嬢さんは知りませんよね」
一気に上がってたテンションが最低ラインまで一気に落ち込んだ模様。エリゼさん、ごめん。
しかし。寂しそうにいうエリゼさんの享年が知りたいような知りたくないような…。
まぁいいや。今は同じ年っぽいし。前世なんか覚えてないだけできっと私にもあるんだろう。判んないけど。
エリゼさんの説明によるそのゲームの内容は、古典的といってもいいようなものだった。
ある日、街中に大きな光が生まれ人々を驚かせる。それは異世界から少女が落ちてきた衝撃によるものだった。
教会で保護された少女は、孤児院でおきた火事により大火傷を負った子供を魔法で治療したことで、光魔法の使い手だと発覚。王国の誇る魔法学院に急遽編入してくる。
そこで、攻略対象達(メイン3人+隠し1人だって。少なくない?)と知り合い、その婚約者たちの仕掛けてくる罠を搔い潜りながら信頼を経て愛を勝ち取る。それだけだそうだ。最近流行りのバトルパートとかミニゲーム的ななにかはないらしい。
「そうなのですか、最近の乙女ゲームは物騒になったんですねぇ」
エリゼさんは新しい知識(但し乙女ゲーム)に興味津々の様子だった。
「そうですね。婚約者を奪われた悪役令嬢たちは、国外追放ならまだマシで、奴隷落ちとか、戦争で敵国と通じてた事実が発覚したとかいって処刑されたりしてるみたいですよー」
まぁやったことないから本当なのかも知らないんだけど。でも中学の時のヲタ仲間には乙女ゲーに嵌まっている子もいて、その子が「悪役令嬢うざっ。シねぇぇえぇぇ」「うおっっしゃーー、処刑キター」とかよく騒いでたから、そうなんだろう。
そして。その攻略対象というのが、王太子ケルヴィン、王太子付近衛兵のムーア、そしてエリゼの弟で公爵嫡男ウィリアム・ゴードンの3人。
残念ながら、隠しキャラについてはエリゼさんは知らないらしい。やり込み度が足りないわね。
王太子様の婚約者はエリゼさん、そしてムーアさんの婚約者はリディアーヌさんという幼馴染さんで伯爵家令嬢、ウィリアムにはまだ婚約者はいないのでエリゼさんがこっちも悪役令嬢やるんだって。大活躍だね。
そういえばスーファミって、容量少なかったっていうの聞いたことあるわ。シナリオと容量とのバランス取るのが大変そうだ。
王太子の「私が、りんに口説かれるのか?」とか、「私を攻略? 家にでも攻め入られるのか」とかムーアさんが言ってて、一つ一つ丁寧に突っ込みをいれたくなったけど、忙しいのでここはスルーしておく。
それにしても、ここが異世界でゲームになっていて内容が未来だってことについてはツッコミなしなのかぁ。それともそこまで理解が追い付いていないってことかな。ははは。
ここまで聞いてみて思ったことは、人物設定はほとんど一緒みたいだけど、それだけっぽいって事だった。だから話半分に聞いておく。半分は信じてるからお話に乗っておこう。それで大丈夫だ、きっと。
「んでもさ、そんなぬるゲーなら別に悪役令嬢だって別に問題ないんじゃないの?」
紅茶のお替りを勝手に注ぎながら、エリゼさんを見ると、顔というか耳も首も真っ赤だった。おー、これはあれだね、ラブだね。
「あー。大丈夫だよ。私、王太子様のこと守備範囲外だから! 完全アウトオブ眼中☆」
きらりんとエフェクト掛かってるイメージでね! 親指を立てて保証してあげるよ。
「私が、守備範囲外…?」
おい、そこでなぜ落ち込んでみせる王太子。婚約者が可哀想だろ。それともあれかな、女の子はみんな自分に夢中だって思ってるとか? それとも脳天チョップとか足蹴にされた衝撃で、新しい世界に目覚めちゃったとか? 怖っ。
「ていうかさ。今の私には、ムーアさんだって、ウィリアム君だってお断りですよ。
私はその攻略対象の誰も攻略するつもりなんてないです。
なんでそんな碌に知りもしない男を追いかけなくちゃいけないのさ」
恋愛するなら、ちゃんと尊敬できる人がいい。傍にいて、嬉しくなるような人。
なんてね。
「あの、でも。実は未確認情報ではあるんですけど… 雑誌に、気になるスチルが載っていたことがあるんです。
誰も攻略できないと、船に乗せられてどこかに連れて行かれちゃうっぽいんです。あの、外国に」
それはあれかな。夜の街を彷徨っていると人攫いにさらわれていく系っぽいやつ? っそれも怖っ。それは嫌だけど、でもさ。
「恋より先に、私は私が自慢できる人間になりたい」
今みたいなお手伝いじゃなくて、自分で仕事をして、きちんとした収入を得て、自分の力で部屋を借りて暮らせるようになるんだ。それができてからじゃないと恋とか浮かれたことを考える気にならないもん。
ムーアさんがこっちを見て微笑んでる。やっぱり自分で稼いでいる人なら通じるよね、この気持ち。