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 目が覚めたら牢屋だった…ということもなく。

 なぜかふかふかの羽根布団に包まって私は寝ていた。四柱式ベッドの本物、初めて見ちゃった…いや、寝ちゃった、か。

 靴は脱がされていたけど、服はエプロンを外されただけでそのままだった。

 木綿の茶色いワンピースとシルクの羽根布団の差が切ない。

 ……痛っ。起き上がろうとして殴られた後頭部が痛かった。触るとコブができていた。ほんとアリエナイ。

 そうっと起き上がってみると、すでに夕方だった。大きな窓からは夕日が射しこんでいた。

 窓の向こうには、二つの月と空を行き交う大きな竜の影。

 あぁ、ここは日本じゃないんだなー、いや外国ですらないんだよね。

 地球に帰りたいって思えばいいのかなぁ。

 あのチョビ髭貴族に襲われる前に戻るんでもいいや。

 異世界転移がありなら、時間逆行もありなんじゃないのかなぁ。駄目かな。

 ぼーっと我ながら呑気なことを考えていると、ノックされて返事もしないのに人が入ってきた。

「なんだ、起きてたのか」

 なんだろう、ものすごくイラっとした。

「黒髪に、黒い瞳。異世界からやってきた娘、か。本物なのか」

「偽物なんじゃないですか」

 明後日の方を向きながら、つい反抗した。

「そうだな。偽物の可能性は高いと思っている」

 ムカつくわぁ。偽物もなにも、私は本物だって名乗ってないわよ。

「偽物なら相手にしないで放っておいてください。私を元の場所に、お店に戻して」

 睨みつけてやる。さっきのチョビ髭よりキラキラした服を着てても気にしないんだから。

「偽物だったらな、牢屋に入れてやるよ」

「私は自分を本物だとも偽物だとも名乗ってここにいる訳じゃないです。大体、なにをお探しかも知らないんですからねっ」

 つい、腹が立ちすぎて、手で掴んでいた羽まくらを投げつけてしまった。

 でも、それくらい腹が立って仕方がなかった。

「ははは。噂通りの暴力娘だな」

 軽く片手で止められてしまった。別に怪我をさせたいわけじゃないけど、あっさりいなされて不愉快度Maxだ。


「この国一番の…占術師が、お前の出現を預言した。

『黒髪、黒い瞳の娘が、異世界からやってくる。

 その娘は、光魔法を使う癒しの手を持っている』、とな」

 馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべたまま、その人がいった。

「そうしてお前が見つかった。

 この国にはたまに異世界から人が落ちてくる。

 しかし、黒髪、黒い瞳の娘となると、そういる訳ではない。

 この国には、黒髪も黒い瞳もいないしな」

 …ちょっと考えてみる。たしかに私っぽい。しかしどうしても違和感がある。

「光魔法なんて使えませんよ。大体、私の元の世界には魔法なんてありませんでしたし」

 そいつの眉がぴくりと上がる。嘘じゃないもん。

「でも、魔法使えるよな」

 厨房の魔法コンロは使っている。あれは中に魔石が入っているので、魔法が使えなくても少しでも魔力を流せば使える優れものなのだ。だから私でも使えるのだ。

 ちなみに、水道も同じだ。魔石に魔力を通すと水が出る。

 でも、ランプはオイルだった。この世界では光魔法というのはとても稀少なのだそうだ。

「コンロが動かせる程度ですよ。魔法はさっぱり。なんとか魔力を通せるってだけですね」

 正直に話す。ついでに気になっていることを聞いてみることにする。

「それでですね。その予言にあった娘を探してたのって、ずっとなんですか?

 予言はいつ成されたんですか」

「…ずっと探していて、ようやくお前が見つかったんだ。

 予言から、もうひと月も前になる。諦めかけていた時だった」

 それを聞いてほっとした。なんだ、先に言ってよねって気分だ。

「なら、それは私じゃないです。私がこの世界に来たのはもう一年以上も前ですもん」

 ……沈黙。

「それは、本当か」

「Yes!」

「証明することはできるか」

「街外れのセントクレア教会の神父様とシスターが保証して下さると思います。お二人に保護をして貰った私は、そこの孤児院でお手伝いをしながらここでの生活について教えて戴いたんです」

 くくく。目が泳ぎだしたぞ。自分たちの確認不足を反省するがよい。

「そして町の世話役であるバーナードさんに紹介状をいただいて、あのお店に勤め出しました」

 目の前の人が額に手をやった。くくく。効いてる効いてる。

「それが大体一年前です。だからこの世界に来たのは更に1か月以上前でしたねー」

 ……

「確認を取ってくる。それが終わるまでこちらで待っていて欲しい」

 おぉ。随分と扱いが変わったわ。そうよ、そういう態度だったら私だってちゃんとした対応したのに。

「判りました。でもお早くお願いします。部屋でタイガが待っているのです」

「…男と同棲しているのか」

「猫ですけどね」

 できるだけ早く戻ってくるとだけ呟くようにいって、男は立ち去った。


「名前すらいわないでいなくなるとか。ほんと、この世界のお貴族様って偉そうすぎるよねー」

 はぁ、お腹すいたなー… くぅ、とそこは小さく不満を洩らした。

「でもその前に…トイレ行きたい。うう。どこだろう」

 勝手に部屋から出ていいのかしら。

 私はできるだけ音をたてないように気を付けながらベッドを下りて、そっと扉の外に顔を出した。

「部屋に戻ってろ」

 うわっ。部屋の外に兵隊さんが1人立っていた。吃驚した漏らすかと思ったよぅ。

「…あの、その…ト、イレにですね」

 モジモジというと、その人が真っ赤になって謝ってきた。

「すまない。トイ、れは、この扉ではなくて、もう1つの方を開けて貰えばある。

 洗面所もあるので、顔を洗ったりもできるので自由に使ってくれ」

 お。結構やさしいっぽい。なので、もう1つのお願いもしてみることにする。駄目で元々だもんね。

「ありがとうございます。それと、ですね。実はその…私、働いている時に連れてこられてそのままだったので、朝ご飯を日の出の前に食べた切りでして。そのそろそろ眩暈がですね…」

 話しているうちに貧血を起こしそうになった。いかん、本当に漏らしちゃう。

 私は返事も聞かないまま、トイレを探すために部屋に引っ込んだ。


「ふぅ。危なかったー」

 ぎりぎりだったよー。

「…女性はそういうことはあまり口にしない方がいいと思う」

 いつの間にか部屋の中に誰かいた── って、さっきの兵隊さんだった。

 その手にはワゴンがあって、なにやらいい匂いがする。

「簡単だが食事を用意させた。すぐにできる物を、ということで大した物ではないと思うが食べてくれ」

 おぉ! あなたが神か。後光が差してみえるよ。

「いただきます」私はポットの紅茶を自分で注ぎつつ、皿の上のサンドウィッチを頬張った。

 ローストビーフの挟まったそれはホースラディッシュのさわやかな辛味が利いて最高においしかったし、薄いカツレツが挟まれたそれはボリューミーで餓えた今の私には天上の味に感じられた。豚肉の甘味と衣の油の甘味。最高です。そしてデザートには甘い焼き菓子がなんと2種類もあった。クルミが乗っているチョコレート味のフィナンシェとレモンゼスト、レモン皮の黄色いところを摩り下ろしたものがアクセントのふんわりマドレーヌ。どっちも甲乙つけがたい美味しさだった。

「ごちそうさまでした。タイガにお土産にしてあげたいくらい美味しかったです」

 ありがとうございました、とお皿たちに頭を下げる。ここにはいないけど、このあつい思い、本当はコックさん達に伝えたいわぁ。

 美味しい物はやっぱり正義だよね。うんうん。幸福の使者だと思う。

「…すごい食欲だったな」

 私が食べるさまを観察していたらしいその人をギロリと睨む。おのれ。

「私はお貴族様のご令嬢ではありませんから。働いているんです」

 恥じる事なんかなにひとつないもの。つん、と頭を上げる。

「そうだった。失礼なことをいった」

 うっ。なによその笑顔、反則じゃないの? タレ目が更にへにょって下がって可愛い。大人なのに可愛いってずるいと思う。これでおもちゃみたいなスカイブルーの髪と瞳じゃなければ惚れてた。完全に。でもなんかこう、色があれで3Dアニメキャラ感がすごい。下町のおじちゃんおばちゃんだとここまで顔が整ってないから結構大丈夫だけど、イケメンだから余計そんな感じがしちゃうんだ、きっと。

 頭をひとつ下げてそういうと、兵隊さんはワゴンを下げていった。ダジャレじゃないし。うまいこと言ったなんて思ってないからね?

 馬鹿なことでも考えていないと、八つ当たりした自分が嫌いになりそうだった。


 ノックが聞こえて、また返事をする前にあの偉そうなお貴族様が入ってきた。

「娘、家まで送ろう」

「…………」

 ジト目でお迎えする。他に何か言うことはないのか。

「…ニールズが早とちりをして失礼した。もう帰っていただいてよろしい」

 はぁ。これ以上は無理っぽいな。抵抗する意味もなさそうだし、早く解放して貰った方が得策ね。

 私は軽く頭を下げて、なにも返事をしないまま扉の外に出た。でも、まだそこにいた兵隊さんにはにこやかに手を振って感謝を伝えた。

「ムーアとなにかあったのか」

「お腹が空きすぎて倒れそうになった私を心配してサンドウィッチ持ってきてくれたの。朝、日の出前の朝食を食べた切り、頭殴られたあげく、監禁されてたから。貧血起こしたのよ」

「殴られた? 誰にだ!」

「あのチョビ髭オヤ…お貴族様よ。名前は知らないわ」

「ニールズめ。名前すら名乗らず、聖女さま候補を殴りつけるとは」

 わなわなと怒りに震えているけど、私はあなたの名前も知らないからね?

「……私が誰だか、知らなかったのか」

 ビックリされても。一年前にここにきたばっかりの異世界人ですし、私。

「…ラノーラ王国王太子ケルヴィン。それで、その君の名前は?」

「…友木りん。リンがファーストネームで、トモキがファミリーネームです」

 変わった名だな──、そう呟いた後は、馬車に乗り込んでも王太子さまは何も言おうとしなかった。

 


 

 


「タイガ! どうしたの、怪我してるじゃない」

 お店の前で豪華な馬車から降りた私に、黒い塊が飛びついてきた。タイガだった。なぜか前足が腫れて血がこびりついていた。

 喧嘩でもしたのだろうか。やっぱり室内飼いが一番かしら。でもずっと外で自由に暮らしていた子だし、閉じ込めるのも可哀想だし。どっちが正解なんだろう。

「いたいのいたいのとんでけー」

 私はタイガに頬ずりをしながら、つい癖のようになっていたそれを呟いた。こんなことより早く部屋に上がって手当しないと。その前に井戸で洗う方が先かしら。

 挨拶も早々に軽く頭をさげて王太子さまに別れを告げる。告げようとしたんだけど、腕を掴まれて動けない。

「あの、王太子様、申し訳ないんですけど飼い猫が怪我しているんで挨拶省かせて貰いますね。あの、手を離してくださいませんか?」

 王太子様に熱い視線で見つめられた── 主に私の可愛いタイガ、雄猫を。


「今のはなんだ」

 ? 日本のおまじないですよ。おかあさんやおばあちゃんが口にするだけの気持ちだけしか楽にならないある意味魔法の呪文である。(←役には立たない)

「今、魔法使っただろ。しかも光魔法」

 何を言ってるのか。光ってないし!

「…この国でいう光魔法は、治癒魔法だ。それくらい一般常識だ」

 嘘。初めて聞いたー。知らなかったわぁ。

「というか、王太子様、猫の手当したいので、失礼しますねー」

 私は強引に手を振りほどいてお店の裏側に走り込んだ。

 井戸の水でタイガの手を洗う。固まっていた血を洗い流すと、最初に思ったほど腫れていなかった。切り傷も見つからなかった。タイガの血じゃなくて、喧嘩相手の血だったのかしら。もしかしてタイガは強いのかしら。

 でもよかった。これなら獣医さんとか探さなくても大丈夫そうだ。

「もう。心配しちゃったよー」

 タイガはおとなしく私にぐりぐりと頬ずりされてくれた。タイガがいなくなったら、私はきっとどうしていいか寂しくて泣く。もしかしたら寂しくて死んじゃうかもしれない。

 初めてこの世界にきたあの日、あの大泣きからそのまま寝ちゃった私が起きた時、私の腕の中にはタイガがいたのだ。いったいいつから私の腕の中にいたのかまったく判らない。シスターは「あなたの飼い猫だと思ってた」と言っていたし私が見つかった時にはすでに抱きしめていたらしい。そうして、タイガはそのまま私の傍にずっと一緒にいてくれている。孤児院から出て、この部屋に住むことになっても、一緒に来てくれた。


「あー。そうだ。タイガ、ご飯買ってくるね。部屋にオートミールしかないや」

 パンもミルクもないんだよというと、タイガが嫌そうな顔をした。ですよねー。

 お店は珍しく閉まっていたけど、中では灯りがついていたので、とりあえず顔を出してからお買い物にいこうか、完全に暗くなる前に買い出しに行こうか悩む。


「真っ暗になったら危ないけど、先に女将さんに帰ってきたことだけ伝えようか」

 ねーっ、っとタイガと一人芝居を繰り広げていたら、ぐっと肩を掴みかかられた。

 今日はこんなのばっかりだ。

「…王太子様、送ってきてくださってありがとうございました。お帰り下さい」

 手でお帰りはあちらです、とやっても、王太子様は「帰らない。ちゃんと話をさせろ」と煩いので、仕方がないので交換条件を出した。

「…私とタイガの食事、1週間分でお話を聞きます」

 そうしてあっさりと、一緒に馬車に乗ってきた(ただし外に立ってた)あのスカイブルーの髪と瞳をしたタレ目の兵隊さんがどこかに買い出しにいってきてくれて、私はバスケットいっぱいに詰め込まれたパンやミルクや果物やコールドミート等々の御馳走を受け取ったのだった。


「タイガ、美味しい?」

 パンとローストビーフを切り分けてあげて、タイガのお皿に盛りつけた。

 そうして、お城で出して貰った紅茶とは比べ物にならないほど薄い紅茶を王太子様に出して、ちいさな木製の椅子を勧め、自分はベッドに腰を下ろす。

 美味しそうに食べながらも、タイガはどこか警戒しているようだった。そりゃこの部屋には私とタイガとたまに女将さんが来るだけだもんね。しかも王太子様はさっき初めてあった人だし。

「…さっきのは、光魔法だよな」

「ちがいます」

「回復魔法だろう? その呪文だよな」

 …説明が難しいな。たしかに怪我をしたときに唱えるおかあさんやおとうさんが使う魔法の呪文、ではある。回復力はゼロだけど。


「えーっと、あれは私がいた国で一般的に家族や親しい間で唱えられる呪文です。そうです、たしかに魔法の呪文ですが」

「ホラ、そうなんじゃないか!」

 くそっ、最後まで聞けよ、クソ王太子がぁ。

「…最後まで聞いてください。先ほどお城でもいいましたが、私の世界には魔法はありません。使える人はいません」

「しかし!」

「最後まで聞けっていってんだ、こら」

 つい、脳天チョップしてしまった。あ。王太子様が固まって動けないうちに、話を進めておく。えへ。

「…こほん。魔法のない国だからこそ、なのです。魔法がないから、あるつもりで呪文を唱えるんです。そんな力はないけれど、あったなら、大好きなあなたに使ってあげる、もしくは泣いている子供をあやす為の優しい嘘、それがあの呪文です」

 魔法がない世界だからこそ、達成することの難しいことを成し遂げたら魔法使いになれるという笑い話もできるのだ。そういうことだ。…私はまだ魔法使いになるまで13年くらいある。きっと大丈夫だ。うん。大丈夫…だと思う。彼氏いたことないけど。


「と、いう訳で、今夜はもう遅いのでお帰りください」

 ガチャっと扉を開けて退出を促す。満面の笑みもサービスしておく。豪華バスケットの詰め合わせのお礼だ。

「しかし…」

「一応、私も未婚の女性ですので、これ以上部屋に居座られるのも困るんですよね」

 何時だと思ってるんだ。まったく。失礼にもほどがあるでしょ。

「ませた子供だな。私は子供なんか相手にしない」

 脳天チョップ2連続でいっておく。誰が子供だ。

「なっ。私はこの国の王太子だぞ?! おい」

「…友木りん、17歳です。この国の成人って18歳だとお聞きしておりますが?」

 コメカミがぴくぴくしちゃうぞ。

「そんな馬鹿な。私と同じ歳だと?!」

「でてけぇぇぇ」

 扉の外に強引に押し出した。足を使わなかっただけでも感謝してほしい。むっきー。

 

「明日も早いし、もう寝よう」

 本当はシャワーを浴びに行きたいところだけど、扉を開けたら馬鹿王太子が立っていそうな気がしたので、軽く顔だけ洗ってベッドに潜り込んだ。

 タイガが慰めるように、一緒のまくらで眠ってくれた。




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