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(2019 冬のダークな)おくりもの  作者: 曉月 栞


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3/4

 「ただいま。お疲れさん。」

 アリのご主人は、大きな荷物を店のカウンターにどさりと置いて、言いました。

 「あなたこそお疲れ様でした。重かったでしょう。」

 「重かったけど、秋のきれいな新色がたくさん手に入ったよ。」

 「それはいいわ!さっそく見せてね!」

 最近は生活のリズムに慣れてきて、2匹は一緒に出勤している訳ではありませんでした。ご主人は今朝、店に行く前に問屋に寄って、たくさんの生地を仕入れてきました。

 「あら、本当に素敵ね!今年はちょっとやわらかめの色味が流行りね。」

 「そんな感じだ。……ね、今朝出掛けのことなんだけど……。」

 ご主人の声は急に小さくなりました。奥さんの顔はたちまちのうちに曇ります。最近よくあるパターンでした。

 「何かしら。」

 「バッタの奥さんに会ってね。」

 「それで?」

 「今晩はカレーだって。」

 「…………何それ。」

 「いきなりそう言われたんだよ。今晩はカレーよって。」

 「あなた……またいい人ぶって、この間はごちそうさまでしたとかおいしかったですとか言ったんじゃないでしょうね!」

 「言ってないよ!さんざん君に釘を刺されたから!」

 「……ふう。……ったく、いい加減にしてほしいわよ!何で他人が、勝手にうちの夕飯の献立を決めるのよ!」

 「そう言うなよ。あの人は料理を作って、僕らにあげることだけが生きがいなんだ。君は捨てていいから。」

 「捨てるのだってストレスなのよ!カレーは汁物だから冷凍しなくちゃいけないし、お皿やタッパーは洗って返さなくちゃならない。何より、食べ物を捨てるってものっすごく嫌な気分なのよ!奥さんもまずかったら捨ててくれって気軽に言うけど、だったら自分で捨ててよって思うわよ!」

 「君が大変なのはよくわかるよ。」

 「何だってあんなに大量な料理を、毎日のように作るのかしら。2匹のお嬢さんたちが、全然食べないからいつも捨ててるっていうのも頷けるわ。あれを全部食べ続けていたら、まともな体形ではいられないもの。それに最初、手作りの炊き込みご飯は食べないで、コンビニのおそばを食べるって聞いてびっくりしたけど、今ならわかる。うちだって夜は飲むから、ご飯は食べないもの。それにさ……。」

 「それに?」

 「あの手の人たちが作る炊き込みご飯って、絶対にもち米が入ってるのよ!少しでもデブへデブへと誘導している。」

 「デブへ誘導って……!!」

 「あなただって、本当は炊き込みご飯嫌いじゃない!」

 「まあ、そうだけど。米は白米に限る。」

 「でしょ?私は炊き込みご飯好きだけど、たまにでいい。こんなにしゅっちゅうだと嫌いになる。」

 「まあな。でも、バッタの奥さん、料理は上手だと思うよ。」

 「本当においしいわよ。手間がかかってるし、ベテラン主婦だわ。でもね……。」

 「でも?」

 「うまい料理は太るのよ!」

 「――!!」

 「いい?デブ食は太るの!!私は得意って言えるほど上手じゃないし、そんなに手間をかけてないけど、その分ヘルシーではあるのよ。別に健康オタクでないし、太ることに神経を尖らせている訳でもないけれど。あの年代が作るおいしい料理というのは、調味料がたっぷりと入っている。若い奥さんなんかは、何が入っているのか分からないくらいの微量を、隠し味的に使うことが多いけどね。そして料理上手は、手間をかけてアレンジせずにはいられない。油で炒める、和える、私みたいに野菜を切って出すだけなんてことはしない。ビタミンCは炒め物にした方が、吸収がよいと言われているわ。だからといって、毎日余計な油だってとることになるのよ。和え物にしてもそう。少々のごま油、砂糖、おみそなんかが必要なの。でも毎日だと、少々が少々ではなくなっていくの!あなた……どうせ太ってからだを悪くするのだったら、いっそのこと大好きなスナック菓子で逝って!その方が本望でしょう。私もウニとイクラで逝くから!」

 「お前、支離滅裂だぞ!……要は、バランスが重要だってことだな。」

 「そういうこと。うちは今まで、こんな頻繁に油や砂糖はとらなかった。あなたなんて生野菜はそのままがいいと言って、ドレッシングすら使わないじゃない。」

 「確かに。なんか……飽きるんだよな、味がしっかりしている料理って。最初の一口はおいしいと思うんだけど。」

 「結局、家庭料理って自分で作らない限り、家庭料理でなくなるのよ。たまに頂く分には、おいしいって新鮮に思うのだけど、毎日だとスーパーで売ってるお惣菜と変わらなくなる。」

 「まあなあ。量も多いしなあ。」

 「そうよ!里芋とか南瓜の煮物なんて、居酒屋のお通しみたいにちょろっと一口二口あるのがいいんじゃない。それがどんぶり一杯入っていると、見ただけでげんなりする。」

 「特に大好物!って感じのものでもないしな。」

 「それも不思議なのよ。どんぶり一杯あるんだったら、それを2、3日に分けて自分の家で食べればいいじゃない?なぜうちに持ってくるのかしら。お嬢さんたちが食べないんだったら、2匹暮らしの私たちにも多すぎるって思わないのかしら。」

 「あげることに意義があるんだ。」

 「ううっ、腹立つ!そうよ……こないだだってあなたが余計なことを言うから!」

 「うわっ!再燃した!!あれは謝ったじゃないか!」

 「わかってるわよ!それにしても……!」

 「うっかり出ちゃったんだよ!唐揚げ好きですって……。」

 「だからって3日連続で持ってくることないじゃない!?」

 「お前、泣くなよ。本人だってお嬢さんに窘められて、反省してたじゃないか。」

 「本当にどうかしているわ。たとえ自分の息子が唐揚げが好きだったとしても、毎日与える?それは親切って言うの?」

 「さあ。実際息子がいないんだから、どうなのかわからないけど。」

 ふうっと奥さんは、大きく溜息をつきました。

 「……ね、あなた。私にとって、何が一番のストレスなのかわかる?」

 「わかるよ、散々聞いたから。……確かに君は今まで、料理が大変だとか面倒くさいとか言ったことはなかった。」

 「そうよ。私は料理が好きなのよ。働いているから時間がそんなに取れないし、他の虫様におすそわけ出来るような腕前ではないけれど、作ることが好きなの。ビールを片手に段取りを考える。今日は寒いから鍋物がいいとか、昼は時間がなくてパンで済ませたから夜はがっつり肉にしよう、とか。」

 「うん。」

 「簡単に出来るつまみもちょろちょろ出しながら、手順を追っていく。食材を切る、使ったまな板や食器を洗い流す、こねる、炒める、煮る、焼く、味付けをする……考えながらあんまり考えずに手だけは動かしていく。こうやって、段々仕事モードからおうちモードに切り替わってリラックスするの。女にとって、いえ、女の人とは限らないけど、1日のうちの重要な時間だわ。」

 「確かにね。」

 「バッタの奥さんは料理好きでしょ?私が言ってることはよくわかると思うのよ。でも、私が料理が好きかもしれないということは、全然考えていないのよね。働いているから大変だろうと思ってくれてるんだろうけど、働いているからこそこういう時間が大事なのよ。」

 「まあな。僕も、はい食事出来てますっていうより、ちょびちょびビールとつまみを楽しみながら、来てる手紙を整理したり、新聞を読んだりしてるとほっとするもの。」

 「でしょ?それが私たちの生活ペースだったわけよ。で……そういう時なの、恐怖のノックが聞こえるのは。」

 「…………。」

 「……おことわりさせていただきます。」

 「いや、それはダメだ。」

 「私たちが失くしているのは、とても大切な時間なのよ!もう最近では、ストレスとか不愉快とかを通り越して、怒りになってる。ノックが怖いのよ!」

 「君は顔に出るから。」

 「顔に出てたら、こんな毎日のように持ってこないわよ!……ね、おことわりしよう。このままだとお皿ごと叩き割ってしまいそうだわ。」

 「…………。」

 「こんな、喧嘩を売るような言い方はしないわ。本当にありがたいんですけど、食べ切れなくてもったいないって言うから。」

 「いや……それはダメだ。」

 「どうして!?」

 「それはダメだ。そんなことを言ったら、がっかりするどころか生きる気力をなくしてしまうかもしれない。それに……。」

 「それに?」

 「ご飯のことに関しては僕たちかなり困っているけど、あの人がしてくれたことはそれだけじゃない。あの人がいなければ、今の僕らの生活はなかった。」

 「それは、分かるけど……。この家を建てるのを手伝ってくれたり、ご近所さんに紹介するために一緒に回ってくれたりもした。たくさんの資材もお店の方へ運んでくれたわ。本当に助けてもらったと思うし、とても感謝してる。でも……。」

 「今さら断れない。恩を仇で返すようなものだ。」

 「わかってるわよ!でも、ちょっとは妻のストレスも考えてよ!たまにのことだったら我慢するわ。でもこれが日常なのよ!こんなことで毎日イライラするのは本当に辛いわ。」

 「君には本当に、大変な思いをさせていると思うよ。」

 「…………。」

 「でも、堪えてくれ。」

 「……こんなことが最大の悩みになるなんて、思ってもみなかったわ。……わかりました。あなたがそう言うのならもう少し我慢します。実際、バッタの奥さんにはとてもお世話になったのだから。そのかわり……前にも言ったように、こっちから食べ物の話題は決してしないで。向こうから聞かれた時だけ答えればいい。それから、ありがとうも禁止。私は自分がアリのせいか、気をつけてありがとうとすみませんの使い分けをしてる。ありがとうとは言ってほしくない。」

 「わかった。」

 「じゃ、もう少し我慢する……。」

 「うん。」

 「……新しい布を頂戴。整理するわ。」

 「頼むよ。」

 2匹は仕事に戻りました。

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