第五十三話 台風
「お、見つけた!この間さマジヤベー事あったんだって!ちょっと聞いてくれ!」
「何かあったの?」
「4日前台風あったじゃん?あん時さ、俺、お化け見たんだよお化け!」
彼の名前はF。
3階建ての安アパートに住む大学生だ。
大学に入学してからなので2年程度の付き合いだが、こんなにテンションが高いFを見るのは初めてだ。
「お化けって、あのお化け?」
「そう、そう!初めてでめっちゃ興奮したけどめっちゃ怖かったよ!!」
これは話を聞くまで収まりそうもないな。
あまり怖い話は得意ではないのだけど、しょうがないか。
軽く覚悟を決めて僕はどんなお化けなのか聞いてみた。
「こないだの台風凄かったじゃん?俺の住んでるアパートもがたがた揺れるわけよ。
それだけならまだ良かったんだけど、停電しちゃってさ、どうしようもなくなっちゃったのよ。
暇だから携帯いじってたら電池が30%切ってさ、これ以上使うといざという時連絡できなくなるから携帯もいじれなくなったわけ。
時間は確か夜の8時くらいかな?
ちょっと早いけどする事ないし寝たわけよ。
で、ここからが本番なんだけど、夜中めっちゃ台風が酷くなってさ、家の揺れと風の音で目が覚めたんだよね。
でも起きてもしょうがないし無理してでも寝ようって思ってもう一回布団に入った瞬間、バーン!って窓を叩く音がしたの。
最初は風かなと思ったんだけど、1回だけじゃなくてさ、連続してバンバンなってて、これはただの風じゃねーなと。
そんで気になったからカーテンを開けたのよ、シャって。
そしたら長い髪の女の影が窓に映って、それがバンバン窓ガラス叩いてんだよ!
俺怖くなってさ、思わず叫んじゃったね。
その後すぐにカーテン閉めて布団被って朝までそのまま。
ずっとガタガタ震えてたんだけど、カーテン越しに光が入ってきたから恐る恐るカーテンの方に近づいて一気に開けてみたんだよ。
そしたらそこには何も無いの。
外見渡しても何も無い。
これって絶対お化けじゃん!?
心霊体験とか初めてだからマジで怖くてさ、人に話して恐怖を和らげてる最中の俺です!」
長い。
怖いのも興奮してるのも分かったけど、もうちょっとまとめて話してほしかった。
要は窓の外に女の霊がいて、窓ガラスを叩かれたって事か。
「それって寝ぼけてたとかじゃなくて?」
「やっぱりそう思う?でも違うんだよ、写真あるし」
そう言ってFが見せてきた写真には確かにカーテン越しだが何かの影が映っていた。
カーテン越しに写真を撮った理由は怖かったかららしい。
本当に怖かったのだろう、風が弱まるとすぐに友達の家へと飛び出していったと写真付きで説明された。
「え、じゃああの日以来家に帰ってないの?」
「そりゃそうだよ、こえーじゃん。でもさすがに着替えもないし、友達にいいかげんにしろって言われたから今日からあの家に帰るけどね」
「ふーん、泊まってやろうか?」
Fはうるせー、1人で大丈夫だわと笑った。
別れて講義を受けながら、用事があったのを思い出した僕は、先に帰るとFにメッセージを送った。
おう、また明日と短い返信が来て僕は1人家路についた。
翌日、Fが血相を変えて僕の所にやって来た。
また幽霊でも出たのかと聞いたら、Fが目の前でガタガタと震えだした。
ただ事じゃない、僕はFを連れて大学近くの喫茶店へと向かった。
一体何があったのか、僕が何度聞いてもFは震えるばかりでまともに喋れない。
席に着いて30分経った頃だろうか、Fが震える声でポツポツと語りだした。
一通りFの話を聞くと僕の全身に鳥肌が立った。
要約すると、この間の幽霊は幽霊じゃなかった。
そして本物の幽霊に遭った。
僕はFを連れて知り合いの住職を訪ねた。
どうしたのかと聞かれたので僕はFに起きた事を説明した。
助けを求める女性を見殺しにしてしまった事を。
Fの家は3階建てアパートの2階にある。
台風の日、Fが目撃したのは3階から吊られた女性だった。
窓ガラスを叩いていたのは幽霊じゃない、助けを求める女性だった。
犯人はFの真上に住む大学生の男で、犯行理由は彼女が浮気したかららしい。
浮気を許せなかった男は台風の日に彼女の足をロープで結び逆さに吊るしたという事だった。
そして吊るされた女性は下の階のFに助けを求めていた。
だがFはそれを幽霊だと思い込み助けなかった。
吊るされた女性は台風が一番強くなった辺りで風に飛ばされて落下。
しばらくは生きていたらしいが朝には死んでいたとの事だ。
吊るした男は間もなく逮捕され、女性の遺体も昼前には回収された。
これがFが昨日家に帰って大家さんから知らされた事だ。
そしてここからがFの身に起きた事になる。
Fはその話を大家さんから聞いてしばらく落ち込んでいたそうだ。
自分が窓を開けていれば助けられたかもしれないと。
それを友人に話すとお前は悪くない、その状況じゃしょうがないさと慰めてくれた。
僕でもそうするだろう。
だが女性はそれを許さなかった。
夜中、バンバンバンとFの部屋に窓ガラスを叩く音が鳴り響いた。
あまりの音にFは目を覚まし、そして声を失った。
窓の方に女の影が映っていたのだ。
それはバンバンバンと窓を叩き続けている。
Fは直感した、あの時の女だと。
その直感は恐怖でしかなかった。
どうしようもなくガタガタと震えるFは小さな声で謝り続けた。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
気づくと夜は明けて、女の姿は見えなくなっていた。
許してくれたのかと思ったFがカーテンを開けるとそこには無数の手形が貼りついていた。
Fは恐怖のあまり家を飛び出し、今に至る。
僕の話を聞いた住職は難しい顔をしながら口を開いた。
聞いただけでは断言できないが、その家に帰るのはよした方がいい。
そしてすぐに引っ越しなさい。
そうしなければ命の危険性もあると。
気休めだがと言いつつお経を唱えてくれた住職に礼を言って僕はFを連れ帰った。
1人にするのも不安だったし、僕の家なら幽霊も出ない。
一緒なら安心だ、そう思ったのだ。
だがその夜、Fは僕の家から飛び出し、そのまま音信不通になった。
僕が最後にFを見た時、Fは窓ガラスを凝視し、体を震えさせていた。
そして僕に助けを求めるように手を伸ばした、その瞬間、彼は叫び、飛び出していった。
Fが最後に何を見たのかは分からない。
少なくとも僕には何も見えなかったし、聞こえなかった。
僕には彼の自己嫌悪が起こした現象かもしれないと思えた。
でも違うのだろう。
だって、窓ガラスには無数の手形が貼りついていたのだから。




