第十七話 カラオケ
うるっさいな・・・
やっぱり安いカラオケ屋になんて来るんじゃなかった。
客の民度が低すぎる。
さっきからドンドンドンドン暴れやがって。
声の感じからして高校生か大学生くらいか?
何やってんだよ隣で、クソッ。
店員も注意しに来いよ。
俺は内心で悪態をついていた。
安いせいかこの店は若くてやんちゃな客が多い。
そんな店に来た俺も悪いのだが、それでもこれは酷すぎる。
そもそもカラオケに来たのもストレスがたまってイライラしたからだ。
それで歌いに来たのだが、ここで余計にイライラさせられるとは思っていなかった。
・・・フー、少し落ち着こう。
イライラしたって良い事無い。
もし直接注意して騒ぎになれば追い出されるかもしれない。
それに相手とケンカになって最悪警察沙汰なんて事も。
・・・うん、それは嫌だ、ありえない。
我慢しよう、我慢してればそのうち隣も静かになるだろう。
だが一向に音が止む事はなく、ドンドンドンっと暴れる音は酷くなる。
・・・いや、もうこれは無理だ、店員に注意してもらおう。
受話器を手に取り数秒後、店員がはいどうされましたかと店員の声が聞こえた。
「すいません、店員さん、隣の客がうるさいので注意してもらえませんか?」
・・・返事が無い。
「もしもし店員さん聞こえてますか!?」
やはり返事が無い、聞こえてないのか? 故障か?
「もしもし! もしもし!」
何度呼びかけても返事が無いので受話器を元に戻し、受付に向かった。
途中隣の部屋をのぞこうかと思ったが目があってケンカになる可能性も考え止めた。
素直に店員の所に行って事情を説明しよう。
すいません、受付で店員を呼ぶ。
声をかけると裏からメガネをかけた店員が出てきた。
はいどうされましたかという声を聞いて電話の店員だと気づいた。
さっき電話したんですけど故障なのか途中で繋がらなくなったから直接来ましたというと、ああそれは申し訳ありませんと謝った。
それで、どうされましたか?と言われたので事の経緯を説明した。
説明し終えると、怪訝な顔をされ、隣ですか?と聞き返された。
「はい、たぶん205号室だと思うんですけど」
「・・・いません」
「え?」
「今埋まっている部屋は204と213の2部屋だけで、205は空いています」
「え、いやでもさっきドンドンって音が鳴って」
「それがうるさくて、注意してもらおうと受付に来たのでしょうか?」
「ええそうです」
「では一緒に見に行きましょうか、205号室、もしかすると誰かが勝手に使っているのかもしれませんし」
「ああ確かに! そうですね、お願いします」
そう言って俺はメガネの店員と一緒に205号室に向かった。
だが、そこには誰もいなかった。
誰かが使っていたような跡も無く、部屋は綺麗な状態だった。
「音が鳴ってた時全く揺れなかったでしょ?」
店員が独り言のように喋り出した。
混乱していた俺はその言葉を聞くだけで精一杯だった。
「ドンドンという音と一緒に若い男の声もしましたよね?」
俺が黙ってうなずくと、店員はやっぱりと一言だけ残し、そのまま受付に戻っていった。
その様子を黙って見送ってしまったが、いやいやいや、ちょっと待て。
まだ何の説明もされてないぞ!?
俺は慌てて店員の後を追った。
しかし店員はもう受付に戻った後のようで誰の姿も見えなかった。
また受付に行かなきゃいけないのか。
だけどこのまま歌い続けられない・・・
辟易しながらも受付に行くと、そこにさっきの店員はいなかった。
受付には女性店員が1人、また裏にいるのかな?
「あのメガネの店員さん出してくれます?」
俺がそう言うと受付の女性は顔を引きつらせながら聞いてきた。
「もしかして、隣の部屋がうるさいから受付に来たんですか?」
「ええそうですが、さっき別の店員さんが意味深な事言うだけ言って受付に戻ってしまったので」
「いません」
「え?」
「・・・今日は、私1人です」
「いや、さっきまでメ」
「メガネをかけた30代くらいの男性はいません! ・・・彼は事故で死にました」
は?
え、じゃあ、さっきの店員は何?
「うるさかったのは205号室ですよね?」
俺は無言でうなずく。
「実は以前、205号室がうるさいとクレームがあったんです。その時にお客様と口論になり突き飛ばされた拍子に頭を打ってそのまま・・・」
そこまで聞いた俺は、急いで荷物を取りに戻り料金を支払って店を飛び出た。