第十五話 迷惑親父
「ぎゃあわっ!!」
窓からいつも叫んでいる親父がいた。
人が通ると大声で脅かしてくる迷惑親父だ。
子ども、大人、老人、男、女、全く関係なく脅かしてくる。
自治会長や迷惑をかけられた大人が何度も注意をしに行った。
しかし本人が出てくる事は無く、謝るのはもっぱら奥さんの役目だった。
この状態がもう何年も続いている。
いい加減迷惑だがこの程度では行政は動けないらしい。
事故とか起きなきゃいいけど・・・。
だが心配していた通り、事故が起きた。
しかも子供、脅かされたうちの1人が転んで頭を打って入院したのだ。
さすがにこれには自治会長や保護者、俺ですらも黙っていなかった。
いつもは奥さんが玄関先で謝って終わりだったが、今回はそれでは終わらせない。
「子供が大怪我をしたんだ! 謝って済む問題じゃない!!」
いつもはなあなあで済まそうとする自治会長が大声を張り上げる。
「さっさと旦那さんを連れてきなさい! 連れてこないならこっちから行くぞ!!」
俺は後ろの方で成り行きを見守りながら、まあ当然だろうなと思っていた。
こうなった以上あの親父をどうにかしないとまた事故が起きる。
俺みたいなのはいいけど子どもや妊婦さんや老人が転んだら一大事だ。
めったにないけど車にはねられる可能性だってある。
ここらでビシッと言っとかないといけない。
思案している俺の前で会長が、らちが明かん失礼すると言いながら家に押し入った。
だが足を一歩踏み入れた会長の動きがピタッと止まる。
どうした?と思っているとうわ~という会長の叫び声が響き渡った。
あんた何してるんだ、大丈夫か叫びながら会長が奥へと駆け込む。
尋常じゃない会長の様子に、俺達も何か大変な事が起きている気づいた。
会長の後に続いた俺達が見たもの、それは転がる迷惑親父の姿だった。
迷惑親父の手足は変な方向に曲がりくねっていて、首にはロープが繋がっている。
・・・なんだこれ?
いったい何が起きて
そう言えばこの親父の全身って見た事がない
もしかして何年もこの状態だったのか?
じゃあこれをやったのは、と後ろを振り向いた時そこには鬼がいた。
鬼は薄く、低く、笑っていた。
後から分かった話だと迷惑親父は虐待を受けていたらしい。
やったのは奥さん、いつも謝りに出てきていた人だ。
理由は分からないが数年前からあの状態だったらしい。
この事を話してくれたのは息子夫婦だ。
息子夫婦は知っていたらしいが見てみぬふりをしていたとの事だ。
怖くてどうしようもなかったと。
ほどなくして警察に連れていかれた奥さんは、薄い笑顔を浮かべたまま一言も喋らなかったそうだ。
その後あまりにも残酷だという事で懲役8年の実刑判決が出た。
結構な高齢だし、何か事情があれば減刑もあったはずだ。
しかしその時ですら一言の弁解も無く、笑顔で判決を受け入れた。
奥さんも迷惑親父同様壊れていたのかもしれない。
助け出された迷惑親父はそれからすぐに体調を崩し亡くなってしまった。
医者の話によれば生きている事が不思議なほど体調が悪かったらしい。
栄養状態は最悪、骨もスカスカで、発声する事すらきつかったはずだと言っていた。
事件も一段落したある日、俺は仕事からの帰り道の中、あの夫婦の事を考えていた。
迷惑親父は助けてほしくてあんな事をしていたのだろうか?
もしそうなら迷惑だと怒るばかりで俺は何もしてやれなかったな。
助けられたのかもしれない、悪い事をした気分だ。
奥さんが声を出すのを放っていた理由はなんだろう?
もしかするとその様子を見て楽しんでいたのかもしれないし、過去に何かされた事に対しての復讐だったのかもしれない。
でも収監された今となってはもう分からない。
それにもうあの家には誰もいない。
大声を出す迷惑親父も、謝り倒す奥さんも。
これからは子供が怪我をする事もない、それだけでもいいかと無理矢理ポジティブに考えた。
うん、考えても仕方ない。
忘れよう、それが一番だ。
うんうんと自分を納得させた俺が家に帰ろうと迷惑親父の家の前を通った時だった。
「ぎゃあわっ!!」
え?
声がした方を見上げるがそこには何も無かった。
そりゃそうだいるわけない。
考えすぎて空耳でも聞こえたんだろう。
だがそれからも時々あの場所であの声を聞く人がいた。
声がする方を向いても誰もいない。
次第にその家の前を通る人は減っていった。
もしかすると迷惑親父は死んでもまだあの家に囚われているのかもしれない。
誰か助けてくれる人を待っているのだろうか、そう思うと怖いよりも切なかった。
「ぎゃあわっ!!」