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第十三話 コインランドリー

その日は雨が降っていたが、俺はいつも通り家の近くのコインランドリーに行った。

そうしなければ明日着る物が無いからだ。


洗濯30分、乾燥30分、だいたい1時間で終わる。

いつもは洗濯物を放り込むと、家に帰ってのんびり待つ。

このコインランドリーは利用者も少ないし、盗みを働く人間も少ないからだ。


そして終わった頃に取りに来るのだが、この日は雨。

行ったり来たりするのが嫌だったから、洗濯が終わるまでコインランドリーの中で待つ事にした。

幸い雑誌が大量においてあるので暇つぶしには困らない。

ゆっくり待つか~と雑誌を選び始めた。




洗濯が終わろうかという時に自動ドアが開き、ずぶ濡れの男が中に入ってきた。

男はこちらを一瞥すると、おもむろに洋服を脱ぎ、洗濯機に放り込んだ。

俺は一瞬注意しようかと思ったが、男が何とも言えない威圧感を醸し出していたのと、もしかすると事情があるのかと考え見てみぬふりをした。

注意してトラブルに巻き込まれたくないというのが一番だったが。


妙な緊張感が漂う。

下着だけの男は地面を見つめたまま微動だにしない。

俺は雑誌を読みつつもその男の様子が気になった。


男は地元の人間ではなさそうだ。

それなら濡れる前にどこかに非難するはず、びしょ濡れになったという事はほとんどこの土地に縁がないのだろう。

着ていた服もラフなものだったし、鞄も持っていなかったからふらっと遠くに散歩をしに来たのかもしれない。

それで困ってるのかもな~と考えているうちに洗濯が終わった。



乾燥機に入れようかと立ち上がった時だった、男が声をかけてきたのだ。



「すいません、タオルを持っていませんか?」


「え、ああ、えっと、まだ乾いていないんですけど・・・」


「構いません、もしよかったらそのタオルを譲っていただけませんか?」


「あ、ああ、いいですよ、乾くまでまだ時間かかりますけど」


「いや、濡れたままで構いません、今体を拭きたくて」


「ああ、分かりました。はいどうぞ。」



俺がタオルを1枚取り出し男に渡すと、財布から金を出そうとしていた。

お金はいらないですよと手を振ると、じゃあコーヒーでもと備え付けの自販機でコーヒーを1本奢ってくれた。

これ以上断るのも逆に感じが悪いので素直に受け取り、俺もコーヒーを購入し男に手渡した。


男は驚いた様子だったが、ありがとうございますというと素直に受け取った。

気にしないで、困った時は助け合いでしょと言うと男は嬉しそうに笑った。



それから5分くらいはお互いに黙っていたが、男が俺に話しかけてきた。


「怪しかったでしょ、僕」


気になっていた部分を自虐的に聞かれ、確かにと思わず笑ってしまった。


「実は知人に会いにこの辺に来たのですが、土地勘が全く無くて。」


迷っているうちにびしょ濡れになってしまったと苦笑していた。

知人と別れてから知らない道を探検しているうちに迷い込んでしまったらしい。

大人しそうな人なのに意外と行動力があるんだな~と見た目のギャップに驚いた。


しばらく話していると男は県外から来ている事が分かり、駅まで行かないと家に帰れないらしい。

このコインランドリーから駅までは歩くと1時間はかかる。

雨の勢いは弱まるどころか強くなっていたから、またびしょ濡れになるだろうと思い、これからどうするのか聞いた。

とりあえず雨が止むまでここにいるつもりだが、止みそうにないならタクシーを呼ぶらしい。

ここには公衆電話があるから携帯電話が無くても呼べるので助かったと喜んでいた。


これ以上俺がおせっかいをする必要もなさそうだ。

この人も知らない男に執拗に親切にされたら気持ち悪いだろうし。

そうこうしているうちに乾燥が終わったので俺は家に帰る事にした。



「それじゃあ俺は帰ります、帰りは濡れないといいですね」



冗談っぽく俺が言うと男も冗談っぽく言葉をかけた。



「タオル、本当にありがとうございました。助かりました。お礼と言っては何ですが1つ僕の秘密を。」



温度が下がったように感じる。

男の表情が少し怪しげに歪んでいるからだろうか。

俺が秘密ですかと聞き返すと、男は歪んだ笑顔で



「さっき知人に会いに来たって言ったでしょ?何のために会いに来たと思いますか?」



俺が首をひねると、



「殺しに来たんです。」



確かにそう言った。



「正確に言うとも終わったんですがね。さっきね、サクッと。血がついたので洗濯に来たんですよ」



冗談ですよね?と聞くと歪んだ笑顔を浮かべたまま男は黙った。



俺は逃げるようにその場を去った。

後ろでは男がこっちを見ている気配がしていた。


翌日、ニュースで殺人事件があった事を知る。

被害者は複数回胸を刺されて殺されたらしい。


男は言っていた、知人を殺したと。

サクッとって言ってたし・・・。


俺は通報しようか迷ったが、本当にあの男が殺したのかは分からない。

それに本当にあの男が犯人で俺が通報した事を知ったら逆恨みで俺も殺されるかもしれない。

悩みに悩んだ末、俺は通報する事を諦めた。


あの男はなぜコインランドリーで俺を殺さなかったのだろう?

もし殺すのが手間でもどこか別の場所に行けばよかったはずなのに。

それに俺がタオルを渡さなかったらどうなっていたんだろう。

考えだすとキリがなく、困惑と恐怖は日事に強くなった。




ほどなくして俺は引っ越した。

あのコインランドリー近くの家に住み続けるのが怖かったからだ。

あれからじっくり考えたのだが、男が俺を殺しに来るとは思えない。

あの時殺人を告白する必要も無かったし、何ならあの場で俺の事もサクッとやっちゃえば簡単な話だ。

そうしなかったのはつまりあの男は犯人ではないという事だろう。

たまたま見かけた事件を偶然出会った他人をからかうのに使ったんじゃないかって思ってる。

あの後男は1人で笑っていたのかもしれない。

悪趣味な人だなあの人。


それでも俺はなるべくコインランドリーや暗い雨の日には出歩かないようにしている。

あの男がもし犯人で気が変わって俺を探し回っている可能性は消えない。

それにあの日、あのコインランドリーの近くで殺人事件が起きたのは本当だ。

人を殺した人間があそこにはいたのだ。

そしてそいつは、まだ捕まっていないのだから。



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