名もなき同士
大魔道士・ハナ。
それは崩壊へと向かい続けた世界を修復し、自らの命を花として大地を緑で包み、自らの血を生命の水として動物を生かし、自らの体全てを世界の恵みとした英雄。
〇
少年は森を
歩き、進み、迷う。
魔女は森を
歩き、進み、探す。
少年は森で
見て、触り、進む。
魔女は森で
見て、摘み、笑う。
少年は森に
疲労、困惑、不幸。
魔女は森に
興味、幸福、感謝。
少年は
人影を見つける。
魔女は
探しものを見つける。
少年は体力を振り絞って駆け寄る。
魔女は屈んで目当てのものを摘む。
少年は人影に倒れ込む。
魔女はなにかの衝撃で横に倒れる。
少年は声を出そうとする。
魔女は驚いて目を見開く。
「僕を、拾って。」
少年はそのまま目を閉じる。
魔女は笑って少年を抱き抱える。
これが最初の出会い。
〇
少年は目を覚ました。
ここはどこだろう。
辺りを見渡していると、視界に人が映った。
僕は驚いて声を上げる。
するとその人も驚いて、一歩後ろへ飛び退く。
「ぁ、……ぼ、僕……」
声が思うように出ない。
その人は両の手のひらをこちらに向け、“待ってて”の仕草をする。
僕は頷く。
するとその人は、この小屋の奥の方へ消えた。
少しすると戻ってきた。
その手には紙とペンがあった。
そして僕の寝ていたベッドの横の椅子に腰掛け、ペンを動かす。
“私は名もなき魔法使いです。”
「ま、ほう……つかい、?」
魔法使いはこの世界でも珍しい人種。
滅多にお目にかかることも無い。
基本的に王宮への強制労働を強いられる。
それくらいの知識はあった。
少年は周りより少し賢かった。
“君は、誰?”
その魔法使いは眩しいくらいのほほ笑みを浮かべている。
「僕は、……名前なんて、ない。」
そのほほ笑みを見ないように、僕は俯く。
魔法使いの顔も少し暗くなる。
“私がつけてもいいかな?”
俯いた先に紙が差し出される。
僕は魔法使いの顔を見る。
先ほどと同じ太陽のような笑顔を浮かべている。
「つけて、くれるの?」
魔法使いの藤色の瞳と今日初めて目が合う。
“私でよければ!”
魔法使いはずっと微笑んだままだった。
「じゃあ、つけて。……でも、つけたら…僕を、捨てられないよ?」
魔法使いは嬉しそうに書いていたペンを止め、じっと僕を見る。
そして別の紙になにかを書き出した。
“私は君を捨てる気なんてないよ。
君はここに居ていいんだよ。”
そしてさっき書いていた紙を見せてきた。
“君の目は綺麗な赤だから、君はアカネ。
君の名前は、アカネだよ。”
「アカネ……。僕、気に入った。」
“それは良かった”
魔女は嬉しそうに笑っていた。
「魔女さんの名前は?」
“さっきも言ったけど、私は名もない魔法使いだよ”
「僕がつけてもいい?」
魔女は少し驚いた顔をした。
でもすぐに微笑んで
“もちろん!なんて名前?”
ワクワクしたように聞いてきた。
だから僕は、自分の好きなものの名前をあげることにした。
「魔女さんの名前はハナ。今日からハナだよ。」
魔女は、……ハナは今日一番の笑顔で笑った。