・・・つまり、正面突破!
奎悟が目を閉じると、空気が小刻みに震える音が聞こえる。
最初に見せてもらった時には俄かには信じがたがったが、脚に感じていた体の重みが徐々に小さくなってく。
ほんの数秒で水中にいるかのような感覚に陥り、体が浮き始めた。
これが奎悟の異能だった。
体は最終的にそのまま2メートルはあるであろうコンクリートの外壁を軽々と超えれるほどに上昇した。
指一本動かす必要もなく俺と奎悟の身体は塀を超えて、ゆっくりと降下し、紅陽の校庭に足が触れた。
まるで目に見えないエレベーターに乗って降りたような気分だ。
「えっと次は、ヘッズ棟へ行くんやったっけ?」
内心驚いている俺とは対照的に奎悟は飄々とヘッズ棟を見上げながら俺に話しかけていた。
「そうだな、ただ監視カメラがあるから立花の指定したルートを通らないといけない」
「じゃー、想、案内して」
「はいはい・・・」
携帯を取り出すと俺は立花にもらった地図アプリを使って現在地を表示させる。
立花の話だと、地図上に表示された灰色の道筋通りに移動すれば、監視カメラに見つからずに移動することが可能とのことだった。
一介の高校生がなんでこんな技術力を持っているのか、俺には全く合理的な理由が思い浮かばない・・・が今はそんなこと言っている場合ではないか。
五家の影響力について思考停止したまま
奎悟を連れて俺はヘッズ棟を目指して、中腰になって移動した。
◆
「あの建物か・・・」
十数分ほど歩くとやっとヘッズ棟にたどり着くことができた。
こんなに時間がかかったのは、誰にも見つからないよう慎重に移動した、というのも勿論あるが、単純に紅陽の敷地が大きいというのが大きな要因だろう。
大学のキャンパスみたいな敷地だな。
流石に御天で一番優秀な人の集まる学校、と形容されることもだけあって設備が充実していることで。
ヘッズ棟を改めて下から見上げてみると、写真で見たよりも実物のほうが大きく無機質に感じる。
紅陽高校の敷地内にある建物のなかでも一際巨大だ。
そして、夜で全体が見えないこともあって何とも不気味な雰囲気を醸し出していた。
それこそ、不本意ながら進入禁止のダンジョンにこれから侵入するかのような謎の高揚感を煽られてしまうぐらいには。
「このあと、予定ならあと数分で、白夜のハッカー部隊が建物の電源を落としてセキュリティ機能も一時的に麻痺させ、その隙に俺たちが侵入する手筈に・・・」
「・・・言ってるそばから、停電したな」
俺の説明が終わる直前で、もともと職員や宿直を追い出したこともあってか数えるほどしかなかったヘッズ棟の部屋の明かりが、完全に落ちてしまった。
どうやら立花のサイバー攻撃が成功したらしい。
「ここまで予定通り、か
流石白夜の会長・・・」
「で、どうやって侵入するんだ」
俺が立花に聞かされたプランはここまでだ。
此処から先は奎悟に一任する、ということで俺は詳細を聞かせてもらえていない。
奎悟はヘッズ棟を見上げると、アドレナリンがドバドバ出ているんだろうか不敵な笑みを浮かべて、目を細め、手をバキバキと鳴らして、低い声で言った。
「予備電源が作動するまでの数分が勝負やからな、スピードが最優先事項ってわけ
立花にもらった図面と配置図は頭に入れた・・・最短ルートはイメージできてる」
「?、どういうことだ?」
「・・・つまり、正面突破!」
「うわ、マジかよ」
奎悟が俺の手首を握った途端、俺の身体が再び軽くなった。
軽くなったというレベルではない、一瞬で風船のように完全に浮いてしまった。
しかも、先ほどとは比べ物にならないほどに空気の震える音が聞こえた。
「おいていかれたくないんなら俺から絶対離れんなよ!
異能の適用範囲から外れたらお前だけおいてくぜ!想!」
奎悟が地面を蹴り上げると、今まで溜め込まれていたパワーが爆発したかのように俺の身体も奎悟に引っ張られる形で前進した。
まるで、ロケット噴射機を背中に取り付けられている気分だ。
そのまま、入口へ向かって一直線に進んでいく。
「いや、ぶつかっ・・・!」
「これぐらい楽勝!楽勝!」
ぶつかる!と言いかけたところで、奎悟が体を入れ替え、分厚い強化ガラスの入口を蹴り壊した。





