やっぱ俺はお前のことは好きになれないわ
「先ほど則武さんがこちらをあまり攻撃せず、逆に閉じ込めようとしたのは
彼女が雪峰さんを倒してしまうと僕たち3人はもう前哨戦から異能力者は全員脱落してしまうから
そうなると前哨戦では異能力の行使は異能力者にしか行えないので、あの包囲も必然的に解かなくてはならなくなる
だから、あのように雪峰さんを放っておいたのでしょう」
「なるほど、じゃあ、俺たちがあの包囲から脱したということは
則武さんはあえて閉じ込める必要もなくなってしまったということか」
となれば則武さんは俺たちを追うために本気で雪峰に攻撃を開始するだろう。
いくら強力な異能が目覚めた雪峰といえどそれに対抗できるかどうか・・・
そう考えると急いで御天神社に行って一刻も早く神器を手に入れなければ、と焦ってしまう。
「僕も雪峰さんにはできるだけ時間稼ぎをお願いしたいので、先ほど別ルートで援軍を要請しましたが、果たしてそこまでもってくれるか
・・・個人的には柊君はあの場に残ってくれていたほうが雪峰さんの異能を考えればよかったと思いますけどね」
ここまでずっと俺との会話よりも早く移動することを優先させ続けていた立花が初めてこちらを向いてそういった。
「どういう意味だ?
お前が一人になって尚更抜け駆けしやすくなるからか?」
光がわずかに差し込む路地裏で、俺に質問された立花は改めて大きく振り返る。
路地裏、日の当たらない細い裏道で立ち止まった立花は再び色素の薄い唇を三日月形にしてインテリヤクザのような笑顔で俺の質問に答えた。
「おそらく雪峰会長の異能が開花したきっかけは十中八九、柊君、貴方の存在ですよ」
「そう・・・なのか?」
指で髪を弾きながら立花は続ける。
逆光でよく顔は見えなかったが、髪の輪郭は光で照らされ発光していた。
立花は目にかかるほど伸びた前髪をうっとおしそうに掻き分け、すべてを見透かせるみたいな顔で話し続けた。
「僕の仮説ではね
であるなら、君が彼女の近くにいたほうが彼女の異能は強くなるんじゃないか・・・
と思ったのですが、今のは忘れてください
則武さんの包囲から抜け出せた今となってはどちらでもいいことですし」
「正直言って、俺にはお前が何を言いたいのかよくわからないな」
俺に残ってもらいたかったのかそれとも、一緒についてきてもらいたかったのか
立花の希望は結局どっちなんだ?
そう聞こうとした寸でのところで立花は話し続けた。
「なら、柊君にもわかるようにはっきり言いましょうか
おそらく雪峰会長の異能はA判定でしょう
そして強力な異能を手にいれたからこそ、彼女は今までずっと意識してきて目の上のたんこぶだった則武文に挑戦したかったんだ
その気持ちはよくわかりますが・・・
僕から言わせてもらえば、大局は見えていないです
別に則武文に勝てれば前哨戦に勝てるわけではないのですから、適当にあの場をやり過ごして一緒に逃げる方法を僕と考えるべきだったと個人的には思います
則武さんを異能で倒すことは目的達成のためにマストなタスクではないのだから」
「・・・やっぱ俺はお前のことは好きになれないわ」
雪峰の則武さんへの意識は相当なもだったことを俺は知っている。それは短い期間とはいえ、近くで雪峰をずっと見ていたからだ。
そんな雪峰の苦しみを、まるですべて知っているような口ぶりで、まるで未熟だとでも言わんばかりのことを平気で言えるこいつはやっぱり人の気持ちなんて分からないタイプの人間、サイコパスかなにかなのだろう。
例え立花の言っていることが正論だったとしても今の俺には立花への怒りしかなかった。
今はただ、こいつを睨みつけることしかできない自分が情けないが。
そんな俺の態度を見ても立花が余裕を崩すことはなかった。
「お好きにどうぞ
・・・とはいえ勿論、彼女の奮闘のおかげで僕は窮地から逃れて、神器がどこにあるのか分かったのだから感謝しかしていません
まあ、依然として僕が裏切ると思うのなら、君がついてきて僕を見張ればいい
もっともE判定の君が僕を止める手段があるのかはわかりませんが」
「そうですか」
ああいえばこういう奴だな
賢いが故に本当に無駄に口喧嘩が強いところが尚腹が立つが、今はそんなことを言ってもいられない。
再び前を向いて慎重に歩き出した立花に少し遅れるようにして俺もゆっくりと歩を進めた。
そうやって人気のない裏道をできる限り通り、他校の生徒に会わないよう細心の注意を払いながら
ついに俺たちは他の五校生に絡まれることもなく無事、御天神社に到着することができた。