私に何かあったら柊に助けてもらうから
言い終わった後立花は何か言いたげにニコニコと笑っていた。完全に確信犯のそれだった。
そんな立花の様子を、動かなくなったおもちゃを見る三歳児のような興味なさげな表情と視線で見ていた雪峰が口を開いた。
「・・・かなり警戒したうえで此処にきたというのもよく分かったわ
あと2つ教えて
まず、青月として白夜に協力するのは私個人だけでいいの?
それから、もし前哨戦に勝利した場合にはどのように特典を処理するつもりなの」
「協力者については雪峰会長1人で問題ありません
他の青月の生徒に何か特別な支援を求めるつもりもありません
それから、どちらかがこの前哨戦に勝った場合には平等に山分けできる特典はきっちり2分割に分ける
もしも平等に分けれないものがあるならお互いに使用権を放棄する、でどうですか
それならこの取引に乗るだけの価値がある」
「勝利したときに手に入る神器についてもその取扱いにしてもらえるの」
「勿論です
どうです?この提案に乗っていただけないですか?」
「・・・いいわ」
暫くの時間が固まったかのような沈黙の後、雪峰ははっきりそう答えて手を組んだまま首を縦に振った。
「えっ、雪峰、いいのか」
思わず確認してしまった。実際に同盟を組んで何をするのか分からない上に、立花を完全には信頼できないこの状況下では何となくこの話に乗らないと思っていたから。
「ええ、立花くんのいうとおり正面からぶつかればジリ貧になってしまうということは私もずっと懸念していたからね
ただ、2つ条件を追加させて
1つは今後も貴方と会ったり行動を共にするときには柊と千織にも同席してもらうわ
もう1つは、貴方の異能で青月の生徒に対して危害を絶対に加えないこと
この2つが守れるのなら」
「それは当然問題ない、そもそもさっきも言ったように僕はもう異能力者として前哨戦に参加はできませんから
これで契約締結、ですね
明日、また此処に一人で来ます」
思惑通りに事が運んだことに全く喜びもせず、ただ淡々とそう言い残すと立花は生徒会室を出ていった。まるで、協力関係が築かれることをもとから知っていたかのような態度だった。
白夜の会長が生徒会室から離れた後、俺は雪峰と2人で取り残された。
「・・・いけすかない野郎にしか見えなかったけど
乗るのか?同盟の件」
立花が部屋を出ていったあと、俺はすぐに雪峰に話しかけた。特に怪訝な様子もなく淡々とえらくあっさり立花の提案に乗ったことには個人的には違和感がかなり強かった。
雪峰は立花が残したマグカップを片しながら話し始める。
「・・・そうね
立花君の仮説が正しいならE判定が神器を見つけることできない現状で
今のままでは最大勢力である紅陽に消耗戦で勝てないのは事実だから」
「・・・それでも俺には立花がそこまで信用できる人間には見えなかったがな
奴の仮説がどこまで正しいのかもそもそも分からないんじゃないのか」
俺からすればあそこまで自信たっぷりに自分の話をべらべらと話し続けるやつに碌なやつはいない気がする。言い方は悪いが詐欺師の振る舞うそれなんじゃないのか。
俺のそんな立花への気持ちを何となく察したのかマグカップを洗い終えた雪峰は、自分の机に座って俺にも座るよう促しながら、優しい声でこう答えた。
「私も別に大きな信頼を彼に置いているわけではないわ
ただ、彼の仮説の件は、概ね私も同じことを考えていたの
実は青月の生徒だけでも今日一日で市街地は大部分をあらかた捜索し終えたのをこの部屋で確認したわ
それでも、神器が影も形も見当たらないのはおかしいって思っていたからね
そのうえで、立花くんの話を聞いて協力することにメリットがあると感じたから、そうすることにしたってだけよ
そうでないならそもそも彼をこの部屋に来ることを許していないわ」
俺は全体の戦況が見えていないから詳しくは分からなかったが、雪峰も同じことを考える程度には全く神器が見つかる気配もなかったのだろうか。
そして同じ結論に至ったから立花の話を聞く気になったと・・・
「なるほどな・・・それでも」
確かに雪峰のいうことは筋が通っているし、立花に対して十分に警戒もしているんだろう。
俺が更に反論を言いかけたところで雪峰はそれを遮り、言葉を続けた。
「協力するのも、私一人だけでいいのなら、青月の他の生徒に何か不利益を被るわけではないしね
しかも、私がD判定だということに立花君も勘づいているようだったし今更色々隠す必要もなさそうだったから」
雪峰はそこまで言って髪を少しいじって腕を組んだ。そのせいで少し胸のあたりが強調されしまっている。
思わず凝視してしまいそうになったので慌てて視線を逸らした。
「にしてもなあ
それから、護衛って俺と西條の2人だけでよかったのか?」
「私がD判定という秘密をうちの生徒は知らないのだから他の生徒を護衛につけるわけにもいかないでしょ?」
「まあ、それはそうなんだけどさ・・・」
「心配してくれているのね、柊
ありがとう
でも、大丈夫だから」
「なんでだ
何を根拠にそんなことを」
そうだ、俺は心配している、非常に。正直いって雪峰にもうこれ以上傷ついてもらいたくないからだ。則武さんといい、陸斗といい、A判定にはいい思い出はまったくない。
そのうえで立花みたいなどこの馬の骨とも分からないA判定にまで雪峰を振り回させたくないんだ。
「・・・また、私に何かあったら柊に助けてもらうから」
俺の不安な気持ちとは対照的に、悪戯っぽく雪峰は笑った。
いままでのアルカイックスマイルとは違う、本心からの笑顔に俺には見えた。
こんな顔をしてくれるようになったのは素直に嬉しいし、この笑顔を見ていたら俺まで不安な気持ちがかなり和らいでくるような気がした。





