道場にて
大分から熊本を通過し、サイゴウの住む鹿児島へと目指す。
道中、交番でどの程度かかるかを尋ね、3日はかかるだろう、と説明を受けた。
「ありがとうっす!」
四国出身を悟られないよう、訛りの無い弁蔵に話をさせ、旅のトラブルを避ける。
(絡まれるのはゴメンぜよ)
「それよりアニキ、今日はどこかに泊まらないっすか?」
体は泥まみれだが、それ以上に、足腰にも限界が来ていた。
この付近は、温泉街となっており、至る所から湯気が立ち上っている。
適当な宿の暖簾を潜ると、女将が顔を出した。
「いらっしゃーい。 何名様でしょうか?」
「2名で」
(女はごわす、って言わないのか)
どうでもいい事を考えながら、中へと通される。
「お金の心配がないって、最高っすね!」
案内された部屋は18畳と広々しており、真新しい畳の匂いがする。
しばらくくつろいでいると、弁蔵が立ち上がった。
「ひとっ風呂浴びましょうか!」
「ふぅ~、生き返るぜよ」
温泉は少し温く感じたが、長時間入るには適した温泉である。
「最高っすね」
弁蔵は首(どこが首か分からないが)にタオルを巻いて、壁にもたれた。
その時、誰かが扉を開けて中に入ってきた。
「うう~、さっぶ! 早く湯に浸かるぜよ」
その声に、もぐらはすぐに反応した。
(嫌なやつと会っちまったぜよ……)
「よぉ、おめーも来てたか!」
サカモトであった。
「二人とも、知り合いっすか?」
「おうよ、同じ便所で用を足した仲ぜよ。 ワシはサカモトだ」
それ以前に会っている、と思ったもぐらであったが、口に出さず、代わりに仏頂面を作った。
「サカモトさんは、旅行でこちらへ?」
「ワシは九州のサイゴウに用があってな。 やつはそこの道場に剣の稽古を付けに来とるらしい」
「サイゴウが来てるのか!」
ザバ、と立ち上がり、サカモトの方を向く。
「お前、サイゴウのファンか。 なら、明日道場に来たらいい。 面白いもん、見せてやるぜよ」
翌朝、サカモトに言われた通り、温泉街の外れにある道場へとやって来た。
爪の弾ける音と、気合を発する怒号が外から聞こえる。
「中、入れるんすかね?」
「サイゴウさーん!」
ファンと思しき女性が声援をかけたが、サイゴウは男にも人気がある。
その姿を一目見ようと、様々な人がここに押し寄せていた。
「もう少し下がるでごわす!」
扉には弟子が立ち塞がり、ファンを押しとどめている。
「皆さん、どいてくれぜよ!」
ファンをかき分け、男が叫んだ。
「サイゴウに伝言だ! サカモトが来た、とな」




