第91話 最悪の結末 後編
――。
俺とパットミちゃん、両手の無い男は馬に乗ってルルーシュインの布陣する陣地近くの丘に立っている。
ルルーシュイン達はウィルソンチャック達の作った罠の前に整列していた。
そして、七百人隊長の軍は南門の前に布陣し、5m半程の高さの南門の上に魔法部隊が並んでいた。
「……!!」
――国王の合図で戦が始まった。
南門上部にある大型弓2つが唸りをあげて斜め下の剣盾隊の百人隊長2人に向かって木の杭を飛ばす。剣盾百人隊長は目に光を宿した後に身を捩ってそれを回避した。咄嗟に単粒強化を全身に使ったような気がする。流石の反応だ。
どごーん
どごーん
だが、その背後にいた兵士が5人程巻き込まれて負傷した。密集陣形に大型弓の木の杭が直撃するとかなりの大惨事になると言う事が目で理解出来た。
パパパパパパッ!
大型弓の攻撃を皮切りに魔法部隊が火玉弾の雨を降らせた。
地上や地上にいる敵兵士に直撃した火玉弾はバンバンと爆発するが、受ける兵士達も伊達に鍛えられてはいない。重装兵は盾を上に構え、軽装兵は革の鎧兜に手甲等を使って露出している部分を守っている。その隙に各兵員と十人隊長は魔法防御障壁を展開してあっと言う間に体制を整えた。
対魔障壁、対魔水膜、水膜、呼霧、1つ1つは微弱な効果だが数百人が多重に掛ける事により火玉弾の着弾後に起こる爆発の威力を抑え、延焼を防ぐ事が出来る。
余談ではあるが魔法都市グルグルの兵士になるために必要なMPは50以上。この辺はバラツキがあるが、敵兵士達は貴重なMPの3分の1程を使わされて尚軽症の火傷を負わせられたと言う事となる。上々だ。更に言えば、この炎天下で火傷と言うのはかなり嫌なステータス異常となるだろう。
ともあれ敵軍は降り注ぐ火の玉に即座に対策した。それは魔法部隊と同じ軍に所属するがゆえの素早い対応だった。
こうなってしまえば、バリアや霧が出ている範囲は殆んど火玉弾の効果が無い。撃ち続けて更にMPを削ると言う選択も出来るが、魔法隊はそうしなかった。
ここで、俺やルルーシュイン予想外の出来事が起こる。ザコと金色の土鬼戦で見た光の柱……、火炎嵐の予兆だ。全部で11個、敵部隊を取り囲むように展開している。周囲は霧と火玉弾の煙で視界が悪く、十人隊長と百人隊長の判断が遅れた。
――3つ。魔法解除に失敗した光の柱は火炎嵐へと成長すべく光を強めていく。そして、十人隊長や百人隊長はそこに飛び込むようにして妨害する。重装兵の数人が光の柱に盾を構えて突っ込んだ。
「泥膜!」「冷気!」
「魔法障壁!」「水膜!」
風向きの関係か敵陣の魔法を唱える声がここまで響く。
刹那、巨大な炎の渦が広がり、数十人の兵士を巻き込んで展開する。第二次世界大戦の時に使われた火炎放射器を回転しながら放っているような恐ろしい威力の魔法は5秒程の猛威を振るった後に余韻を残して回転を止めた。炎は未だに兵士に取り付いて燃え盛っている。
「天蓋防御魔法!」
「水癒雨!」
「水癒嵐!」
「重傷の者はこの天蓋の元に集え! 剣盾隊と長槍隊はクソ天使の部隊を叩け! 重装部隊は門を壊せ!裏切り者を八つ裂きにしろ! 軽装弓兵は城壁の上を射て! 殺せるだけ殺せ!」
頭上に10m程の直径のUFOを召喚した七百人隊長の一言で敵全軍が態勢を建て直し始めた。七百人隊長は厳つい顔に似合わず天蓋の下で介抱作業をしている。ほぼ同時に百人隊長から放たれた広範囲回復魔法が火だるまになっている兵士の火を消して僅かながらも傷を癒す。
全く動かない者は居らず、僅かにでも動いて天蓋に向かう戦闘不能者は直撃を受けた10人ちょい、後は光の柱に盾を持って突っ込んだ重装兵が3~4人担がれて天蓋に運ばれている。
それ以外は多少のダメージは受けつつも戦闘出来ると判断したのだろう。あれだけの炎を喰らいながらも、断続的に飛んで来る大型弓の直撃を頭や胴体に受けた数名しか死者が出ていない。
ピュピュピュビューーー
直後に態勢を整えた軽装弓兵が城壁上部に弓を射かける。魔法部隊もバカじゃないので城壁の影に隠れる……が、
ドゴドゴドゴォ……!
先日土鬼戦で壊れた南門付近の城壁は剛弓より放たれた鉄の矢によって割れて崩れた。被害は確認出来ないが、魔法部隊は慌てて矢避けの魔法を唱えて防御を始めた。
ドゴーンドゴーン
続いて重装部隊80人強の斧が唸りをあげて城壁と門に噛み付く。タイミングを合わせて振り上げられる一撃は、着弾毎に城壁を揺らした。これでは5分と持ちそうにない。
慌てて20人ばかしの魔法剣士隊だかも城壁の上に出て来て必死で石を落としたり火玉弾を飛ばしたりして何とか城壁の倒壊を遅らせるべく頑張っている。城壁を盾として行われる激闘、MP切れを起こしたのか上から下へ行く魔法が弱まりつつあるものの落ちてくる物は増え、双方乱戦となって相当の怪我人が出ているのが見て取れる。
大型弓は矢の集中を受けて破壊されていた。最早ただの重りとなった大型弓は台座から外され下に落とされた。
潰された人が居るかは見えない。
◇ ◇ ◇ ◇
そうこうして居る内に百人隊長3人と剣盾兵180人程、長槍兵90人程が長槍兵を先頭とした三角陣を組み、駆け足で突っ込んできた。ルルーシュインの合図で、部隊の両脇に伏せていた弓傭兵部隊40人が一斉に起き上がり、前列の長槍兵に弩を射かけた。
ヒュヒュヒュヒュ
敵の長槍兵達の胸から血が噴き出す。本来ならば防御魔法なり矢避けの魔法なりを展開してから突っ込むのだろうが、先程の火玉弾の雨や火炎嵐を食らって、障壁の展開や回復の為のMPを消費した上に、俺達に遠距離攻撃部隊が僅かしか居ないと油断したのだろう。十数人がバタバタと倒れて後ろから来る味方に踏みつけられた。直ぐ様複合弓に持ち替えた弓傭兵はひたすら連続射撃をする。付与されたであろう筋力から放たれる矢は面白い様に長槍兵の革鎧を突き破っていく。
だが、されど革鎧。長槍兵は革鎧の軽さを生かした速度で猛進してくる。そして落とし穴と呼ぶに情けない溝と土壁を避けて長槍兵達が左右に別れた。そして、迂回した分の数秒でまた数人の長槍兵が倒れる。悲しくも相性の差で討ち取られ、残りの長槍兵が少なくなってきた所で我が軍の両翼に到達した。
そこには……
「我が名はルルーシュイン! 社畜隊の五十人隊長也。死にたい者より掛かってくるが良い!」
「キュアスパルタカスよッ! 魔王に代わってお仕置きよッ!」
社畜隊で最も強いルルーシュイン五十人隊長と次点のキュアスパルタカス十人隊長が防御重視の魔法強化状態で立っていた。キュアスパルタカスもちゃんと仕込んだ台詞を覚えていたようで何より。
ズバズバズバーッ!
ルルーシュインの青龍円月刀が質量に見合わない速度で振られると、先頭の長槍兵3人の槍の穂先が吹き飛んだ。そのまま1回転して持ち主の長槍兵の胴体をも両断した。この動き、何とか無双で見た事ある……!
そのまま刀を反して槍兵達の群れに突きを放つ。――が、その突きは横から突き出した金属製の短剣に防がれる。
「俺の名は槍兵隊コッペパン十人隊長、いざ勝負!」
「俺の名は槍兵隊ジャムペン十人隊長、覚悟!」
ルルーシュインは槍と短剣を使う二刀流の十人隊長2人と斬り結んでいる。
反対側では……。
「オラオラオラアッ! 剣の錆びになりやがれッ!」
キュアスパルタカスが両手に持った高級魔導具の剣を振り回して長槍隊をザクザクと斬り裂いている。リーチの長い長槍は懐に入られると極端に戦闘能力が落ちる。キュアスパルタカスは元々短剣2本使いの高スピードで敵陣に突っ込み攪乱攻撃をするタイプなので、団子になった長槍兵は相性の面で最高に良い相手だった。僅か数十秒の事ではあったが、ルルーシュインよりも多い人数を斬り伏せて敵を無力化していった。
数十m程離れては居るが、血の飛沫が上がるのが見える。
両翼で大将達が乱戦に突入するのを横目に、4人1組となった社畜隊はじっと身を固めて動かない。その間にも両翼背後からの弓傭兵の援護射撃は続き、僅か数分の戦いで長槍兵はほぼ全滅したと言って言い様な状況となった。
弓傭兵の遠距離攻撃、それから万全の状態から大量のMPを使って強化している百人隊長相当のルルーシュインとキュアスパルタカスと、敵軍の戦いは一方的だった。更に言えば、敵の兵士達は既にMPを削られ、火傷を負い、士気も低下している状態で戦わざるを得ない時点で勝敗は決しているような物だった。
「ヒャッハー! 敵兵は消毒だー!」
左右に別れた長槍兵が足止めを食らって、敵正面で一時的に動きを止めた剣盾兵に社畜隊の魔法部隊が火玉弾を浴びせた。
ポンポンポン
魔法都市グルグルの魔法部隊のそれと比べるべくもないヒョロい炎の玉はまばらに敵陣へと飛んで行き、時々敵兵の「熱ッ!」とか言う声と共に爆ぜた。その挑発に乗った剣盾隊は落とし穴と呼ぶに情けない溝と土壁に突っ込んできた。
ドボォ。
「イテェ!」「土に何か埋まって……イテェー!」
溝に仕込んだ竹槍は機能しているようだった。飛び越えようとして失敗して転んだ剣盾兵に、せむしのセム君の俊足の長槍が突き刺さる。罠に引っ掛かった敵兵は味方に踏まれて傷を深くしながらのたうち回る。……しょぼい罠の割りに案外重傷を負っている様に見える。やはり付与されていないと言うのは相当なハンデなのだろう。敵兵は次々と罠にかかりながらも溝や土壁を飛び越えてくる。
それを4人1組で守りを強化している社畜隊の皆さんがチクチクと刺し殺していく。罠にハマったり防具が焦げてボロボロになっているような剣盾部隊は、かなりの強化魔法を掛けられている社畜隊には敵わずに、3人4人と地面に伏して行く……が、
「めくらのメッキーがやられた! 後ろに引っ張っていけ!」
「ポルノダンサーがやられた! こいつも連れてけ!」
「ああっ! ヒョロガリもッ!」
敵は歴戦の正規兵、急仕込みの寡兵ではボロが出るか……。そうこうしているうちに敵長槍兵は完全に全滅し、2人の十人隊長とやらも長槍兵の百人隊長もいつの間にかにルルーシュインが葬っていた。キュアスパルタカスは2本の剣を振り回して、既に敵剣盾兵のかなり奥まで斬り込んでいる。
社畜隊は剣盾兵と魔法兵を中心に、流れの一撃で戦闘不能者が続出していた。だが、長槍兵と重装兵は割りと頑張って敵の攻撃に耐えている様に見える。それから、中心に配置したせむしのセム君が負傷を厭わない決死の奮戦で中央の戦線を支えていた。
味方の損耗も30%近くなり、ジワジワと押されてくる。やはり剣盾兵は白兵戦ではかなりの強さを誇る。敵は未だに150人以上居るが、此方の戦闘可能な兵士は30人……を切っている。弓傭兵も矢が尽きて投石何かを始めている。
ゆっくりと戦線が崩壊していた。
――ダメか。
そこで俺の背後から大声が上がる。全力疾走するウィルソンチャックだった。
「援軍到着ーッ! クロスアーミー神殿騎士閣下率いる援軍150人ーッ!」
その声が段々と大きくなり、地響きに似た馬の蹄と人間の足音がドタドタと聞こえてくる。
「はぁ、間に合ったか。ハラハラさせやがって……正午までに来いって言ったのに……」
俺の呼んだ第2の援軍が到着した安堵感が俺の口からの一人言を誘った。
パカラパカラ
馬に乗った俺の背後から白馬に股がった髭面の騎士がやってきて、顔を並べて止まる。
「よぉ、コーディ。3ヶ月ぶりか? お前から助けを求める何て……よっぽど切羽詰まって居たようだな……!」
俺は顔を合わせずに頭を下げる。
「…………助かりました。150の兵を此処まで連れてくるのは大変でしたでしょう」
俺の顔が引き吊っているのが分かる。
「150? ありゃ嘘だ。実際は55人だ、十人隊長5人を含むからそれなりに強いがな。議会はねじ伏せた。これは貸しだな」
背後から雄叫びを上げて援軍が突っ込んで来た。ウィルソンチャックは未だに「150人の援軍が来たぞー」と叫んでいる。恐らく150に満たない事を分かっていながら叫んでいるのだろう。
敵軍は援軍の雄叫びとウィルソンチャックの嘘喧伝に完全に浮き足立っている。ちらほらと左右に走って抜けていく兵士も見える。ルルーシュイン達と戦っている敵兵は完全に瓦解して、天蓋の方向に向かい始めた。
「ほう、結構ギリギリだったようだな、くくく……調度良い時に来たようだ」
この演技掛かった反応。わざと遅れてきたんじゃないか?
心がささくれ立つ。クロスアーミー先生の革手袋が手綱をきりりと握る音にあの夜の事が脳裏に過る。
心臓がザワリと騒ぎ始める。落ち着け……落ち着け……。
後ろに並んで座っているパットミちゃんがぎうと俺を抱き締める。
「戦況が引っくり返ったみたいだが……門の方はダメみたいだな。俺が見てきてやろう」
そう言ってクロスアーミー先生は馬から降りて、いつの間にかに半分崩壊している南門へと向かって物凄い速さで走っていった。道すがら通り過ぎる敵の頭をメイスで破裂させる余裕もあるようだ。目線を上げると、城壁の上にいた魔法兵の姿は既に全く見えず、7~8人の魔法剣士が王様を守って七百人隊長と戦っている状況だった。
ぐ……!
「社畜隊ッ! 力を残している者は居るかッ!」
「アッシは行けやス!」
「親分俺も行けるぜ!」
せむしのセム君とキュアスパルタカスが真っ先に手を挙げた。俺は反射的にルルーシュインの方を見ると、ルルーシュインは敵の剣盾部隊の百人隊長と戦って居た。見た感じルルーシュインに分が有りそうだが、敵も簡単には倒れてくれない様子だった。
「コーディ隊長! ここは抜けられん! だがこいつを倒せば百人隊長は軽装弓兵のみッ! 私はこいつを仕留めるッ!」
「動きが鈍くなってるぞ赤マントッ!」
「ルルーシュインだッ!」
「うるせー赤マントッ!」
何とまぁ仲良く戦っている。そして、他の皆は既に戦闘は終わって怪我人の手当てに入っている。
「せむしのセム君とキュアスパルタカスは付いて来いッ!」
俺は馬を走らせて南門へと向かう。
「火炎剣撃ーーー!」
ギィン……!
いつの間にかに1人となっていたユータナカ十人隊長の渾身の横薙ぎの火炎系魔法剣が七百人隊長の長剣を城壁の下に弾き飛ばした。その勢いでユータナカ十人隊長は1回転して回し蹴りを放ち、城壁の上から七百人隊長を蹴り落とした。
その落下地点の手前に来て居たクロスアーミー先生は飛び上がった。そして空中でメイスを振りかぶって七百人隊長の頭を強打した。その頭は首と分離して城壁にぶつかり、へばりついた。図らずとも晒し首の様になっている。
クロスアーミー先生は雄叫びを上げた。
「七百人隊長討ち取ったりーーー!」
その言葉を聞いて、殆んどの者が武器を手放した。
戦は終わった……。誰もがそう思った。
周りを見渡すと、魔法都市グルグルの正規兵は1割程しか立っていなかった。残りは地面で呻いているか、全く動かないか。
幸いにも社畜隊と弓傭兵からは死者は出ていない。だが、魔法部隊と魔法剣士隊はほぼ全滅。見た感じユータナカ十人隊長しか立っていない。敵兵も悲惨な状態だ。
「戦は終わった……」
誰もがそう思い、敵味方を隔てず生き残りの治療に当たり始めた。今回の戦争……いや、内乱は一国の兵同士が戦う悲惨な争いだった。勝っても負けても、生き残った者は隣人と戦った心の傷を背負って今後を生きていかねばならない。
「右端と左端の土を掘り返せッ! 左右100個づつの傷薬と軟膏と包帯があるッ! 生きている者は皆治療に回れッ!」
俺は虚しさを感じながら、戦争前の仕込みをすべて吐き出した。
せむしのセム君とキュアスパルタカスは左右に別れて走り出し、傷薬を埋めた場所を掘り返して、傷薬を配り始めた。
――泣く者。――笑う者。
様々な感情を静めるべくか、何を言わんとするのか――魔法都市グルグルの王様は拡声魔導具を取って声を上げようとした。
――。
「皆さ……ぶぷッ!」
王の声に皆が城壁の上に顔をやると……。
首の無い王様が立っていた。その血を噴き出す身体を支えていたのは……。
社畜隊の腕章を付けて満面の笑みの浮かべる死刑囚――。
研究室に収監されている筈の“連続快楽殺人犯”だった。




