第9話 サンタ・クロスアーミーと魔法の小部屋
コンコン。
ノックが響く。
「どうぞ」
「邪魔するぜ、坊や」
聞き慣れない声に飛び上がると、そこにはパジャマ姿のクロスアーミー先生が立っていた。頭にはナイトキャップを付けており、前世の記憶を辿って表現するならばサンタクロースを彷彿とさせる格好と言えば良いだろうか。
「何やら俺以外の誰かと逢い引きしているかの様な反応だが、誰か意中の人が居るのかい? 坊や」
クロスアーミー先生が低い声を出しながらゆっくりと近付いてくる。
俺はベッドから出て、ベッドを挟むようにして床に降りた。
「おっと、逃げなくてもいい。今日は話し合いに来たんだからな」
「何ですか? クロスアーミー先生」
「坊やは本当は目覚めているんだろう? 俺にはそれがわかる。それを確かめに来たのさ」
「なぜ私が目覚めていると思われたのですか?」
「それは俺の質問に答えてからだ。どうやら、図星のようだからな」
……しまった。
つい社会人の癖で嘘を付かずに誤魔化すような態度を取ってしまった。まぁ、そんな手法を使うって事は相手も俺の事をはっきり分かってないって事だ。少し嘘を付かせて貰うか。
「おっしゃる通りです。私の天使様は目覚めております。ですが、力の弱い名も無き天使と申しております」
「ほう、それでいてあれだけの魔法領域を1日で? 大したもんだな」
しまった。原稿用紙を見られていたのか! しかし、書いている時は個室だし、誰にも見られないように急いでベッドの下に隠した筈だが……。透視でも持ってるのか!?
「ええ、天使様が代わりに覚えて下さったのでどうにか」
「で、幾つ覚えたんだ?」
……? 呪文の書かれた原稿用紙を見たんじゃないのか。成る程、ストックされていた原稿用紙の消費量だけで何かを嗅ぎとって来たのか? 有りうる。原稿用紙置き場から消えた大量の原稿用紙を見て此処まで辿り着いたのか。ならば……。
「3つでございます。失敗して沢山の紙を無駄にしてしまいましたが、何とか3つは出来ました。合計6枚の羊皮紙を使って3つの領域を作りました」
……いけるか?
「ほう! 1日で3つか、なかなかやるじゃあないか。この分だと1~2週間で10程の魔法を覚えられそうだな」
ビンゴ! この程度なら誤魔化せそうだ。
「いえいえ、もう頭がパンクしてしまいそうです」
「ふふ、そうか。じゃあ明日からは俺が教えてやろう。俺はナグルスとは違って少し厳しいからな、少し覚悟してくれ。宜しく頼むぜ、“コーディ君”」
……は?
「じゃあ、俺はこれで行くが、先生として忠告しておく。先生との夜の密会は色々と疑われる原因になるからな。是非とも避けてくれ。変な疑いがかけられて困るのは大人の方だからな。ふははははは……」
そう言い残すとクロスアーミー先生はドアを閉めて出ていった。
ドアが閉まって、足音が遠ざかり、廊下の角を曲がるのを確認したら、大きな震えるため息が出た。掌を見ると、脂汗がびっしょりと存在感を示していた。
何故クロスアーミー先生が俺の事を「コーディ」と知っていたのか。ハイパワー・ナグルス先生が俺を売った? いや、それはない……他に俺がコーディだと知っている奴も居ない。
(日本語で良いんですか!? コーディさんっ!)
(“コーデックス”情報だと何言語でも良いらしいな)
……あれか、あの会話をクラスメイトの誰かが聞いていて、それがクロスアーミー先生の耳に入ったか……。クソッ! 結局ハイパワー・ナグルス先生の失態じゃねーか!
それから先生との密会はするなって? ハイパワー・ナグルス先生と話するのが気に入らないからって、お前も先生だろ!
◇ ◇ ◇ ◇
取り敢えず、羊皮紙は隠さないといかんな。
辺りを見渡すと1枚の絵が目に入る。
預言者の絵だかなんだか知らねーが、裏に何枚か隠させて貰うぜ。
絵の回りに配置された天使像を掴んで登り、預言者の絵を取る。すると、そこにはポッカリと穴が開いていた。
「穴?」
その穴を覗くと、奥行き50cm程の窪みの様だった。
よく考えてみると周りの天使だけが像で、預言者だけが絵と言うのもおかしい組み合わせだった。恐らく、真ん中の預言者の像が壊れるかなんかして、絵に掛け代えられたのだろう。
俺はその穴に羊皮紙を全て詰め込み、再び寝台の中に入った。
……クロスアーミー先生は信用出来ない。あの、人を試す様にして探るやり方をする奴は決まってヤバイ奴だ。明日からの授業も何をさせられるか分からん。
……。
……。
眠れん。
修得する魔法の事でも考えておくか。
……恐らくクロスアーミー先生には攻撃魔法やらを覚えさせられるかも知らんな。
先ずは攻撃魔法で3枠埋まると思って良いだろう。
……それ以外に余った枠で今俺が覚えるべき魔法は何だろう。
基本的にMPが低過ぎるから今は大した魔法は使えない。……だから、基本的な小魔法の火矢や水浄化、浮遊蝋燭とかか?
いや、そんなん覚えても、いざと言う時にどうにか出来るとは思えん。
じゃあ枠を3つ消費して中魔法を覚えるか?
それとも枠を9つ消費して大魔法でも覚えるか?
今なら大魔法クラスでも覚えられる領域はあるからな……。今は使えずともMPを貯めてどうにか切り札に出来れば……。
それともそれとも、枠を27つ消費して極大魔法を覚えるか……?
思案は尽きない。