第79話 粗末な玉座
「大丈夫? コーディ……」
俺の側では少し痩せたパットミちゃんが心配そうに佇んでいる。
「そろそろ……大丈夫かな。まだ少し頭が痛いがマシにはなってきた」
――――1週間前。
「天使様が降臨されたぞ!」
「amen reimen バイオレンスポリスメン!」
周りのモブ共が五月蝿い。背後でパットミちゃんが崩れ落ちるのが分かる……が、身体が動かない。びっしりと自身の中に詰められた魔素が俺に激痛を齎す。
「大丈夫ですかい親分?」
両手の無い男と兵士達が俺に近寄って話しかける。俺は両足のバランスを崩して倒れると、それぞれが俺とパットミちゃんを受け止めた。手首から先がふよふよする両腕で抱かれた俺はパットミちゃんに語りかける。
「ありが……t……」
それは、掠れて声にならなかった。
「おい! 何か変だぞ! 医療班を呼べ!」
護衛の筈のウィルソンチャックは俺の死角から武器を構えて様子を窺っているのが分かる。悪くない。いざとなったら俺を殺せ……。チャンスがあればだが……。でないとルシフェル《アレ》に身体を奪われてしまう……。
そこで俺は宮殿の医療室に担ぎ込まれ診察を受ける。だが、何故倒れているのかが分からない医者はポイと匙を投げた。業を煮やしたウィルソンチャックが“魔王の心臓”の事を話した。すると藪医者は俺を研究室へと移した。
研究室で分析された結果、俺の状態は重度の魔素中毒。そりゃ土鬼数万匹の魔素が入ってるんだ。魔物化していない方がおかしい。
だが、殆んどの魔素はルシフェルが封印された瞬間身体中から蒸気のように噴き出していた。どうしても抜けきらない魔素が身体に残り、また魔素が抜ける際に全身が傷付き、色々と重症化して動けない状態になったらしい。
研究室にあったモーニングスターにしか見えない魔素抜きの魔導具でゆっくりと魔素を抜いて、会話が出来るレベルまで回復した俺はベッドに寝かされ、国王の前で話をする事になった。
俺は時代劇の子連れな人が転がす乳母車の様な……大きな車輪の付いたベッドに乗って宮殿の坂道を上から下に移動する。
これ、乳母車ベッドを運転している奴が手を離したら俺は地獄行きじゃあ……。と言う心配をよそに、大変に粗末な玉座の間に通された。
そこには、ボロボロになったルルーシュインと、同じく乳母車に寝かされたパットミちゃんも居た。
「パットミちゃん、さっきはありがとう……」
「良いの。でももう私に出来る事無くなっちゃったな」
そう。ルシフェルが封印された後、俺の背中にしがみつくパットミちゃんから、パットミちゃんに宿る天使の“ポリエステル”が消失するのを感じた。今のパットミちゃんは天使の加護を失っているので、少しませた4歳児でしかない。
「だがまだ、働いてもらうぞ。お前は俺の騎士なんだからな」
「コーディ……」
「んん! 仮にも玉座の前でイチャイチャせんで貰えるかな? 一応アレでも王は王なのだ」
七百人隊長が咳払いをした。
「一応って何ですかよ、そんな言い方じゃあ威厳出ないじゃないですか……」
白衣の上にふわふわのローブ、そして少しズレた王冠を頭に乗せた気弱そうな国王が答えた。
「ああ、失礼しました。俺はコーディ山田と申します。王様? に会う機会が頂けまして至極光栄に存じ……云々」
俺は経緯こそ伏せたが、自身の中に魔王の心臓が埋め込まれている事、それを抑える為の魔導具を求めて魔法都市グルグルにやって来た事、そして土鬼女王と赤い土鬼と金色の土鬼の騒ぎに巻き込まれて大惨事になった事を伝えた。
「あぁ、事実は小説よりも奇妙な話になるんだねぇ。いや大変だわ。でね、あのね、先ずこっちから言いたいのはね、あー云々」
気弱そうな国王は先ず土鬼の群れの撃退と、ルルーシュインの貸与について「ありがとうねー」と労いの言葉をくれた。そして、研究室の分析結果で俺の中に居るルシフェルはある程度不安定ながらに封印されている事を教えてくれた。
俺の話と統合して判断するに、ルシフェルの内側に取り込まれたグローリアが必死で食い止めている形と、パットミちゃんの守護天使のポリエステルが命を賭して封印を施した為にそう簡単には出られないだろう。多少なら胸を叩いても大丈夫そうだ。
それから、横に居るパットミちゃんの話を聞くに、天使の羽の数はその天使の持つ力を表すと言う。それは知ってる。そして、グローリアの羽は4つ、ポリエステルの羽は2つ。足しても7にはならないので完全封印とはならないらしい。
と言うかそもそも天使としてのグローリアも、ポリエステルも、恐らくルシフェルもまだまだ覚醒していない眠気眼状態らしく、長く意識を保つ事は出来ないらしい。
これは聖別幼育園に居た頃からあった。覚醒した天使自体はあまり話さないのだ。目覚めた天使は守護する子供達に名前だけ告げるか、一言二言余計に話す程度らしい。
話は国王に戻る。
俺の「ルシフェルを何とかする方法はないか」に対して国王は断言した。ルシフェルを封印や退治をするような魔導具は無いと言う事を。そしてMPが100万単位であるのならば可能かもしれないと言う絶望的な計算を叩き付ける。
――――MP100万とは。ザコが17時間稼働させられる程度と考えると結構大した事無いように感じるが、実際はMP100の魔法使いが100人集まって100日間MPを注ぎ続ける大事業となる。一応街中のMPが吸われてこの宮殿に集まる街機構のお陰で実際は半分程の時間で集める事が可能なのだが、作る手間も考えたら相当な工数になるだろう。
そして、国王は付け加える。今現在製造している宮殿魔導具が赤人の帝国の発注で、天使に関わる物を製造していると言う事を。
――――この魔法都市グルグルの宮殿工房は一国に戦力の片寄りが起きないように多くの国家と条約を結んでいる。それは輪番制で平等に宮殿魔導具の発注契約を結べるといったものである。今回はその順番が帝国に回ってきており、順番を無視したり、製作を遅れさせたり、拒否する事は出来ないと言う事だった。この条約は破れば即座に戦争が起こるレベルの物なのだと。
そして、守秘義務の関係で内容は言えないとの事だったが、「天使関連」と言うだけで、これが俺達対策である事は明らかだった。
王様は改めて俺とパットミちゃん、ルルーシュインに礼を言うと、野鳥の会が計算した褒賞金と褒美をくれると言った。
俺と兵士達が倒した土鬼達の褒賞金は、死体から厄介な魔素を抜いた事でかなりの色を付けて貰い金貨700枚。ルルーシュインの働きと金色の土鬼と赤い土鬼含む特殊な土鬼の討伐報酬として、両腕がもげて壊れたザコと整備道具一式。魔導具技師3人を譲り受けた。技師は3年間給料は不要らしい。
褒美を貰った俺達は、一旦ウィルソンチャックに西の森の砦に技師達や文官達を連れていくようお願いした。技師達や文官達にはザコmarkⅡの作成を命じ、皆に砦の建築作業に研究室を追加してほしい旨と、帰って来ているであろうケンデリカット達への手紙も持たせた。
そして、身体を休める事1週間。俺は研究室から退院の日を迎えた。




