第78話 パットミ⁉ポリエステルちゃん死す
「ゲギャゲギャ(な……何だお前は……)」
「私か? 私は堕天使の魔王ルシフェルだよ。見ての通り完璧な身体ではないがね。君は見たところ随分と饒舌な魔物みたいだね」
俺の口から俺の意思ではない声が出る。だが、感覚として分かるのは、土鬼の言葉と同じく、この声は普通の人には認識出来ない声なのかもしれないという感覚がある。
天使の祝福を受ける預言者の降臨に必要なものは聖気と陽光と丘陵、そして偶数の年に偶数の月に偶数の日の夏至の日。それに対して俺の身体に赤い紐を植え付けた奇数の羽の天使……。薄々感じてはいた。こいつが……まともな天使ではないと。そして7つの羽を持つ天使、それは堕天使ルシフェルじゃないかってな……。
だが、堕天使ルシフェルは確か光輝く12枚の羽を持つ最高位の熾天使じゃなかったか……? 堕天使になった時点で羽の数が減ったのか……? 確か堕天使になった後はルシファーに改名されたんじゃなかったか?
謎は残る。だが俺の思考とは裏腹に、世界は時の歩みを無情にも進めていく……。
俺の左手は、俺の意思とは無関係に後退る赤い土鬼を掴んで、その魔素を掌から吸収する、そして、赤い土鬼は即座に絶命し、その骸をただの土へと返す。
そして、身体の中に入ってくる魔素が人間の俺に反応して全身に激痛が走る。
ぐぅあああっ!
魔素は万物を魔物に変える粒子。俺の身体も魔物に変えられてしまうのか……?
痛みを堪えて背後を振り返る。そして南門を見ると、城壁が一部崩壊して瓦礫が散乱しており、多くの人が集まっているのが確認出来た。
誰も死んでないか……?
“誰も死んでいない様で何より”
頭の中に奴の思考が流れ込んでくる。そして、死んでいない事を喜ぶのか。……まぁ何となく分かる。つまり“ただ死んでしまうのは勿体無い”自分で殺す気だろうよ……!
俺の意思を離れた身体は再び振り返り、土鬼達の群れに対峙する。そして、俺の身体は緊張の走る土鬼達に両掌を向けて、外側から内側へと手首を捻る。すると、一斉に土鬼達の群れは倒れて、そこから溢れた魔素が溢れ出した。それが宙を漂いながら身体の中に吸い込まれるように入って来た。
これは……!!
ぐ……うおおおグラ……ゥ! おあおおおおおお!!!
身体が強制的に「人間」から「魔物」にされていく様な違和感を感じる。意識を飛ばしてしまうと、もう2度と人間として目覚められない様な……。強い嵐の濁流に呑み込まれながら、必死にもがいて……時折戻ってくる水面で溺れながらも息を求めるような……。激しく渦巻く暗黒の流れの中で必死でグローリアを探す。
グロー……リア……!
“抵抗せずに一緒に楽しもうぜ……?”
“前は一緒に楽しんだじゃねえか……”
頭の中で俺の身体の制御権をもて余すクソ野郎の口がクソを囁く。
ぐ……うおおおあおおおおあおお!!!
この……ッ! クソ野郎……! ブッ殺してやる……!
俺の視界が赤を通り越して憎悪の黒に染まった時、パットミちゃんの声が聞こえた。
「コーディー! 祈って! そして負けないで! 私が何とかするからッ!」
……そうだ。ここで憎しみに呑まれたらルシフェルの思う壺だ……ッ!
俺は……ッ! 俺は!ルシフェルを憐れむッ! そしてお前の今後の活躍をお祈りいたしますッ! 不採用通知だボケッ!
俺の抵抗にルシフェルの意識から少しの不快感が出るのを感じる。ザマァ見やがれ。
神殿長エナは言った……ッ! 困ったら祈れと……ッ!! そして、仲間が助けてくれるとッ!
うおおおお! 動け俺の身体あっ! グローリアッ! グローリアも動けるなら力を貸してくれェエエエエッ!
ギギギと言う音を立てながら俺の右手が緩やかに支配を抜け出す。その腕で左腕を抑える。
パットミちゃんーーーー! 今だッ!
パットミちゃんが走り出した足音と、バシャーッ! と背中に生える7つの羽に聖水が掛かる感覚が走る。
だが、背中に走る痛みは前回の痛みには遠く及ばず、明らかな不発を予見させる。
その背中にはしとパットミちゃんがすがり付く。
「私の中のポリエステルちゃん! お願い力を貸してーーッ!」
背中にしがみつくパットミちゃんから2枚の羽が生えると同時にグガガガと地面から光の鎖が立ち上る。その鎖の先端は蛇の頭となっており、俺の両足に巻き付いて太腿に牙を突き立てる。
そしてーーーーー。
ふわりと自身の中から温かい何かが飛び立った音が聞こえる。
「さよならお兄ちゃん」
聞き慣れた声、その刹那、俺の左手の薬指から4枚の羽が飛び出した。俺の身体の奥の奥、胸から溢れ出る闇のエネルギーを内側から抑えるようにして、俺の半身は心臓に身を納めた。
ふと気付くと、俺の身体の置かれている状態に気付く。俺の身体の中、その奥深くには……グローリアとルシフェルが一纏まりになって存在していた。その周辺には光る蛇の頭を持つ鎖が巻き付いている。
背中から生えていた羽は薬指の羽と共に消失し、霧散した。
そして、背中にしがみついているパットミちゃんの中から、命の灯火が消えた音がした。
……。
「おお! 天使様だ! 聖天教会の天使様が降臨されたぞ!」
「すげー! あの土鬼の群れが一撃で死んだぞ!」
「おお神よ!」
「amen! ramen! 冷ソーメン!」
「野鳥の会の人が凄い勢いでカウントしてるぞ!」
ガリガリガリガリリリリリヴィイイイイイーーーーrrr!
「俺達は勝ったんだ!」
城壁の周辺で騒ぐモブ共に潜みつつウィルソンチャックがメイスを握ってにじり寄ってくる。
それで俺の頭をカチ割って殺してくれ……。
背中のパットミちゃんが崩れ落ちた。




