第72話 クイーン
みーんみんみんみーーーん――。宿の敷地に生えている木から蝉の鳴き声が聞こえる。昨夜の蒸した熱気に当てられて、蝉の幼虫が幾らか土の中から追い出されてきたようだ。
宿の庭を眺めていると、宿の軒先でパットミちゃんが蝉の脱け殻を集めている。子供らしい面を見ないパットミちゃんにしては珍しい。
(せみー)
◇ ◇ ◇ ◇
「えいしやー! 今日は宮殿に行くぞ!」
俺達は魔法都市グルグルに到着して2日目の朝を迎えた。昨日はこの旅の目的でもある自衛手段と魔王の心臓対策の魔導具を探したのだが、結局パッとする物が見付からなかった。
自衛手段は値段の高さに妥当な物が見付からず、魔王の心臓対策はどれもこれも効果が無さそうな物だった。やはり魔王の名前は伊達じゃないらしく、抑えるには宮殿魔導具級の魔導具が必要らとだろうの結論に至った。
俺とパットミちゃんと、護衛として両手の無い男とウィルソンチャックの4人で魔法都市の中心、宮殿へと向かう。両手の無い男は見た感じ白い手袋をしている様にしか見えない。心なしか身体全体から迸る闘氣が感じられる。
ちなみにルルーシュインは早朝から鞭でビシバシと兵士達をしごいていた。元囚人の連中は長年の飢えを埋めるように大飯食らいだが、栄養状態が良くなったらしく動きが見違えるように良くなった。元盗賊の連中は主に軍規を守るように矯正されている印象がある。そして、道中拾った組は身体がヒョロく、まだまだ仕上がっていない印象を受ける。
それでも皆お揃いの硬革鎧と硬革脛当を着けて、持ってきた社畜隊の腕章を付けている。武器も持っていない奴には支給された様子だし、集団行動をしている姿は壮観だ。新入りには木の盾と鉄の中型剣か……。うーん。素晴らしい。
商人や後方支援の文官にする連中も白いトーガを身に纏って、一生懸命獣皮紙の前でカリカリと何かを書いていた。良く分からんが頑張っているみたいだ。
◇ ◇ ◇ ◇
魔法都市グルグルの街は螺旋状に展開されている為に、中心に行けば行くほど道は狭くなる。そして見回る兵士の数も増える。宮殿の前に来ると、最早5m置きに立っている位だ。
これでは犯罪のしようがない。何かしたらあっという間に袋叩きだ。
――グルグル宮殿。魔法都市グルグルの名前の由来にもなった建築物だ。中心に宝珠を乗せた螺旋状の造り宮殿は、バベルの塔とタージ・マハルのあいのこといった形だった。
「止まれ、お前達は何者だ」
通り掛かった衛兵はルルーシュインに強い目線を向けて話し掛ける。
「ロンドヴルーム神殿騎士付き支軍隊長コーディ山田だ。国王か宮殿魔導具の責任者に会いに来た」
俺は階級章代わりに着けている襟の紀章と腕章を見せる。
「……天使憑きの子供達か。成る程大人みたいだな」
思わぬ下からの声だったのだろう。顎を引いた衛兵が答えた。
「どうも。中身は半分大人だよ」
俺達は身分の証明が済むと、グルグル宮殿の中に入れて貰った。中は巨大な螺旋階段の脇に段々になった小部屋が連なる形になっており、最上階は25階。建物の中心部が最先端の魔導具の工場るらしい。足を踏み入れると建物の中は涼しく、何処かパソコンのにおいがした。
キョロキョロしていると、親切な人に声を掛けられて、謁見の待合室に通された。待合室は1階部分にあり、国王には直ぐ様会えると言われた。
うーん。ザルな警備だ。どうも国王の警備より魔導具作成の現場の方が警備が厳しいらしい。入って直ぐの小部屋が待合室でその奥が謁見の間だそうな。研究熱心な事だ。
ガチャリ
ボーッとしていると、謁見の間から誰か出てきた。そいつは何と額に十字傷の男だった。相手の方が俺に気付いた様な感じだ。
「やぁ、君達。また会ったね」
「おお! あの時の!」
額に十字傷の男は森林国家アイヌの酒場で俺が人質になって全財産を奪われた時に助けてくれた奴だ。この御時世に生きて再開するなんてこいつも俺の部下になる為に現れたに違いない。
「改めて自己紹介させて貰おう。俺はロンd……」
すると、血相を変えた兵士が飛び込んでくる。
「大変だ! 土鬼女王が出たらしいぞ!」
「「女王だと!?」」
兵士は謁見の間を開けて緊急報告をしている。
――――土鬼は雑魚い。小学生並みの力と人に少し劣る程の知恵はあるが、子供の俺でも棒キレで撲殺出来る位だから大人の兵士ならば100匹位迄なら倒すだろう。だが、自然発生程度の増え方では100匹集まる迄に数ヶ月を要する。故に積極的に狩るような魔物ではない。
しかし、雌が発生するのは相当に不味い。雌は餌さえあればその100匹を1日で生む事が出来るからだ。そして、女王と言うのはただの土鬼ではなく、身体が倍程に大きい大土鬼やその上位個体を量産する事が可能なのだ。
活動するのにさほど餌を必要としない土鬼は時に数万に膨れ上がり、集団暴走を起こす事がある。武器を持った数万・数十万の土鬼は国家レベルの防衛力をもってしても防ぎきれない事がある。
「戦える奴は街の外に来てくれ! 既に城壁の上にはグルグル野鳥の会の皆さんが来ているぞ!」
再び謁見の間から飛び出してきた兵士はそう告げて待合室から飛び出していった。
ザワリ、と空気が揺れる。
「野鳥の会?」
「……土鬼のスタンピードが都市を襲う事はままある。数年に一度だがな。故に都市国家郡の対策は割りとしっかりしている。集団暴走が起こると、城壁の上で討伐回数を数える“野鳥の会”の人々が集まって、街の人が倒した土鬼の数を数えるんだ。倒した数で褒賞金が貰える。確か土鬼1匹20G、大土鬼1匹500G位だった筈だ。危険ではあるが相当な小遣い稼ぎになるな」
ウィルソンチャックが俺の『設定集』にない情報を解説する。
「だが、土鬼女王か……。そうなると数十万に膨れ上がっている可能性がある。隣の都市国家から応援を呼ばねば不味いかもしれん」
額に十字傷の男が思案顔で呟く。
「ともあれ、城門へ急ごう」
俺達は頷き合って螺旋状になっている道を街の外に向かって走り出す。
兵士達の半数程も一緒になって走り出す。が、動かない兵士も一定数居るようだ。まぁ、火事場泥棒も居るかもしれないからね。半数残るのは妥当か。確か魔法都市グルグルの常備兵は710人程。そのうち300人が討伐に出るとして、1人当たりのノルマが100匹で3万匹か……。どの程度大土鬼が混ざってるか分からないが、厳しいな。
俺も回復役として参加するかな。この街に来る道中で傷薬は沢山作ったし、回復魔法も多少は使えるしな。怪我人の治療はいい加減慣れた。俺の働きも野鳥の会の人達は見てくれるのだろうか。
道半ばで整列しているルルーシュイン隊が見えた。
「早速の初陣だな。命令を頼む」
槍を構えるルルーシュインが不敵に微笑む。
「行けィッ! ルルーシュイン! 金のために土鬼共をぶち殺してこいッ!」
「了解した。最低でも先日貰った装備分の金貨は稼いでみせよう」
ルルーシュイン達は風のように城門へと殺到していった。




