第70話 両手の無い男
「おれ、指無いですけど」
「あっ」
「あっ」
魔導具屋の前にてどや顔で両手がない男に指輪を渡そうとした手が止まる。
これが4歳児か!
(わたしはムリじゃないかとおもってたよー)
えっ?、もしかして俺とパットミちゃんがうっかりなの?
隣を見るとパットミちゃんが珍しく「あちゃー」と言った顔をしている。
「適当な出っ張りに引っ掛けて使えないかな?」
「多分無理っすね。指じゃないと発動しないようになってるかもしれませんし、使ってる最中に取れちゃったらもう付けられないですし……気持ちだけで十分ですよ。生きてるだけで丸儲けです」
「まず使ってみ」
……。キンッ……コロコロ
……。キンッ……コロコロコロ。
「落ちた」
「落ちたね」
弾かれて落ちたような感じだ。もしかしたら指に嵌めないと効果が無いタイプなのかも知れない。
「パットミちゃん使ってみよう」
「ほい」
うねうねうね……。
「おお! 紐が出た! 力は……小指くらいか」
「結構自由に動く」
パットミちゃんは親指に嵌めた指輪から白い紐を出して、しゅるしゅると他の指に巻き付かせたり小石を押したりしている。俺は指でそれをツンツンとつつく。
「ん、さほど激しく動かさないならMPは殆んど使わない。これ良いかも」
「……ん? まてよ。パットミちゃん指輪ここに置いて」
「? 何で?」
パットミちゃんは土の上に指輪を置く。
幽体離脱ッ! これならどうだ?
手だけ幽体離脱して地面に潜らせて……。
地面の中から指輪に指を通して……。
「出来た」
「えええっ!指輪が宙に浮いて紐が出てきた!? 何で!?」
「」
「ふふふ! これぞ幽体離脱!」
「……?」
「……?」
「ちょっと失礼。……触られてる感覚ある?」
俺は離脱した幽体の手で彼の手を触る。
「うえっ! もう手がない筈なのに……! 何か見えない何かに触られてる!」
触れる……みたいだな。普通の肉体の手では触れられないのに……何故だ?
この幽体離脱で離脱した幽体は空気中に抵抗が殆んど無く、離脱している間は手の届く範囲は移動可能だが、何故か生き物には抵抗がある。多分、幽体離脱は幽体にのみ反応するのだろう。無機物も少し抵抗があるので、物に宿る霊的な物か微生物の霊でもあるのだろう。そして、彼の手が失われた後も霊体のみは残されていたと言う訳だ。
「嵌めるよ」
「おお……」
無い筈の手の指に、手の感覚だけを頼りに指輪を嵌める。このままだと俺の支えが無くなると指輪が落ちるので、両手の無い男の“人差し指”にMPを通して貰う様に伝えた。……彼の手首の赤い肉から大きな光の粒が空中に飛び出した。その光が指輪に到達した瞬間。パツンと見えない人差し指に指輪が嵌まった。俺の支えが無くても大丈夫かと手を離した。
――手を離した後も指輪は宙に浮いていて、1m程の紐が飛び出した。その紐はしゅるしゅると彼の無い筈の指先に巻き付いて行き……軈て白い手袋に覆われた手の様な物に変わった。
「おお……お……おお!」
彼は手を動かして掛かる力の加減か何かを確認した。
そして、彼は目尻から泥だらけの顔に涙を散らして俺の手を握った。
握った感覚はわりとふよふよしている。ぎゆと全力で握っている感じもするから割りとこれで全力なんだろう。瞼を開け閉めする程の力はある。タバコの箱は持てるが、ライターは持つだけで限界と言う感じだ。
「あり……あり……あり……あり……」
「ありあり?」
「あり……あり……あり……」
「ありあり?」
「あり……あり……」
「蟻?」
「ありがとうございますっ!」
両手の無い男は深々と頭を下げた。
「おめでとう。頑張れよ」
「頑張って」
「これなら……飯を1人で食える……ッ!」
俺は両手の無い男の残りの手にも指輪を嵌めて、宿屋へと戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
「おい、お前手が生えたのか?」
「ああ、コーディ隊長がこの指輪で……な。感謝しても感謝しきれねぇよ!」
よーし、もっと言え!
宿屋に戻ると、ルルーシュインが俺達を迎えて、開口一番で両手の無い男の変化を喜んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「成る程、武器を持ったり戦闘したりは出来ないんだな」
「ああ、木のスプーン位なら持てるが、剣は無理だ兄弟」
両手の無い男はルルーシュインと向かい合って、両手の紐で器用に手を形取りながら木のコップから水を飲む。
兄弟? 元囚人同士は兄弟と呼ぶのか。
「そもそもスプーンなんて貴族様が使う道具を使ったことあるのか? 俺達ァ皆手掴みだろうよ?」
「良かったなァ! 親分に感謝だな!」
「ゲヘヘへ! フゥウウウウゥフォウッ!」
適当な相槌が方々から入る。仲良いんだな。兵員募集の際にアットホームな職場ですと入れておこう。
両手の無い男はガヤガヤともみくちゃにされている。その塊からスルリと抜け出したルルーシュインが此方に近付いてくる。
「コーディ隊長、一先ず軍の今後について話があるんだが……時間を少し頂こう」
「じゃあ歩きながら話すか」
「はい」
俺達はウィルソンチャックに隊員達とパットミちゃんを預けて、ルルーシュインと夕暮れの街を散歩しながら話をする事にした。




