第7話 コーデックスの秘密
ドアの外に居ると言うのに「来るそうです」とは如何に。よっぽど嫌な奴なんだろうか。
カラリとドアが開いて大柄な男が両手を開いて入ってくる。
銀色の目の細かい鎖帷子、その上に薄い布地のサーコート。板張りの室内なのに革靴、黒っぽく汚れた革手袋、黒地に銀の十字架の飾られた眼帯、腰に下げられた120cm程の鋼鉄の凹凸付鉄棒、ボサボサで揉み上げから顎、それから鼻下に続く髭は顎の下に15cm程下がっていた。
「おはよう諸君。私はクロスアーミー、聖光教会での役職は神殿騎士を務めている。それから、ここの副園長でもある」
渋い声での軽い自己紹介の後、再び両手を広げて下向きの掌を見せる。
「私は天使憑きの子供だからといって甘くない、いや、天使憑きの子供だからこそ丁寧に指導するつもりだ。今後とも宜しく。天使憑きの子供達よ」
園児達から疎らな拍手が起きる。
「という訳で、午前中のお歌の時間とお遊戯のお時間はクロスアーミー先生にお願いします。引き続き字の読み書きと聖書のお勉強は私が見ます。お歌を歌う組と字を学ぶ組に別れて、曜日ごとに分けていきましょう」
こうしてクロスアーミー先生の授業が始まった。
しかし、その日のクロスアーミー先生の授業は特に変わった様子はなかった。先生指揮の下でこれまでと変わらずに歌を唄い、集団遊びを行った。
◇ ◇ ◇ ◇
その夜。
「コーディ山田さん」
「どうぞ、待ってました」
ハイパワー・ナグルス先生が少し険しい顔をして自室に入ってきた。
「あのクロスアーミー先生ってそんなヤバイ奴なのか?」
「はい、そうです。アヤツは神殿騎士の急進派で、天使憑きの園児を唆そうとしているのです」
「あー、確かに悪そうな顔しているが……何を唆そうとしているんだ?」
「この世界の聖光教の聖書はまだ最後までお読みになっていないですよね?」
「まぁ」
「単刀直入に言えば、私達聖光教徒は預言者を呼ぶために天使様の宿る子供達を集めております。聖書に『天使の讃美歌によって預言者は産まれ、その預言を司る本を得るだろう』そう書かれているからです。そして、更に『讃美歌は偶数の年の偶数の月の偶数の日に歌われる』とありますので、その時に合わせて皆様をお育てさせて頂いているのです」
「ここまでは唆しと関係ないな」
「ですが、その讃美歌が歌われるのは今から150年後と言う事なのです」
「そりゃすげーな。俺たちみんな骨も残ってねーぞ」
「はい、そうです。私達は今から百年以上続くであろう伝統の祖石なのです。預言者様を見る機会など無いただの奉仕者なのです。今居る皆さんもそのころどうなっているかは分かりません。……ですが、聖光教会も一枚岩ではありません」
「ふむふむ」
「私達聖光教徒には伝統派と急進派と言う会派があります。伝統派は私の様にこの聖別幼育園の歩みを伝統として伝えるだけで十分とする派閥です。急進派と言うのは、集めた天使様を使ってフライングで預言者様を呼び出そうとする派閥です」
「呼び出してどーすんのよ」
「……この街を取り囲む世界情勢はご存知ですか?」
「まぁ概要くらいは」
「そうですか、まぁ簡単に申せば赤人の帝国と言う国がこの国に対する侵略を終えるまであと5~6年程だと言われています。既に隣の隣の国まで武力併合されたと言いますし、その国の侵略統治が安定したらお隣の水の都ベネツィア、その次は私達の住むロンドヴルーム国の首都ロンドヴルームだと言われています。それまでに預言者を呼び出して、その力を以て帝国を撃退しようとしているのです」
「うーん。呼び出された赤ん坊の預言者って役に立つの?」
「恐らく、役に立ちません。ですが、その傍らにあると言われている預言を司る本は、近い将来の未来を写し出すと言われています。そして、その未来は対策する事により変えられるそうです。つまり、これがあれば相手の出方が丸分かりなのです。軍事においてこれ程のアドバンテージは早々無いでしょう」
「あー、確かにね。ところで、話が変わるんだけど……」
「はい」
「その預言を司る本が“コーデックス”、つまり俺って事はないよね?」
「話は変わってません。恐らく、有りうる話です。ですが、コーディ山田さんは何か知っている事でも?」
「隠していてゴメンね。実はこの世界の事の殆んど……概要を知ってるんだ。多分」
「それは……?」
「ここ、俺の担当していた作家の小説の世界だと思う。世界観やら何やらが書かれたクソ長い設定集を読んだんだ。小説はまだ読んでないから、未来に起こる事は分からないんだけど」
認めたくはなかったが、言ってしまった。
前世の俺の死は、あのクソ長い『設定集』を読んで徹夜した為と言う側面がある。俺が死んだ理由はこの預言者の“羊皮紙本”になるため? そんな理不尽な理由で殺されたってのか? 救われていたと思っていた俺の心は再び闇に沈んだ。
吐息にして8回、俺の無言にハイパワー・ナグルス先生も何も言葉を発しない。恐らく俺の眉間のシワは寄ってるだろう。4歳なんだがな。
「すまんが、今日は帰ってくれ」
俺はそう言うと再び寝台の中に潜って目を閉じた。
……前みたいに離脱して逃げようとしたが逃げられなかった。
赤い糸が俺を締め付ける様に嗤っていた。




