第65話 盗賊に伸びる魔手
そして翌日、昼。
……結局、護衛と言うか就職志望者は誰も来なかった。
「こんな日もある」
「カーッ! 金貨33枚! カーッ! 金貨33枚!」
ウィルソンチャックの野郎、魔王の心臓の暴走でボコボコにしてからやたらと軽口ばっか叩くな。クソーッ! ムカつく! 当たってるのがまたムカつく!
「もう一度衛兵に聞いてみたらどうかな?」
「無駄だと思うがなー」
◇ ◇ ◇ ◇
俺は適当な事を門番に吹き込みつつ門を通れるように説得してみた。何故子供が交渉に当たるのか不思議に思っていそうな門番は意外なほどあっさりとした答えを出した。
「ん? 後から護衛が合流する? なら通って構わんが、誰が死んでも自己責任だからな」
無駄じゃなかった。
結局俺達は3人のまま次の目的地、魔法都市グルグルへと向かった。
魔法都市グルグルへは歩いて3日の旅となる。故に俺達の荷物は割と多目で、丸めた毛布なんかがリュックから飛び出す感じの夜営道具に獣皮紙の詰まった鞄を持って歩く。
……歩く事半日、見通しの悪い山道に差し掛かった時、申し合わせた様に盗賊が現れた。
山の裾野、林の中から1……2……3……4……人。
大丈夫かこれ?
俺の前方20mの林の前に武器を持った盗賊が4人程並んでいた。それぞれ手には斧、短剣、槍、弓を構えてニヤニヤしている。
俺の隣ではウィルソンチャック十人隊長が片目を瞑って立っていた。
「此処で盗賊を蹴散らしてこそ護衛だぞ、ウィルソンチャック十人隊長」
「はっ! 分かってるぜ! ぉおおおおおおお!」
ウィルソンチャック十人隊長は息を吐いて駆け出した。それに合わせて斧を持った盗賊と短剣を持った盗賊が此方に向かって歩き出す。
ウィルソンチャック十人隊長は手に持った鋼鉄のメイスを勢い良く振り回すと先頭の盗賊は当然のように後ろに引いて避ける。だが、するとウィルソンチャック十人隊長は当然のように手を離し、スッポ抜ける様に飛んだメイスが先頭の盗賊の顔面にめり込んだ。
ウィルソンチャック十人隊長は踏み込んだ右足を軸にして、その勢いのまま2番手の短剣を持った盗賊に後ろ回し蹴りを放つが、2番手の盗賊は元々猫背の前傾姿勢を更に低くしてかわす。獣の様に4本の脚で地を蹴って加速した2番手の盗賊は右手に持った短剣を斬り上げる。切っ先にはウィルソンチャック十人隊長の顔面があり、弾ける音と衝撃が突き抜けた。
――刹那。
ぷん……。
肉が弾ける音が聞こえた。
「コぽーディ逃げぽ……」
間もなく2番手の盗賊が前蹴りを放ち、ウィルソンチャック十人隊長は仰向けに倒れた。その顔は、苦痛に歪んでおり、顎から頬を通って目尻から頭上までパックリと切れていた。頬は口中に貫通し、泡がコポコポと涌き出ている。
2番手の盗賊が、大の字に倒れたウィルソンチャック十人隊長の右肘を蹴飛ばして、太い腕を逆に曲げる。絶叫は頬から漏れてゴポゴポと紅葉色の波飛沫が散った。その絶叫も顎を蹴り飛ばされて途絶えた。……気絶したのだろう。
3番手の盗賊が1番手の盗賊を介抱するが、見た感じの印象を言えばウィルソンチャックよりも重傷だ。
「パットミちゃん、ここは俺が食い止めるから助けを呼んでくれ」
「嘘、食い止められない。私も残る」
此処に来て万事休すか……。
「聖水を用意して少し離れておけ……。俺が盗賊を倒したら頼むぞ……ッ!」
俺は右手で心臓の辺りに触れる。まだ目覚めてはいないが、どこか舌舐めずりの様な脈動が伝わる。後は此処にどんと腕を下ろすだけでこの場は終わる……。
衝撃を与えさえすれば恐らく魔王の心臓の呪いは発動するはず……!
だが……ッ!
倒れている盗賊の苦悶の顔が頭の中でチラつく。手を千切られて、足を千切られて、死ねぬまま這い回る姿が未来予知の様に見える。彼等は俺達を襲って、ウィルソンチャック十人隊長を半殺しにした盗賊だが……。
「話し合おう。金貨はやる。だから見逃してくれないか……?」
「残念だが、このハゲは殺す。そして坊や達は奴隷商人に売る。こっちも仕事なんでな。なに、お前達には傷は付けないさ」
「……ッ! 俺はお前達を救いたい……」
「何を言ってるんだ?」
「構うな、子供の戯れ言だ」
……。万事休すか。
俺は膝間付いて祈る。
……出来れば彼等が改心しますように。そして、何かが起こった場合、俺の罪をお許し下さい。
俺は心臓に手を降り下ろすべく右手を振り上げた……。
が、脳裏に赤く染まったパットミちゃんが浮かんだ。
…………!
瞼の裏側に浮かぶ誰かの顔が笑った気がした。
別な手段……別な手段は……ッ!
「接続型乱数転移は詠唱が間に合わない……。此処を切り抜ける俺の力は……無いか」
隣に座るパットミちゃんは膝間付いて祈りを捧げている。
俺は……ッ!
こんなところで……ッ!
ギリと歯軋りが起こる。
ジッと目の合っていた2番手の盗賊が眉を潜めて此方に向かってくる。
……。
目を逸らさずに居ると、目線が左に向かって飛んだ。
遅れて鼻が温かさに包まれる。
「血か……」
そこではじめて蹴られた事に気が付く。
ぼとぼとと流れる血を見送りながら、「この盗賊をお救い下さい」と呟く。
今度は視線が右に飛ぶ。目から痛みによる涙がボロリと落ちる。
(コーディ、謝ろう? ごめんなさいしよう?)
すまんな、グローリア。顔に傷が付いちまった。
今度は額に衝撃が走る。遅れて後頭部に鈍痛が歩く。後頭部を蹠で蹴られて地面に顔を押し付けられたのだと、砂の味から推察する。
……まだ心臓は無事……。
顔を上げると、俺を見下ろす2番手の盗賊と目が合う。
盗賊は笑って足を振り上げた。その瞬間。
“火玉弾”
“火玉弾”
“火玉弾”
“火玉弾”
俺の視界は、盗賊に着弾した火玉弾の閃光によって白く染まり、散発的に起こる衝撃音と共に静寂を取り戻す。
自由になった視界を広げて周囲を見渡す。
すると、そこには、細い目をして立っているルルーシュインが居た。その後ろには元囚人達がごっそりと付いて来ていた。……来てくれたのか。
「遅刻魔め」
「第一声がそれかよ」
「へへへ」
「あの野郎殺される前に盗賊の改心を祈ってやがったぜ」
元囚人達は牢に居た頃より大分元気になっていた。




