第64話 ルルーシュインと奴隷部隊
「……今回はあまりろくな囚人が居ないですね。私が言うのも何ですが、囚人1人金貨4枚はまぁまぁ高いと思いますので、もう少しまともな奴を買った方が良いと思いますね。良いのが入ったらお知らせしますか?」
俺は看守の話を話し半分で聞きながら、色々な事を悩んでいた。
現代日本の考えを持つならば、「奴隷」と言う存在は「人権」を不当に侵害しているとして、到底受け入れられるものではないだろう。しかし、ここはろくに法も整備されておらず、罪を犯したら更正の為に罰を下すのではなく、「やられたからやり返す」とか「犯罪者の後に犯罪者が続かないように厳罰にして晒す」とかそう言った次元の法しかない。金を払えば奴隷として買えるなんて現代日本の感覚から言えば何処の過激派集団だ……と言う所だ。
しかし、その考えはあくまでも前世のもの。現代日本で「前世で手掴みでご飯を食べていたから今世でも手掴みでご飯を食べる」なんて主張を通していたら社会人として成り立たないだろう。同じようにこの世界にはこの世界の常識があって、郷に入れば郷に従え。それは分かる。分かるんだが……。
こと祈りに関しては物凄く困る。
――――祈りとは、望みだ。今起こっている問題に対して自身がこうありたいと言う望みから祈りが起こる。望みとは、自身の考えている事や今起こっている問題から、良心と言うフィルターを通して出てくる自分自身の答えだ。
故に、祈りには……自分自身の良心には嘘が吐けない。
俺は先程、己の中に居る“良心”に彼等の改心をと祈った。
そこで気付いたのだ。俺の中にある現代日本の良心に祈った所で彼等にはただ迷惑なだけなのではないか?
此処の世界も元の世界も祈りは“神”に対して行うと言う体をもつ。自身の良心を“神”と言う言葉に言い換えるのだ。
――――神。そうは言っても前世の神も異世界の神も実在すると言う体で語られる。そこで疑問が生じる。異世界の神と元居た地球の神は同一の存在なのだろうか?
天使や魔王の居る世界だが、未だに神の存在を感じた事はない。果たして神は物理的に存在するのだろうか? 『設定集』に記述は有るが、有るだけで世界に何の干渉もしている様子がない。
神殿長エナは言った。“祈れ”と。それは多分、“そう言う事”なのだと思う。
俺が祈るのは異世界の神じゃない。現代日本で培った良心と言う名の神だ。
だから、俺は困った時、苦しい時、俺自身の良心に問おうと思う。例え俺の選択がこの世界の常識と剥離していようと、俺は俺の神に従う。
そう答えが出た時、俺の選択は俺の口を通って看守へと届いた。
「この囚人を全て買おう」
「へ?」
「始まった」
「もーしらね……」
「金貨32枚になりますが本当に良いんですか?」
「構わん。数えてくれ、32枚ある」
◇ ◇ ◇ ◇
そして、俺は牢から解放されて並べられている元囚人達の前に立っている。狼狽えている元囚人に混じって、1人だけただ項垂れたまま座って居るだけの男がいる。親殺しの男だ。
俺は目の前に進んで、しゃがみ込む。
「名前は?」
「……リチョウ・ド・ロジン」
「貴族なのか?」
「没落貴族だ。この国の隣にあったマ・ンと言う国で軍を統率していたが、魔物の集団暴走と盗賊の襲撃が重なって、兵となる男達が全滅して解散となった。もう10年も前の話さ」
「そうか、集団暴走何て言うのもあるのか……。それに盗賊の襲撃何てのもあるのか。……それにしても、そんな大変な時に襲撃だなんて、酷い事だ。本来ならば人間同士助け合うべきじゃあないか……?」
集団暴走は『設定集』で時々発生しているとの記述があった。基本的に魔物は緩やかに発生するものなのだが、特定の条件が重なると大量発生する事があり、知能を持った魔物が率いて国を滅ぼす事すらあると書いてあった。また、奇数の年の奇数の月の奇数の日に起こり易いとか書いてあった。何処かで見たルールだ。
「子供にこんな事を言うのも何だが、昨日まで刃を向けられて居た者に無条件で手を差し伸べられる者が居ると思うか? そして、助け合えたとして結果は何か変わっただろうか?」
「それは分からないが、かの国に悲しい事が有ったと言う事は分かった。残念だったな」
周囲に重苦しい空気が漂う。
「……で、私をどうするつもりだ?」
「俺はお前を買ったが、奴隷にするつもりはない。だが、部下が欲しい。もし興味があれば俺の剣となってくれ。」
「……俺の剣はもう折れている。命を救ってくれて嬉しい気持ちは無い訳ではないが、今更誰かの役に立てるとは思わない……。マ・ンもロジンももう滅んだのだ。そしてリチョウも死んだ」
「……」
「故郷が滅んで自身も死んだと、己が言うのならばそうなのだろう。だが、今生きて命があるんだ、生まれ変わったと思って生きて欲しい。マ・ンもロジンも滅んだと言うならば……新しい名前をくれてやる。ルルーシュインだ。お前の新しい名はルルーシュインだ」
「……」
ダメか?
俺は立ち上がって元囚人達に説明を続ける。
「先ず俺は聖職者として皆の改心を願って釈放します。それは本当です。皆さんには当面の生活費として銀貨2枚を無償で支給します」
ざわ、と元囚人達はざわめいた。腕を失った男とルルーシュインだけが項垂れている。
「ですが、その為だけに釈放する訳ではありません」
「俺は迫り来る帝国の脅威に対抗して、ロンドヴルームで軍を立ち上げた。今はとにかく人手が足りない。故に此処で皆さんに職を斡旋したく思う。仕事内容は各々の出来る事で構わない。給料は年間金貨2枚。週休2日1日8時間労働。どうだ!」
「素直か!」
ウィルソンチャックはダメだこりゃと言う様なポージングで突っ込みを入れた。
「子供がか?」
ルルーシュインが眼だけを俺に向けて呟くように言い放った。その一言は周囲の静寂も相まって強烈な気配を放ち俺に届く。
「そうだ、子供が、だ」
ルルーシュインは俺を品定めするように見た。
「ともかく、興味があれば明日の朝シャコターンの北の関所に来てくれ。もし間に合わなかった場合は1ヶ月後の安息日にロンドヴルームの大教会を訪ねてくれ。俺が居なかった場合は神殿長エナを訪ねてくれ、コーディ山田と言えば通じる」
「……この腕がない男はどうするつもりだ?」
「来れば雇う。だが、1人では生活も難しそうだな……」
「では、暫くは俺が面倒を見よう。こいつがロンドヴルームに行くと言うならば連れていくし、お前を追うと言うならば連れていってやろう」
ルルーシュインは坐りながら軽く右手で敬礼した。
「わかった。ありがとう」
俺は、1人でも多くの人手を得られるよう、精一杯の笑顔で銀貨を2枚ずつ配った。ルルーシュインには銀貨を4枚渡した。両手を失った男の分も含めて。




