第59話 赤い紐
「じゃあコーディ隊長。出発までの間、生き残る為に必要な技術を叩き込んでおきますねー」
「よろしく頼む」
「先ず、コーディ隊長は弱いと言う事を強く認識して貰います。そして、人間や狼相手には何があっても戦わないと言う選択肢を選び続けて下さい」
「逃げるって事か?」
「気持ちだけ半分当たりです……が不正解です。逃げずに攻撃を避けて貰います」
「逃げたらダメなのか?」
「ダメです。背後からブスリです。逃げている背中ほど当てやすい的はありません。避けませんので」
「だが、避け続けてもいずれ当たって死ぬぞ」
「そうですね。その時は見苦しく叫んで助けを呼んで下さい。仮に味方が近くに居たら助けて貰えますし、誰かが来ると言う事を想像した敵が逃げるかもしれません。良いですか?先ず叫ぶのです。それから、避けて下さい」
「成る程ね」
「攻撃の避け方を教えます。目を見てください」
「目?」
「はい、素人は攻撃の予兆が目に出ます。目を見続けて下さい。そして、攻撃されたならば出を確認して避けて下さい。避けた後は直ぐに体勢を立て直します。退路を塞がれない様に頭を使って避けて下さい。多分、2~3回は避けられると思います」
「予兆が見えるのは素人だけか?」
「まぁ訓練された人を相手するならば、そもそも1対1になった時点で死亡確定です。諦めて命乞いして下さい。運が良ければ助かります」
「うーん。まぁそうだよな」
四歳児だし。
「じゃあ実践です。素人を装って木の枝で襲い掛かりますから、避けて下さいね」
「わかった」
「ほいさ」
ウィルソンチャックは俺の革ベルトに挟んだ地図をチラッと見た後に枝を振りかぶって……降り下ろした。
スパーン!
「あれ?」
避けたつもりが地図は地面にはたき落とされた。
「目では追えていました、が、身体が付いていって居ません。身体は避ける動きを何度もしておけば、勝手に避けるようになります。頭が身体にいちいち全部指令を出して避けているのが今です。慣れると身体からの“こう避けられる”と言う報告に頭がGOサインを出すだけで避けられる様になります」
ウィルソンチャックは俺の胸の辺りをチラリと見て枝を振りかぶる。
スパーン!
俺は心臓の辺りを叩かれた。
避けられない……か。
ゾワッ!
視界が赤くなり、両手両足をギリギリと縛られる感覚が支配する。
「ムッ!?」
ウィルソンチャックが俺の変調に反応して再び枝を振るう。
……遅い。
ウィルソンチャックの枝は僅かに上を向いた俺の顎の下1cm下を通り過ぎる。
「遅ェなぁ……」
肺の奥から誰かの声が聞こえる。
ウィルソンチャックは腰を落として、ノーモーションからのローキックを放つ。恐らく最も出が早く避けにくい攻撃なのだろう。だが、俺の目には見えている。身体も勝手に動く……。バランスを崩して尻餅を突く様にしてローキックを避けて、左手の小指でローキックの爪先をちょんと触る。
俺は左足を軸として右足を背後に持っていきバランスを回復させる。
ウィルソンチャックは短剣を使う様に枝を逆手に持ち複数回ショートジャブを繰り出す。
風を切り裂く音が耳を撫でる。
俺はその全ての攻撃を回避する。
「この程度か……」
“殺してしまおう”
ふと脳内で謎の声が響く。
……これが“魔王の心臓”かッ……! 名前があれば辛うじて知覚出来る……か。何とか“魔王の心臓”の存在を感じる……ッ! が、これは……俺の手に負えるレベルじゃないッ!
俺の意思とは別に、左手が豚の蹄を作る。身体を流れる黒いMPが指先に集中する。
……目潰しから眼窩を掴んで引き寄せて膝蹴り。頭の中に見たくもないシュミレーションが浮かぶ。
「やめろ……俺ェえええええ!」
「コーディ!」
ふと沸いた声に振り返るとチロリちゃんが俺に水をぶっかける所だった。
俺は同時に放たれたウィルソンチャックのタックルを回避して、その水に突っ込む。
「ぐぅわぁあああああ!!!」
俺の背中が煙を上げて焼けるような痛みを放つ。
刹那、赤さが失われた視界に現れたウィルソンチャックの顔。
俺はタックルを受け、意識を飛ばされた。
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
……俺が目を覚ましたのは大教会の救護室だった。
「だいぶ進行が早いですね」
「エナ神殿長……」
俺の目の前にはエナ神殿長が座っていた。
話によると、俺はウィルソンチャックの戯れの攻撃を胸に受けたのだが、その衝撃で目覚めた魔王の心臓がエナの掛けた鎮静の魔法を弾き飛ばして覚醒したらしい。
それを見付けたチロリちゃんが俺に特製の聖水をぶっかけて、その隙にウィルソンチャック十人隊長のタックルが炸裂し、地面に押さえ付けられた俺を縄で縛って教会まで運んだんだと。
あんな小枝でつつかれただけでああなるのか?
俺は日常生活に戻れないんじゃないか?
ふと首筋から血が抜けていくのを感じる。
「チロリちゃん達に持たせた聖水が役に立ったみたいですね」
「そうだ、あの水は……? 聖水?」
「そうです、聖水です。あれ作るのに1ヶ月位掛かるんですよ? 今はゲロゲロちゃんとパットミちゃんが持っているだけしかありませんけれど」
マジかよ。
どうやらあの聖水は爵位悪魔退治用の特別な聖水らしく、同じ重さの金貨位の価値があるらしい。ひょえー。作り方は簡単。聖水と酒を混ぜ合わせた液体を青くなるまでひたすら蒸留するらしい。ワインだろうが麦酒だろうが、蒸留出来れば一緒らしい。まぁ言わば聖水のスピリタス。95%はアルコールで残りが濃縮された聖水成分と言う。
ちなみに爵位悪魔は所謂魔王以下ただの悪魔以上の存在を指し、魔公爵・魔侯爵・魔伯爵・魔子爵・魔男爵・魔騎士何てのに分かれている。この爵位は人間の爵位より古くからあり、人間の爵位はそこから真似たものとされているらしい。その爵位悪魔の強さとしては、今まで人間が退治出来たのは魔候爵迄だと『設定集』様に書かれていた。
魔王はどうすんねん。魔王は。
「さぁどうするかね……」
俺は頭を抱えた。




