第48話 社畜の休日・最低の休日・最後の休日
視界が赤い。
負の感情が溢れる。
身体中の鳥肌が津波の様に脈動している。
俺はあの後、すぐ聖別幼育園に帰って、自室に戻ってベッドに横になった。そして……治まらない鳥肌を抑えつつ、全身に広がる違和感と戦っていた。
「どうした?」
パットミ=ポリエステルちゃんが俺に触れる。部屋に駆け込む所を見られたらしく、水を持って入ってきた。
タイミングが悪い……。
何故か今の俺は人を気遣う気持ちが消失して暴力的な気持ちになっている。おかしい。何かがおかしい……!
しゅるしゅる……。
何かが身体を這う音がした。
「顔が青い。どうした? 言え」
「…………ぁっ、ぁっ……」
「(~~~)」
喋られない。声が出ない。
何故だか無関係のパットミ=ポリエステルちゃんを首を絞めたいと身体の中に居る誰かの意志が囁く……!
「変なこと聞いてすまんな、コーディ」
パットミ=ポリエステルちゃんはそういうと当たり前のように俺を抱いた。
心臓はバクバクと第三者の様な鼓動を打っていたが、無理矢理抑え込んだ。そして混乱する気持ちをそのままに、気絶するように眠りについた。
…………。
◇ ◇ ◇ ◇
朝起きると、パットミ=ポリエステルちゃんと目が合った。
ずっと側に居てくれたのか。
「おはよう」
「……おはよう」
声は出るようになっていた。
ベッド全体が汗くさいと言うかパットミ=ポリエステルちゃんのにおいがした。
……俺は……。
「無理に言わなくて良い」
「ああ、無理には言わない。職場体験先のおばさんが気持ち悪い。それに少し疲れが溜まっていたみたいだ」
「そう」
俺達は10秒ほど見つめ合った。
「無理そうなら言って、また寝に来る」
何やらただならぬ関係性と言うか凄い問題ありそうな発言だが、俺達は4歳児なのでセーフ、と思って受け入れた。
世界は月曜日。幼育園児にとっては休みの1日だった。
彼女は白い貫頭衣を叩いて部屋を出ていった。
……。
やる事がない。
正確に言えばやりたい事がない。
もっと正確さをきすならば出来る事がない。
だが、本来多忙過ぎる筈の俺が部屋に引き込もって居ても、恐らくさっきのパットミ=ポリエステルちゃんのように心配されるに違いない。そうなるのは避けたい。俺は構ってちゃんではないのだ。
だが、朝御飯すら食べる気が起きない。
部屋の外に顔を出すと、ゲロゲロ=ソフィエルちゃんが立っていた。しかし、その顔は少し硬い。
「おはよう、コーディ」
「おはようゲロゲロ=ソフィエルちゃん……」
「あ、朝御飯行かないの?」
「ああ、昨日拾い食いしてお腹の調子が悪いから今日はいいって伝えてくれ」
「わかった」
そう伝えるとゲロゲロ=ソフィエルちゃんは目を反らして行ってしまった。
「…………」
彼女とは、任命式と発足式以降まともに話してはいない。
そして俺は任命式と発足式でチロリ=ツンパカブリエルちゃんとゲロゲロ=ソフィエルちゃんが話しているのを聞いてしまった。
◇◇◇◇
「ボソボソボソボソボソボソボ?」
「それがグローリアの為なら……!」
「チロリちゃん!」
◇◇◇◇
…………。
彼女は俺の身勝手な采配と行動に巻き込まれただけで、覚悟なんて出来ていなかったんだ。そりゃそうだ、今から俺達がやる事は「人を殺す」事と「人に人を殺させる」事だ。軍と言うのはそう言うものだ。
……彼女の気持ちもわかる。自分が言うのも何だけど、俺……ないしグローリア、若しくは両方とも好きだったんだろうな。だから、俺が“社畜隊”を立ち上げる時に真っ先に手を挙げた。
それが「人を殺す・殺させる」事だとは夢にも思っていなかったはずだ。だって身体は4歳児で精神は10歳児相当とは言え、10歳児なのだ。分かる筈がない。
なのに俺は舞い上がって何も考えずに副隊長なんかに任命してしまった……。
…………。
彼女は解任しよう。
俺は再びベッドに入ると、パットミ=ポリエステルちゃんのにおいに包まれて意識を失った。
……。
……。
眠れん。
もう眠れられん。
結局昼御飯までサボってしまった。
何もする気が起きない。
その時、ふいにドアが開く。
パットミ=ポリエステルちゃんがスタスタと無言で近寄ってきて、無言でベッドの中に入ってくる。
「もう少し付き合ってやる。お前、大丈夫じゃない」
パットミ=ポリエステルちゃんは俺を抱き締めた。
“こいつも俺の事が好きなんじゃねえか?”
脳裏に俺でもないグローリアでもない誰かが囁く。
紐の様なもので身体をギリギリと締め上げられる。
その言葉を聞いていたかのように彼女はその唇を揺らした。
「ゲロゲロ=ソフィエルちゃんが心配してる。早く良くなれ」
そうか、確かパットミ=ポリエステルちゃんはゲロゲロ=ソフィエルちゃんの恋のキューピッドだったな。
「パットミ=ポリエステルちゃんはゲロゲロ=ソフィエルちゃんの恋を応援しているのか?」
「……そうだな」
パットミ=ポリエステルちゃんは無表情で受ける。
「……私はお前を支えるだけだ」
パットミ=ポリエステルちゃんは背後から俺を抱き締めた。背中にパットミ=ポリエステルちゃんの心臓が強かに打ち付けてくる。
“こいつにだったら悪戯しても良いんじゃねえか?”
左手がわなわなと震えた。浮き出た血管は俺の身を締め付けていた。
俺は振り返ってパットミ=ポリエステルちゃんを抱き締める。
そして、彼女の上に跨がり……そっと唇を重ねた。
彼女の無表情が皹を伴って崩れる。
“拒否されなかっただろ? やっちまえよ……”
そうだな。
視界がパッとワインのように赤くなる。
俺は手を下に回してパットミ=ポリエステルちゃんの貫頭衣を捲り上げた。
そして、手を上下に動かしつつ彼女の唇の中に大人のキスを放流する。
彼女の腕は震えていたが、俺は何も気付かない。
彼女の目から両頬に水が流れていたが、俺は何も気付かない。
彼女の……。
……。
俺は目を開けてしまった。
“どうした……彼女は続きを待ってるぜ?”
俺は頭に響く最低な声を無視して、ベッドからパットミ=ポリエステルちゃんを突き落とした。
俺は……何をした?
パットミ=ポリエステルちゃんが再びベッドの中に入って来て、背後から俺を抱き締める。
「ごめん、帰って」
全身の力を振り絞ってそう言った。
「……わかった」
パットミ=ポリエステルちゃんは乱れた衣服を整える音の後に、ギイギイと五月蝿いドアを開けて去っていった。
……。
「もう、俺の味方なんていやしねーよ」
ふと、肺の奥から声が出た。俺の声ではなかった様に感じる。いや、自分はどこまで他人行儀になったんだ。それは俺の声だ。これは俺の声だ。
全部、自分のせいじゃないか。
「ふはは、はははははははははっ! はははははははははははははははははははははははははははははははははッ!」
これが俺だ!
これが俺だよ!
俺は部屋を徘徊しながら、激しく声を上げた。
部屋を飛び回る4人の天使像の顔が、薄ら笑いを浮かべている様に見えた。
◇◇以下後書き◇◇
最低な展開ですが、暫くお付き合い下さい。必要な事なのです。




