第28話 光の天使 ゲロゲロ=ソフィエル
図書館には陽が射しており、チリと伸びた日向はこの部屋に入った時より僅かに長い。
目の前には、女優で有名なチロリ=ツンパカブリエルちゃんが白い頭貫衣を纏って立っている。
俺は我を取り戻した。
「そうだ、天使像を探しに来たんだ」
「あ、そうそう。天使像!」
図書館にある天使像は名前がある。
図書館らしく本を司る「ラジエル」と言う名前らしい。
取っているポーズは椅子に座りながら鼻くそを舐めているようなかなり舐めたポーズだ。
この幼育園の美術品担当は天使に相当な恨みがあると見える。
「天使様ってどれもこれも妙な生活感があるわね」
チロリちゃんは腕を組んで天使像を見下ろす。
「……案外本物の天使を石化させただけだったりしてな」
しかし、こんな時は往々にしてパッと思い付く考えが真実だったりする。
もし石化を解く魔法があったら使ってみよう……。
これだけリアルな彫刻なら可能性はあるな。
「確かにね。でも天使様を石化させた像で室内を飾り付ける位ならもう信仰や神の教えを捨てた方が良いわね」
チロリ=ツンパカブリエルちゃんはチクリとする事を言った。
「全くだな。……しかしあの教会はそれをやりかねないよな。先生達の話によると派閥が別れてるみたいだし……」
確か、クロスアーミー先生によるとハイパワー・ナグルス先生は園児全員に誘いをかけてるんだったか……。
「そうそう、『伝統派』と『急進派』と『属国派』ね。ハイパワー・ナグルス先生は私達を逃がそうとして居るみたいだけど……どうなるのかしら?」
どうなるんでしょうね。
っと。ハイパワー・ナグルス先生は、少なくともチロリ=ツンパカブリエルちゃんには声を掛けているのか。
……と言う事はクロスアーミー先生の発言は真実と言う事か。
「わからん。折角だから……図書館で色々調べてみるか?」
「まぁ、グローリアちゃんと一緒なら良いかな?」
「グローリア、倉庫には後ででも良いか?」
「いいよー」
「じゃあグローリアの許可も取れたし、適当に漁るか……」
◇ ◇ ◇ ◇
……数時間後。
ササッと探した本で2つの気になる事を調べる事が出来た。
サイコロは魔術的なシンボルとして“流れ”と“反転”を意味するらしく、⑥⑤④③②の面から得たエネルギーを①に集約して放つ効果があるらしい。
あの部屋の配置からすると、俺の部屋は採光窓やドア等から集められた光が闇と魔素に変換されて地下に送られる巨大な魔術回路になっているっぽい。
現代日本で言うと風水を建築に利用するみたいなものだろうか。ともあれ人の部屋にとんでもない物を仕込んでくれたなと言う感想しかない。
つまり、あの地下には「暗闇」と「魔素」と「窪地」と言う魔物の発生に必要な要素を満たしている事になるだろう。
……つまり。
あの階段の底に魔物が出来やすい環境があるって事だ。
街のど真ん中だし、仮にも教会の地下なので、流石にこないだの鉄巨人以上の魔物がバンバン生まれてるってのは無いと思うが、府に落ちるレベルではない。
調べた本は『魔術記号図鑑』と言う厨二病患者涎垂の分厚い本。俺の『設定集』を参照しながらならば、幾つかの小~中魔法を覚えられそうだ。
魔術記号を利用出来れば魔導具なんてのもいずれは作れるかも……むふふ。
あ、そうそう。石化は高度な魔法らしく、今使えるかと言われたら難しそうだった。
使うMPも膨大らしい。うーん、ハイコスト。
そして、あと1つ。
“預言者は然るべき全てを満たして産まれるならば絶対不滅の肉体を持ち、寿命以外で死ぬ事はない。預言者は過去現在未来を体現する羊皮紙本を持ち、来るべき人類の試練に備える”
こないだハイパワー・ナグルス先生が説明してくれた預言者の話のソースらしいものを見付けた。
いわゆる聖書と呼ばれるものの外典らしい。
これ、暗に「早めに呼び出せますけど、早く呼んだ場合は寿命以外で死にますよ」と言ってるよな。
来るべき人類の試練って何だろうか?
『設定集』の情報によると人類を全員動員しても勝てないような魔王さん達はもう既に地面の底に沢山沸いてるし、本来預言者が産まれるべき150年後? に人類の試練があるとか言われても想像が付かない。
これ、本当に呼び出して良いの?
結局「伝統派」が良いのか「急進派」が良いのかを判断するにはまだ情報が足りないと言う事だった。
……。
俺と、チロリ=ツンパカブリエルちゃんは目を見合わせる。
ふと意図しない場所から声がした。
「あー、グローリアちゃんとチロリ=ツンパカブリエルちゃんだー、やっほー」
声の方向を見ると、図書館入り口のドア先に普段あまり絡みのないパットミ=ポリエステルちゃんが手を振っているのと、ゲロゲロ=ソフィエルちゃんが三角の目と口で純白のハンケチーフを噛んでいるのが見えた。
「パットミ=ポリエステルちゃんとゲロゲロ=ソフィエルちゃんだー! やっほー!」
グローリアの声が元気に響く。
現金なゲロゲロ=ソフィエルちゃんがパッと笑顔になるのが分かる。彼女は見た目の素材は悪くないんだが、コミュ障でヤンデレっぽいんだよな。
幼児特有の人見知りって奴か?
まぁどちらでも良いんだが。
チラリと横を見るとチロリ=ツンパカブリエルちゃんが俺を睨んでいた。
ああ、ゲロゲロ=ソフィエルちゃんに話し掛けられた場合はグローリアの代わりに俺が出て邪魔するんだったか。
うーん、変な約束しちゃったな……。
「えーっと、グローリアちゃん達はまだお昼ご飯食べてないよね? シスターさんが早く食堂に来るように呼んでたよ」
パットミ=ポリエステルちゃんは俺達には興味無さそうに伝言だけ伝えると去っていった。
帰り際にゲロゲロ=ソフィエルちゃんの肩にポンポンと手を置いて行ったのが少し気になった。
あー、恋の相談相手かな?
何となくそんな感じがする。この辺まで来ると小学校の恋だな。
「忘れてたわね。グローリアちゃん。私といっしょにご飯を食べに行きましょう」
「いこー! チロリ=ツンパカブリエルちゃんー!」
チロリ=ツンパカブリエルちゃんがゲロゲロ=ソフィエルちゃんに見せ付けるように俺の肩をグイッと抱きながら図書館の出口へと向かう。
ゲロゲロ=ソフィエルちゃんは一瞬ビクッとなって固まった。
……そのゲロゲロ=ソフィエルちゃんと擦れ違う時の緊張感たるや。
「私達は秘密を共有してるの。ふふふ」
擦れ違い様にチロリ=ツンパカブリエルちゃんからゲロゲロ=ソフィエルちゃんに向かって蚯蚓の鳴く様な呟きの勝利宣言が飛び出した。
何故にここまでマウントを取る必要があるのか女子よ。
「ピシッ」
俺達がゲロゲロ=ソフィエルちゃんを通り過ぎた後に、背後から何かがひび割れる音が聞こえた。
冷たい氷が温度差で割れるあの音だった。




